勤労青年山の会とは?

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勤労青年山の会 これは戦旗・共産同が組織山行の時に使っていた名称で、実態はイコール戦旗派ですね。山行以外でも地区で会議室とかを借りる時などにこの名称を使っておりましたし、また、アジトに若い者が集まってワイワイしてるんで、近所の人から「何の集まり?」とか聞かれた時にも「山の会」と名乗っておりました。まあ、いつも同じ名前なので知っている人には意味がないという点で「ゴルゴ13」が使う「デューク東郷」みたいなもんですね。ちなみに日本共産党系が起源の勤労者山岳連盟(労山)というのもあります。

 しかしこれ、必ずしも「嘘」とか「カモフラージュ」とばかりは言い切れないくらい、戦旗派はもう半分山の会状態だった時もありました。履歴書にも「趣味:登山」ってみんな書いてましたし、実際、比較的近場の山に登る「地区山行」から、本格的な「全党山行」まで、さらに場合によっては「支部山行」までもあって、それこそ一年に何度も山に登るし、盆暮れ正月とGWは必ず山行で潰れるしで、普段から「自分は山の人」って意識にだんだんなっていましたね。
 「たまにはみんなで情宣を休んでレクリエーションでもしよう」ということになって、何をするかで結局は「政治的意志統一なしの純粋な登山」に決定したという(^_^;。

 今回押し入れから出てきた資料の中には、この組織山行に関する体験談や手記もありました。読んでみると(私も参加していたからなのでしょうが)とても面白かった。元戦旗の人は活動を辞めてからも登山だけは続けている人が多いのもうなずけます。私も辞めてから3年くらいは近場の山によくいってました。

また、2ちゃんねる掲示板ブントスレでこんな書込みをみました。

694 :名無しさん@3周年 :04/07/15 20:10
たしかに山好きな奴多いよな。現実からの「逃避」にちょうどいいか? 軍事訓練とか山岳拠点なんて言い訳は止めようぜ。とっくに破産してんだから。 自然派志向と言う方が納まりがいいか。これからは「農」だ、なんて方へ行く?

 批判や揶揄は全然OKなのですが、未だに「軍事訓練とか山岳拠点」なんて警察の宣伝を信じている人もいるのだなあと苦笑しました。あちこちの掲示板やスレッドで出尽くした話題なのにね(しかしこれを読んで戦旗派が云々よりも「登山をわかってねえな」と思ってしまった俺っていったい)。

 実際にやっていたことは、いつもと同じ(地区などの)部隊の単位でパーティを組んで、準備から訓練を含めて組織的に、しかしごく普通に山に登っていただけのことです。実際にやってみると、組織運営から体力、精神力、不測の事態への応用力まで、実に役にたつんだなあ、これが。特に問題はないと思っていた自分の地区が、結局は口先だけで問題だらけだったことが判明したりとかね。三里塚の現地行動隊なんかに参加した時も、山行で培った経験(根性?)は役に立ちまくりでした。

 こういう「いつもの部隊でただ単に山に登る」っていうのは、実は警察・機動隊もやってるそうです。遭難して死者を出したこともあると聞かされました。また、映画の「八甲田山」でも有名ですが、軍隊なんかでも採用されている方法であり、その有用性は明らかです。また、活動家には娯楽というものが少ないので、山行はたとえ苦しくても、山や自然の素晴らしさにふれたり、登山のスポーツとしての面白さに目覚めたりする中で、確かに数少ない娯楽でもあり得ました(その人の考え方しだいですが)。

ただ、戦旗の場合、やっぱりどこまでいっても技術的なことより「主体形成」というのがキーワードになるわけですね。

「山行は何のために行うのか、今まさに中曽根政権のもとにニ期着工攻撃が目前に迫りくる中……隊として行動し、登頂することにより、組織力と貫徹力を持った主体へと、自己を形成していく場としての山行であり、共産主義者たらんとするわれわれにとって、肉体的に極限的な境地に追いやられた時でも、自己を組織の中に投じていくことにより、全体を勝利へ導いていくことは、当然ながら問われてくる課題であった」
(「自立した女性革命家への飛躍めざし隊を牽引すべく奮闘しぬく」より →全文はこちら

 そんなこんなで、こういうコーナーを作りました。「こんなことだったのかよ」みたいに思ったり、元戦旗の方は懐かしんだり、あるいは登山の魅力に目覚めたりしてください。(^_^)

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