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小説・三里塚

小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

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市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

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戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

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釜ヶ崎で暴動が発生中―事態の概要

2008釜ヶ崎暴動 すでに多くのブロガーさんも取り上げておられますが、この6月13日、大阪の日雇い労働者の街釜ケ崎(西成・あいりん地区)で労働者による暴動が発生し、これを書いている17日現在も続いています。数百名の労働者がサミット蔵相会談が行われている大阪のど真ん中で激しい暴動をおこしているわけで、これはどう考えても大事件なのですが、ごく一部で断片的に報道されているのみであり、これらの記事を読んでも、いったい何がおこっているのかよく理解できないと思います。そこで多くの目撃者の方々の証言などをまとめ、事件の概要を時系列を追ってまとめてみたいと思います。

◆事件の発端

 事件の直接の発端は、地区にある某お好み焼き屋の店員が、客である日雇い労働者に非常に差別的で見下したような言葉を投げつけ、ぞんざいな応対をしたところからはじまります。この労働者は自身客でもあり、何の迷惑もかけてもいないのにこのような差別的な対応を受けたことに対して店員に口頭で抗議と注意をしたところ、店員は問答無用で警察を呼びました。一方、「仲裁」にかけつけた西成警察署の刑事たちも、よく事情も聞かずにこの労働者だけを一方的に警察署に連行しました。

 店員と刑事の日雇い労働者に対する差別的な対応や決め付けという問題はあるとしても、ここまでは飲食店におけるささいなもめごとと言えなくはありません。しかしその後、労働者を西成署の3階の個室に連行した4人の刑事たちは、抗弁する労働者に対して一方的に自分に非があると認めるように迫り、なおも労働者が抗弁すると、4人が代わる代わる顔を殴ったり紐で首を締めたり足蹴りをするなどの暴行を加えました。さらに両足を持って逆さに引きずったり、顔に何かのスプレーまでかけたということです。

 それでも労働者が刑事が言う通りの供述をしないと、「認めへんのやったら生活保護も受けられんようにしたる」と脅され、とうとうこの労働者は刑事が言う通りに「二度と店には近づきません」という内容の始末書を書かされ、ようやく解放されました。この労働者に実際に会った方の目撃証言によれば、顔は何箇所か腫れあがっており、首にははっきりと紐のようなもので絞められた跡がまだ赤くくっきりと残っていたそうです。

 もちろん密室の中でのことですから、当人たちの証言以外に何かの証拠があるわけではありません。そこで、警察署に連行されて帰ってきたら顔が腫れあがっていたという場合に想定されることを考えてみました。たとえば、1)この労働者が取調べ中に自分で自分の顔を腫れあがるくらい何度も殴り、さらに紐で自分の首を絞め、かつ刑事たちはそれを何もせずに眺めていた。もしくは、2)刑事が労働者の態度に腹をたてて手を出した。くらいが考えられると思います。私は日頃から西成警察が日雇い労働者に対し、非常にぞんざいな態度をとっていたという経験から考えて、圧倒的に2)の蓋然性が高いと考えていますが、あなたは合理的に思考してどう思いますか?

◆日常的に行われていた日雇い労働者への暴行

 この事件はその日のうちに、日雇い労働者の当事者団体や支援団体にも知れ渡りました。しかしこの日はG8サミット蔵相会談の初日でもあり、ほとんどの活動家たちは(そして多くの警官たちも)G8への抗議や対抗行動に参加するために出かけていたようです。そのような中でも支援者が被害にあった労働者に付き添って病院につれていくと、怪我の状態を診察した病院の医師は「これはやりすぎや…」と絶句していたそうです。

 さらに当事者団体の一つ(釜合労)が事件を知らせて抗議するビラを地区内でまかれました。ところが事件のことを労働者たちに説明していると、驚いたことに「わしもやられた」「わしも同じことをされた」という人が次々と名乗りをあげはじめたのです。中には「あんた、よう名乗り出てくれた」と涙を流している労働者もいたということです。今まで悔しくても立場が弱くてほとんどの労働者が泣き寝入りしていた現状や、今回の事件が突発的なものではなく、日頃から西成警察が日雇い労働者には暴力的な対応していた組織的な問題であることが明らかになってきました。

