「自己否定」という成功体験(下)

 ●回想・全共闘 ////
 (中)からの続きです。

最初に「上・中・下」というタイトルをつけてしまいましたので、本来ならこの3回目でまとめにはいらないといけないのですが、書きながら考えているうちに3回では終わらなくなってきました(苦笑)。
とりあえず「成功体験」の話はここまでで、タイトルを変えてもう少し続けたいと思います。

さて、よく左翼退潮の原因に「ソ連崩壊による時代の流れ」ということが言われますが、評論家ならいざしらず、自分たちの問題を、そういう「外部要因」に求めてはいけんと思うのですね。確かにソ連崩壊は一種の時代の気分みたいなものを作り出したけれど、日本の左翼は多かれ少なかれ、おしなべてソ連や中国を批判してきたわけじゃないですか。むしろ自民党なんかよりも強くね。

で、もう一度ざっとふりかえってみますと、左翼がそれを前提として運動を作ってきた社会というのは、
A)女性は結婚して「主婦」になって苗字が変わる(差別によって「社会進出」が閉ざされている)
B)労働者は学校を卒業して正社員になっていく
だったわけですよね。そこにはだいたい3つくらいの流れがありました。

1)体制変革を志向せず、その改良と労働者の地位向上(取り分の増加)を求めてきたグループ。この代表が左翼では日本共産党。左翼以外では社民勢力が伝統的にこの系譜です。ベクトルとしては当然に「自己肯定グループ」で、「我々こそが真の愛国者」とかわりと平気で言える人々。

2)体制変革を志向する部分。新左翼系はすべてここに入るけれども、種々雑多な潮流があって、どこが代表とか言い切るのは難しいし、そこが魅力でもあり欠点でもありました。ベクトルは「自己否定グループ」。学生であったり正社員であったりする自分が、結局は体制を支える一部であり、そのことによって、より弱い人々への搾取や戦争を支えていることをとらえかえします。よって、そのおこぼれとしての「豊かさ」を要求する一つ目の潮流とは対立しました。

3)上記二つの潮流の行き詰まりの中から台頭してきた部分。非常に大雑把なくくりでオルタナティブ運動とか言われることもありますが、その内容は二つ目の潮流以上に種々雑多。総じて左翼運動の「党による大衆の指導」という発想に拒否感を持ち、同時にマルクス主義では産業や生産のあり方そのものの変革が問題になっておらず、ただその主人公を変えるだけで、結局は「発展が人を幸福にする」という産業主義は同じではないかという批判がありました。諸外国ではよくわからりませんが、日本では今までベクトル的には「自己否定グループ」が多かったと思う。

たとえば、エコロジー左派とか、幅広い意味でのアナキズムとかアウトノミアとか、あるいは多くの現代思想がこの三つ目の系譜に入ると思う。ヨーロッパでは左翼運動の退潮に歯止めがかかって復活の兆しが見えているようですが、それはこの部分の伸張が大きな役割を果たしているように見えます。

こういう部分で、最も先鋭な人々は、「労働の否定」にまでいきつきます。まあ、「自然の変革」という意味での労働まで否定したら、即身成仏するしか方法がないのですが、体制の一部に組み込まれ、それを支える意味での労働かと(私は)理解しています。確かにみんなが序列化され、しばりつけられた労働を拒否し、企業社会に対して労働の自由を、全世界的に要求しはじめたとしたら、それはかなり面白い社会になるかもしれません。

しかし今の社会は、すでに最初に書いたA、Bともに崩壊しつつあります。成人女性は働いている人のほうが多数派です。最初はパート労働などの安価な使い捨て労働力として女性が大量に駆り出される問題としてあったわけですが、究極的には女性であれ男性であれ、社会的に絶対に必要な労働である家事・育児と、賃労働が両立しがたいという、働き方(働かせ方)の問題です。つまり、家事・育児・介護などが私的な「消費生活」とされて社会化されてこなかった問題へと事態は推移しています。こんな時代に「女性の社会進出」を云々していたらピンボケです。

同じように、今はかつてのように女性に限ったことではなく、全労働者の3人に一人が非正規雇用という時代です。しかもそれが20代の若者になると半数以上だといいます。サラリーマンのステータスもすっかりあがりました。そこそこの会社の正社員というだけで、なんの根拠もなく「勝ち組」の幻想があります。

かつての若者たちは、「サラリーマンなんかになりたくない」とか言って、できることなら「普通ではない」ことに憧れていたものです。「いちご白書をもう一度」ではありませんが、髪を切って髭をそって面接を受けることは青春の終わりであり、それは挫折の一つだったのです。「普通のサラリーマンにしかなれないのさ」と。「中年サラリーマン」とか言ったら、それこそ人生の墓場、生きる屍、なれの果てみたいなイメージの時代があったのです。それが今や若者たちでさえ、「普通の人」がまるでいいことのように語ります。昔はそういうことは「大人たち」が言ったもんですよ。

ところが、こんな時代に「労働者の権利向上」を言うことは、こんな時代に「女性の社会進出」を言うほどにはピンボケさが感じられないのが曲者なのです。実際、上記の1)の潮流はこの路線です。これを押し進めていけば、非正規雇用の正規化という主張にいきつくと思います。また、他の潮流の人々も、だいたいが過去の「成功体験」の積み重ねの上に、今の事態に対処しようとしているように見えます。

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5件のコメント

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