イワンのばか/トルストイ

イワンは村の若者や娘たちが踊っている広場へやってきました

 こうしてイワンは二人の兄たちの家をたてて、べつべつの暮しをはじめました。そして秋のとり入れをすまし、ビールをつくると、お祭りをするから一しょに祝ってくれといって、兄たちを招(よ)びました。兄たちはどうしても来ませんでした。
「百姓のお祭なんてちっとも面白くない。」
と兄たちは言いました。

 そこでイワンは、百姓やおかみさんたちを招んで、御馳走を食べて酔っぱらうまでに飲みました。それから通りへ出て、村の若者や娘たちが踊っている広場へやって行きました。そして踊りの仲間に入り、女たちに、
「一つ私のために唄を唄ってくれ、そうすりゃ皆が生まれてまだ見たこともないものをやる。」
と言いました。
 女たちは大笑いしてイワンをほめたたえる唄を歌いました。そして唄がすむと、
「さあ、約束のものをおくれ。」
と言いました。
「今すぐ持って来るよ。」
とイワンは言いました。そして種を入れる籠を持って森へ走って行きました。女たちは大笑いしました。
「あいつは馬鹿だ。」
と言いました。そしてもう他のことを話しこんでいました。

 ところがまもなく、イワンは何か重いものを籠いっぱいに入れて、帰って来ました。
「これをやろうか。」
「ああ、おくれよ。」
 イワンは、金貨を一つかみつかんで、女たちにまいてやりました。すると大へんな騒ぎになって、女たちはおしあいへしあい、ころげ廻ってそれを拾いました。ぐるりの男まで拾おうとして、おし合い、引ったくりました。あるおばあさんは、人の下になって、つぶされそうになりました。

 イワンは大笑いしました。
「おやおや、お前たちは馬鹿だなあ。」
とイワンは言いました。
「何だってそうおばあさんを押すんだ。静かにしろ、そしたらもっとやる。」
と言いました。そしてまたまきました。人々はイワンのぐるりを取りまいて拾いました。イワンは持っているだけ金貨をすっかりまいてやりました。人々はもっとまけと言いました。それでイワンは言いました。
「もう何もないよ。今度またまいてやる。さあ踊ろう。唄を歌っとくれ。」

イワンの馬鹿
イワンはお祭りで兵隊と金貨を出しますた

 女たちは歌い出しました。
「お前たちの唄はだめだ。」
とイワンは言いました。
「じゃ、これより上手がどこにいる。」
と女たちは言いました。
「すぐ見せてやる。」
とイワンは言いました。
 イワンは納屋へ行って麦束を取り出すと、穂をたたいて地べたへとんとたてました。そして、
「さあ、やるぜ
麦束よ麦束よ
おれの家来に命(い)いつける
一本一本の麦藁から
兵隊一人ずつ飛び出して来い。」
と言いました。

 すると藁束はバラバラに倒れて、数だけの兵隊になりました。太鼓やラッパを鳴らしはじめました。イワンは兵隊たちに、音楽を奏し唄を歌うように言いつけました。兵隊たちは音楽を奏し、唄を歌いました。イワンは兵隊に村中を練り歩かせました。村の人々は胆(きも)をつぶしてしまいました。

 やがてイワンは(だれにも来てはいけないといって)兵隊を麦打ち場へつれて行きました。そしてまたもとの藁束にかえて、納屋の中へ入れておきました。
 それからイワンは家(うち)へ帰って、厩(うまや)の中へころがってねてしまいました。