 盗んでもいない自転車を「盗んだもんだろう」と言いがかりをつけられ西成署の取調室で暴行された、金をひったくられて相談に行ったら逆に道場につれていかれて投げ飛ばされた、労働者同士のもめごとを相談にいったら取調室に連れて行かれてへんなスプレーをかけられた、友人がやった事件で誤認逮捕され、ふるえがとまらないほど暴行を受けたなどの証言がよせられています。これは関西では有名な話なので御存知の方も多いと思いますが、西成署では日雇い労働者のことを「450」という隠語(ヨゴレという意味)で呼び、基本的に保護すべき存在ではなく、危険で蔑視すべき存在として扱ってきました。

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映画『靖国 YASUKUNI 』予告編映像と稲田朋美議員(弁護士)

 映画『靖国 YASUKUNI 』の公式HPで予告編映像を見ました。残念ながら(?)私の住んでいる近辺でこの映画を公開している映画館はないようです。つーか、映画館そのものが長時間かけて電車に乗って移動しないと無いという田舎に住んでおりますもので。

 ところでこの映画は「三島由紀夫ファンである中国人監督が靖国神社をテーマに撮った」という、二重三重の意味でなかなか屈折したものを感じさせる映画であります。ご存知の通り、自民党の稲田朋美衆議院議員(弁護士)がこの映画に噛み付き、「公開前に映画の内容を見せろ」と横槍を入れ、議員80人で試写会を開催、直後に「偏ったメッセージがある」と発言し、政府も出資している法人が文化映画として補助金を交付したことを槍玉にあげて「適切だったか検討したい」とまで言い切りました。そこまで言ったら事前検閲になってしまいます。

 で、稲田さんがそこまでするからには、これはきっと靖国を批判する「偏った」映画なんだろうなと、期待をこめて(笑)、とりあえず公式HPと予告編をチェックしてみたわけです。結論から申しますと、なんだか靖国神社の宣伝映画みたいな感じで拍子抜けしました。つまり私もまんまと稲田さんの宣伝にのせられて誤った印象を植え付けられていたわけです。そういう意味ではこの映画をスケープゴートに仕立てた稲田さんの「右派のヒロイン」としての売名行為に私もまんまとはまっていたわけで、大変にお恥ずかしいです。同じく稲田さんに乗せられて「上映阻止行動」を展開した右翼の方も、ちょっとは恥ずかしがってほしいと思います。

 まあ、あれですよ、「あれもこれも左翼の陰謀」とか言い出す以前の『ゴーマニズム宣言』で、皇室をテーマに描いた回が編集部の判断で没(休載)にされたことがありましたよね。で、左派系の一部の人は「どんな内容なんだ!」とワクワクしたわけですが、公開されてみたら、「いったいこれのどこが問題なの?」という、どうということもない拍子抜けするものだった。むしろ皇太子を誉めていたという。あんな感じなんじゃないですか?

 何しろ本編を見てないので、これ以上のコメントは稲田さんとはまた違った意味で悪宣伝になってしまうので差し控えますが、わざわざ内容をちゃんと確かめるために映画館まで足を運んだプレカリアートさんが、自身のブログで書いておられる感想があります。これを読んで、「ああ、やっぱりね」と思いました。(→これの一体どこが反日映画なの?

 映画の構成自体は、公式HPでも見て取れますように、これまで「政教分離」などの政治的な視点でのみ語られることの多かった靖国神社について、その文化的な側面、とりわけ御神体である靖国刀にスポットを当て、靖国刀の制作場面とそれを鍛える刀匠の想いを描いた文化ドキュメンタリー映画です。「YASUKUNI」をめぐる様々な世間の喧騒をよそに、黙々と刀を鍛え続ける老刀匠という感じ。プレカリアートさんが「NHK番組『新日本紀行』を彷彿とさせる」と書いておられるのを見て、「そう、それだー!」と思ってしまいました。

 プレカリアートさんによれば、この刀匠の想いを縦軸にして、靖国にいろいろな意味で「思い入れ」のある人々の発言を特に手を加えずにそのまんま撮影し、それが横軸として展開していくという構成だそうです。前半では右翼系の人の発言や、靖国の「遊就館」での歴史展示などが続き、後半では台湾先住民や日本人遺族による靖国に対する批判的な発言を収録してバランスをとっているようです。プレカリアートさんの感想は、左派として後半の横軸である靖国批判派の発言を軸に書かれていますが、要するに左派が見ても右派が見ても、どちらの立場からも「靖国」の取り上げ方には不満が残る映画だということになるんではないでしょうか。むしろそういう「政治偏重」な視点ではなく、文化映画としての意図にそった、あくまでも刀匠の思いを軸にした感想も読みたいところです。

 総じてプレカリアートさんの「これだけ話題になっていなければ、少なくとも私について言えば、こんな映画など、わざわざ1800円も払って見る気にはなりませんでした」という感じを私も持ちました。いえ、決してこの映画を(見てもいないのに)ダメと言っているのではありませんよ。ただ、私にはこういう地味な文化映画をテレビでならともかく、丸一日かけ、貴重な休日と入場料よりも高い電車賃を使ってまで映画館に見にいくほどの属性がないという、あくまでも好みの問題にすぎません。つーか、私はそもそも映画もテレビもあまり見ない人だから。そのうちレンタルビデオにでもなってから見ることにします。

稲田朋美議員(弁護士)

稲田朋美議員(弁護士)


 ですから、世間がこの騒動で注目するべきは映画よりも稲田議員(弁護士)のほうなんですよね。

◇極右的な観点から『反日』などのレッテルを貼る攻撃目標をピックアップして皆に叩かせる→
◇自分はその先頭に立つ(わきによけて黒子になることも)→
◇もし一部に上映妨害などの『やりすぎ』があっても「私は関係ない」と言えばよい(実際には織り込み済み)→
◇「私って右派のヒーロー(ヒロイン)」→(゚д゚)ウマー

 という、つまり(普通の右派系ではなく)ネトウヨ系の「オピニオンリーダー」がやっている言論弾圧の犯行手口を、議員や弁護士という責任ある立場の人間が、そのまんまリアルの世界でやっているというトンデモさんなわけです。映画の内容ではなく、そのことが今回の事態の本質なのです。
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「右も左もない」ではなくて、「右も左も全部ある」のほうが楽しい

 いや~、ただでさえ筆が遅いのに、ここんとこ体調崩して、おまけに時間もなくて、この文章書くだけで一週間近くかかってしまいました。すでに喜八さんのブログでも下に沈んでしまった記事への、蒸し返し的な反応になってしまって恥ずかしいのですが、せっかくやっとこさの思いで書いたので載せておきます。

◆「自由と生存のメーデー」 喜八さんのレポートを読んで

 去る5月3日に自由と生存のメーデーが開催されました。これは連合や全労連などのメジャー系労組に属さない、独立系労組・派遣・非組織・日雇いなどの有象無象、いわゆるプレカリアートたちの自主的な「インディーズ系メーデー」であり、何よりも退屈な役員や政治家など「偉い人」の演説がない、メーデー本来の姿である「労働者のお祭り騒ぎ」であります。

 2004年の小規模な「フリーターメーデー」を起源とし、それから参加者も毎年100人ずつくらい増え続けていましたが、今年は一気に倍増し、沿道からの大量の飛び入り参加を含め、解散地点付近ではついに1000人規模の大集団になりました。さらに今年は札幌・仙台・茨城・東京・松本・名古屋・京都・大阪・広島・福岡・熊本など全国で横断的に開催されたのが特徴です。催しの詳細については公式サイトをご覧ください。

 このメーデーについては様々な人たちが生き生きとした参加レポートを書いておられます(巻末リンク参照)。その中で違和感と共感を同時に感じたのが喜八さんの参加レポートでした。「右も左もない!」をモットーにしておられる喜八さんは、御本人によれば「50代に近い40代」だそうですから、だいたい私より5歳前後年上の方かと思われます。だから私なんぞは幼少時の記憶の彼方にかすかに残っている(ような気がする)連合赤軍事件以降の、左翼が坂道を転げ落ちて崩壊していく過程を、思春期にかかる多感な頃に見聞きしておられるわけです(と思う)。喜八さんは大衆から遊離していく過程の左派組織の嫌な面をうんと見せられた上で、それを裏返したにすぎない「右」になることも拒否し、「右も左もない!」と叫んで、理論やドグマ(教条)ではなく、何よりも自己の良心と信念に従って生きておられるわけで、その点では私の姿勢と共通するものであり、尊敬と共感をよせるものです。

 さて、そんな喜八さんのレポートは、「右も左もない!」姿勢全開で、見たまま感じたまま「いやー、楽しかった!」参加して「正解でした」「来年以降は友人知人を誘っていきたい」と述べておられます。元気な女性参加者を見ては「やはり日本女性は素晴らしいと、改めて痛感した」と感嘆し、昨今のネット上ではありがちな「左っぽいから」だけで何も考えずに頭から否定みたいな、ヘンテコに偏った姿勢がない素直な感想には好感を持ちました。なんの偏見もなく素直な目でみたら、「この画期的なデモを成功させた執行部の方々には深い敬意を表します。あなたたちは素晴らしい」というのが正直な感想ではないでしょうか。一方で、デモ出発前の宣言集会には「左翼色が強すぎてヘキエキとしました」とも述べておられます。

 ただ総じて何と申しましょうか、やはり喜八さんは「ちょっと古い」と思いました(スマソ!)
 もちろん喜八さんが批判する旧来型の左翼はもっと「すごく古い」わけなんですけどね。つまり最初にそういうものに反発して出てきた喜八さんのような世代の考え方も、すでに少し古くなりつつあるんじゃないかと。私は「右も左もない!」ではなくて、「右も左も全部ある!」のほうが楽しいんじゃないかなあと最近は思っているのです。

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救急車に乗っちまった―記憶ないけど(笑

工事中 昨日(17日)に職場でぶっ倒れて気を失い、救急車で運ばれて一晩入院、んで、本日の昼ごろ自宅に帰ってきました。

 毎日12時間以上も体力勝負の工場労働で、帰宅してからはこのサイトも更新したりいろいろ改造していましたので、睡眠時間も3時間くらいになっちゃって、少し体力を消耗していたかも。いっぱい検査されて治療費を2万円近くとられたのが痛い!

 同僚には迷惑をかけました。本心から反省です。会社からは「今度倒れたら首にする」とか言われましたが、言われなくても今後はネット生活をセーブします。基本的にネットは一日平均一時間くらいにするつもりですので、休日にまとめていろいろ書くような感じになると思います。休養ということばかりではなくて、ちゃんと活字の本をまとめて読まないと、ネットばかりで「情報収集」してたらアホになってしまう。と、言いつつ、ついついまた長時間やっちゃいそうなのが怖い意志の弱い私ですが(笑

 すみませんが、基本的に「返事なくてもごめんなさい」ということにしてください(今までもそうだろとの突っ込みはなしで)。ただ、ブログなどへのレスは遅れても、少しずつでも、できるだけ書いていくつもりですので、どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。

長野聖火報道で見たショックな光景

先のエントリーの続きです)
ショックな光景
bar008.gif 投稿者:草加耕助 投稿日:2008年 4月28日(月)20時25分59秒

 せっかく盛り上がってきているところ、ちょっと空気を壊してしまいかねないので書くのを我慢していたのですが、三浦さんが長野現地に行っておられたとお聞きしましたので、おたずねいたします。中国の人権侵害に抗議する運動に、従来から真面目に取り組んでこられた人権派は別として、人種差別主義者民族差別主義者といった中国当局以下の唾棄すべき「糞のような輩(=嫌中派)」が大量に流れ込もうとしていることに対して、何らかの反省や批判は内部で行われていないのですか?

 実はこう申しますのも、先日、仕事から帰って朦朧とした状態でたまたま見たニュースで、在日の反体制中国人団体の話題が取り上げられていたからです。「祖国民主化」というのが彼らのスローガンのようですが、基本的には反共団体だという印象を受けました。一昔前なら、「反革命団体だ」ということで無視されるか、あるいは現在的にも、国際共産主義運動が人民内部にこういう部分を生み出してしまったことを“自分の問題”として反省することはあっても、彼ら自身と直対応しようとは思わなかったと思います。

 ただ、とても気になる光景が映し出されていました。
 彼らの一人が長野で抗議行動が行われると聞いて、それに参加しようとわざわざ出かけていったのです。自分も抗議の声をあげようとして参加できる集会などをさがして回りますが、最初に出かけた集会はいわゆる「嫌中派」の民族差別的なもので途中で参加を断念します。「特定の民族を『憎い』というような運動には参加するべきではないと思う」という理由で。
夜には市民団体のシンポに参加され、会場から挙手で「私は漢民族ですが、これは自由と独裁の争いであって、漢民族とチベット民族の対立にしてはいけない」と発言して、まばらな拍手がおこっていました。

 そして私が一番ショックを受けたのは次のシーンでした。
 聖火リレー当日、とうとう参加できる抗議行動が見つからなかった彼が、聖火リレーに抗議する人々に混じり、個人的に中国当局を批判するプラカードを掲げて抗議していた時のことです。彼が中国人だとわかると、なんと!この聖火リレー抗議隊は、プラカードを掲げる彼を取り囲んで吊るしあげはじめたのです!びっくりしました。聖火リレーに抗議している人々は、中国の人権侵害ではなく、それに抗議する人も含めて、手当たり次第に中国人をなじっていたのです。すごくショックな光景でした。

 追い出された彼は仕方なく、今度は聖火リレーを応援にきた中国人の集団に近寄って、プラカードを掲げながら説得と対話を試みます。当然にここでも猛烈な罵声を浴びせられて対話は成立しませんでした。テレビ局の人間から「どちらに行っても少数派ですね」と声をかけられると、「私が多数派ならとっくに中国は民主化されていますよ。仕方がありません。これからです……」とさみしそうにこたえておられました。

 私はそれからずっと今日まで、ショックで食事ものどを通らないような状況です。中国の人権侵害に抗議する日本人の運動自身が人権侵害を助長してどうするのか!中国当局と同じ穴のムジナそのもの、いや、人種や国籍を理由に「人権」や「民主」を掲げる人々まで迫害するなんて、中国政府以下ではないのか。本当に「同じ日本人として恥ずかしい」という気持ちにひさびさにさせられました。

 三浦さんはこの反共の中国人団体と交友はありませんか?あったら伝えてほしいのです。考え方は違う日本の左翼の一人だけれど、長野での日本人の仕打ちは本当に申し訳なかったと、日本人の一人として心から謝罪する、毎日思い出しては胸を痛め、ため息をついて泣いていると。

 こういう光景を見た後では、警察を賛美するメナール事務局長の談話なんぞ、全くの噴飯ものです。日本の警察は右翼の「抗議行動」には激しく甘いだけなのです。左翼が同じことをしたら激しい暴行を加えて引きずって逮捕していたでしょう。

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チベット問題・長野聖火リレーに関する議論より

(写真は反米嫌日戦線さまよりお借りしました)
写真は反米嫌日戦線さまよりお借りしました どうも右派系の中のごく一部の悪質な人(私がネトウヨと呼んでいる人々)が、チベット問題を文字通り単なる<ネタ>として使って、左派系のブログや掲示板を荒し回るという唾棄すべき行為を行っている(いた)ようです。これは命がけで闘うチベット人民に対する最大限の侮辱行為以外の何者でもないでしょう。

そういう現状もふまえて四トロ掲示板に以下のような投稿をしました(一部の抜粋)。

(抜粋開始)
『まず、「チベットを反中国のネタにしているに過ぎない人」というのは、左派系のサイトやブログに対して、チベットとは何の関係もないエントリーで唐突に「チベットはどうした」みたいなコメントをつけて荒し行為のネタにしている下品な輩のことでしょう。こういう人に限って自分ではチベット民衆のために指一本すら動かしてはいない偽善者であり、これはもう右や左の問題ではない。チベットの人々の闘いを、自分が気に食わない言論や人権への抑圧のネタにしているのあって、チベットの人々の思いを最大限に踏みにじって侮辱する行為として、左右を問わずにこぞって批判するべき行為です。こんな糞のような輩はもう問題外ですが、チベットについての書き込みで一番目だっているのが、こういう糞のような輩だということに、チベットを真面目に支援している人はもっと危機感があってもいいのではないかと思いました。

 次に、チベットを反中国(あるいは反共)のネタにしてはいけないというのは、私のような立場からはそう思いますが、もとから反共や右翼的な思想を持っている人にまで要求するのはちょっと酷かなと思います。別の言い方をすれば、それでは沖縄の米兵の少女暴行事件を「反安保や反基地のネタにするな」というナンセンス極まりない主張の裏返しになってしまうのではないかということです。

 私たちは少女暴行事件を「ネタ」にしたわけでは断じてありません。安保や基地の存在こそが沖縄や世界の人々の人権を踏みにじっている現状を一貫して問題にし続けてきたのです。では私たちと同じように、真面目に世界の人々の人権を一人の市民として考え、その結果として「反中国」を人権擁護の観点から訴えるような人まで、上記のような糞のような輩と同列において批判してもいいのかと思います。

 チベット問題の何が問題かと言えば、それは人権抑圧であることです。いっさい「反中国」を言うなというよりも、人権擁護の観点からなされた主張かどうかという視点のほうが重要であるように思います。
 すなわち、民族排外主義や外国人排斥などの差別、人権抑圧のネタにチベットを使うような言論の名に値しない「擬似言論」とは徹底的に闘うべきだと思いますが、人権擁護の観点からの「反中国」は通常の議論の対象であって、決着は大衆からの支持によって決まると思いますよ。たとえばチベット支援の大衆的な集会にそういう「反中国」な「右」の人がいたってかまわないし、自由に発言したらいいと思う。それは米軍糾弾の会場に「左」な人が来るのと同じことでしょう。ちょっとでも「反中国」だからと目くじらたてるのもどうかと思います。

 結論的に言えば、むしろどちらの主張が人権擁護に寄与するものかを競い合うくらいの心構えがないと、右であれ左であれ、泥仕合的になじりあっても大衆から呆れられるばかりです』
(抜粋ここまで)

 左翼が心配しているのは、中国批判が真面目な人権侵害への抗議ではなく、民族差別や排外主義(一言で言って“嫌中派”の運動)に捻じ曲げられて利用されるのではないか、そいう差別や人権侵害の尻押しをしてしまうのではないかということです。だいたいが中国への批判は体を張ってでも中国にしろと言うのが筋であり、左翼(とマトモな人権団体)はみんなそうしてきました。マトモでない人だけが上記のような悪質な行為をしています。

 こういうネトウヨたちは完全に勘違い(あるいは意図的に無視)しているようですが、日本の政治勢力で「現在の中国」と最も親密な関係にあるのは公明党-創価学会ブロックであり、2番目が自民党です。批判したいのならそちらにどうぞと言いたい。左翼各派は(毛沢東主義派も含めて)現在の中国とはほとんどが絶縁関係にあり、日本共産党ですら、文化大革命当時からすでに中国とは犬猿の仲です。そのことを知っていないと、以下の文章はわかりにくい部分もあるかもしれません。

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サーバ移転(一応)完了しました

パソコンの絵 サーバーの移転を一応完了いたしました。「移転する」と言ってもすでにサイト容量が2GBに迫っているので、移転先も限られています。まあ、実際には「結衣ちゃんは革命家」のゲームデータだけで800MBを占めるし、それにいくつかある動画データを足したらそれだけで容量の半分を占めますので、別に文章とか資料がすんごくある充実したサイトというわけではないです。今となってはゲームも動画も、この6割程度の容量で作れたということが、なんとなくわかってきましたが後の祭です。もう一度このゲームや動画を作り直せと言われてもゼッテー無理!一年はかかる。

 容量の増加には悩んでいましたが、このあいだまで使っていたサーバーが「月額250円、容量無制限」という爆安サーバだったので、「遂に安住の地を見つけた!」と思っていたんですけどね、実際に使ってみたらもう、コケるコケる。夜ともなれば数回のアクセスで必ず一度はコケていてアクセスできない。おそらく一日数百アクセスくらいの個人サイトなら何の不満も問題もないのでしょうが、ここは一日に千~2千アクセス後半くらいの誠に中途半端なアクセス数なもんで、これくらいになるともうダメみたいですね。まあ、これだけ安いのですから、夜間はアクセスが遅くなったりするのは仕方がないというか、覚悟はしていたんですけどね。まずはブログ関係のコンテンツからコケているみたいなので、トップページが表示されなくなるのを防ぐために、トップからブログ関係のパーツを全部はずしたりして、いろいろ努力はしてみたんですが……もう堪忍袋の緒が切れましたわ。

 現在のサーバーはいっさいコケることもなく、スピードもまずまずでストレスはなしです。ブログ関係のパーツもトップに戻しました。ただしその分、お金がががが!そっち方面でストレスが(笑)。なので荒す奴には今まで以上にもう容赦なしです(爆
さらに容量も3GBしかないので、新しいコンテンツをつけたす時にもよく考えないといけません。なんとかこの容量であと2年はもたしたいです。その後はビジネスクラスか自宅サーバーかというところでしょうか。

 ただ移転しただけでは何の変化もないので、この機会にあちこちメンテナンスしました。一番大きな変更は、サイトのコアシステムであるXoopsを、Legacyに入れ替えたこと。と、言っても知らない方にはわからないと思いますが、Macで言えばMacOSからOSⅩに、WindowsならMeからVistaに入れ替えたようなものです。今のところはその便利さよりも、今までのXoops上で動いていたモジュール(部品)が動かなくなることの恐怖のほうが大きいですが、時期的にそろそろ乗り換えるべきタイミングかなと。実は今使っているこのブログモジュールは「Legacyでも一応動く」というというレベルでして、このままLegacy完全対応の新バージョンが出ないなら、早晩のりかえざるを得ないです。

 あと、いろいろ細かいところをいじり倒しております。こういうのはやりはじめると凝ってきて止まらなくなるんですが(笑)、一つだけ例をあげますと、中央コンテンツ部分の一番上に、現在地を示すパンくずリストが自動で表示されるようになったことです。自動なんでちと不細工な表示になることもありますが、いやーこれはなかなか気持ちいいですわ。
 ちなみにこれだけだと、トップのホームページ上部には、このリストが「Home」とだけ自動で表示されて不細工きわまりないです。それでトップページにだけはこれが表示されないようにするにはどうしたらいいかと試行錯誤しました。まあ、見ている方には「ふーん」程度なもんでしょうが、苦労したので書いてみたかったということで(笑

 実はまだまだいっぱい、山ほど直したい所があって、その半分も終わっていないのですが、それは老後の楽しみ……じゃなくて、暇な時間(あるのかね?)の余暇にとっておくことにします。いい加減、入れ物ではなくて中身をつくらないと、誰も見に来てくれなくなるしなー。
まあ、何と申しましょうか、一時的に注目されたりして人様にいっぱい来ていただけますと、それはそれで好き勝手にアホなことが書けないような気がして窮屈なんですけどねー。いやほんま、人ってわがままなもんで。

石破防衛大臣に注目しています

石破防衛大臣 もし、私が今、何か政府に要望することがあるとすれば、とにかく「普通に怒らせてほしい」と思うのです。
 まずもって、すべての話はそれからです。

私は、最近の出来事にすっかり動揺してしまって、自分が憤っているのか、悲しんでいるのか、悔しがっているのか、何も分かりません。
(ブログ「壊れる前に…」 エントリー「無邪気なねこ」より)


 全く同感です。こういうのを指して一言でいえば「脱力」というのでしょうか?

 「敵にさえ敬意を抱かせるほどの……」という言葉があります。
 レーニンの著書「何をなすべきか」の中にこの表現が見え、元戦旗・共産同の議長(当時)だった荒岱介さんが初期の著作で時折使っておられた言い回しです。そしてこの言葉は私に強い印象を残し、いつしか私の人生における重要な指針の一つになりました。好んで人と敵対することはさけていますが、それでも全世界の人間すべてから好かれることは不可能ですから、嫌われたり、時には「敵」として認識されることがあるのもやむを得ません。むしろそれは誠実に生きていることの結果でもあるだろうと思っています。そして私はどうしても敵対してしまう相手、つまり「敵」に対してこそ最も誠実であり、自分の言葉に責任を持つべきだろうと考えてきたのです。

 ですから敵に対して軽々しく悪態をついたり、たとえば「殺してやる」など責任を持てない暴言を吐いてはいけません。私の嫌いなある種のタイプの人は、常に「自分が味方からどう見えるか」ばかりに気を使っていますが、とりわけ政治を志すような人こそ「自分が敵からどう見えるか」に気を使ってほしいと思います。敵から憎まれるのは仕方ないが、人間的に軽蔑されるようではいけない。そして時には敵に対する筋を通すために味方からブーイングを浴びることさえ恐れてはいけないと思います。

 なぜなら、敵に対して誠実であるということは、実はとりもなおさず自分と自分の言葉に対して誠実であるということだからです。たとえば運動現場に現れる機動隊や公安刑事です。彼らは私たちを「法律に違反している」という理由で弾圧してきます。ところがその彼ら自身が法律を守らない。彼らは自分に都合のいい時だけ法律を持ち出してくる。だから言葉に全然重みがない。「また公安が何か適当なこと言ってるよ」としか思えない。機動隊はこちらが普通に歩いているだけなのに、見えないようにむこうずねを安全靴で蹴り上げてきたりする。そして平気でウソをつく。だからウソをつかれないように、仕方なくこちらが法律を学ばなければならなくなる。いまだかつて「法の執行者として政治的に中立な立場から毅然とした警備をする機動隊」を見たことがありません。だいたい警備がはじまる前から、集会参加者にヤジや罵声を浴びせている時点で失格です。私は彼らを「税金で雇われた自民党の私設ガードマン」だと思ってそういう対応をしています。

 さらに共産党や民青の一部の諸君です。「権力の暴力に対してどう対応するべきか」という争点に対して、「絶対に暴力はいけない」という理由で私たちを批難しますが、その彼ら自身が私たちには平気で集団暴力をふるって運動を潰そうとする。そして私たちとは無関係の団体の事例をかき集めて「許せるか!この暴力集団!」というネットウヨみたいなビラをまく。思わず「いや、暴力集団って、それあんたらのことやし…」と軽くつっこまざるを得ない。他党派に対しては肩をつかまれただけで「暴力をふるわれたぁ!」と大騒ぎするくせに、自分達に対しては集団暴行しても「仕方がなかった」とか「そんな事実はない」とか言って仲間をかばう。だから論争相手(敵)としてさえ全く信用できませんでした。

 もちろんそうでない民青もいたと彼らの名誉のために言っておきますが、少なくとも彼らが多数派をとっている場所ではどこでもそうでした。とにかくちゃんとした「団体」の形をとっているか否か、右派か左派かにかかわらず、特定の政治傾向の人々が閉じられた空間で多数派になると全くロクでもない集団心理を形成することに軽い絶望感を感じます。

 で、前置きが長くなりましたが、なんでこういう言葉を思い出したかと言えば、自衛隊のイージス艦が漁船に衝突して沈没させた事件のニュースを見ていたからです。しかしこの事件のニュースだけならこの言葉は思い出さなかったかもしれません。自衛隊(防衛省)関連のニュースの中で、最近この言葉を思い出したのは、例の佐藤議員による「かけつけ警護」発言の時で、あきらかにこいつは軍人としては3流以下の、敵としても尊敬できない人間であると思いました。そのあたりはまた別エントリーにしますが、そのあまりの言葉の軽さから、米軍ヘリが沖国大に墜落した時の町村外相(当時)の発言を連鎖的に思い出しました。

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新着】ショップ旗旗を復活しました

ショップ旗旗にいらっしゃい! サーバーを移転した際に動作があゃしくなって、いったん閉鎖した「ショップ旗旗」を再開しました。
ただし今のところ試験運用中で、以前に旗旗舎の自前であつかっておりました書籍やDVDなどはまだ購入できません

 実は以前のシステムで、御注文のメールを受け取るのにYahoo!のアドレスを使っていたのですが、注文メールの大半が「迷惑メールフォルダ」に送られていたことにわりと最近気がつきました。しかもどういうわけかちゃんと普通に届く注文メールもあるので気がつかなかった。今ではYahoo!アドレスは使っていませんが、うちの場合、迷惑メールは三日も放っておいたら1000通くらいたまっていましたから中身も見ずにまとめて削除していました。「注文こないな」と思っていたら、かなりの方にすんごいご迷惑アンド失礼をしていたと思います。本当にすみませんでした。

 こういうアホな失敗のないように、ヒー言いながらも慎重に動作確認しながらどうにかこうにか形にしましたが、スキルと根気がないもんでチェック作業とかしんどかったですわ(笑
ショップ用のプログラムに関しては、当初は無料のもんばっかり使うつもりでしたが、どういじくり倒しても改造やカスタマイズをしきるだけの腕がないもんで、結局は一部有料の改造版をいれました。
 しかしそのおかげで、手持ちの商品だけでなく、他の方が扱っておられる商品についても、リンクショップの形で手軽に紹介・支援することが可能になりました。まあそのあたりは「ちょっと手の込んだリンク集」みたいな使い方しかしていませんが、それでも商品の数を飛躍的に増やして、なおかつささやかながらでも販売のお手伝いができるのはありがたいです。ダウンロードレビューのコーナーもあんまり賑わってないし、現状の使い方ならこの機能でショップに統合してしまってもいいかもしれませんね。

 とりあえずはリンクばっかりで、なおかつ商品の数もまだまだ少ないですが、今月中には何とか形にして手持ちの商品も販売できるようにしたいと思います。「ちゃんと完成してから公開せいや」の声も聞こえてきそうですが、まあ、毎日、ヒー言うてるのに、ずっと更新をさぼっていると思われるのもアレなんで(笑)、ここから先はその過程も含めて公開していこうかなと。

 実はやってみて一番難しいのは、「カテゴリわけ」と「代金収納方法」だとわかりました。カテゴリとナビゲーションは使いやすさの基本ですしね。どういうカテゴリを設定したらよいものやら、こういうお店では悩みますね。あんまりサブカテゴリを深く掘るのも個人的には好みではなくて、できれば2階層かせいぜい3階層までにしておきたい。「反戦、改憲阻止」などのジャンルわけをメインにするか、「書籍、DVD」などの形態別にするかも悩みます。

 次に自前商品の代金収納方法については、決済手段は多ければ多いほど良いわけで、とりわけ今どきのネットショップではクレジットカード決済は必須ですよね。でもそういうのを導入していくためには、自宅の住所や電話番号を公開したり、あるいは法人化する必要があったりします。私は別に今さら住所や電話番号を隅っこで公開するくらいいいかと思っていまして、更に男前の顔写真(藁)も掲載したいというたくらみさえあるのですが、やはり家族の同意が得られない(そりゃそうか)。それでしょうがないので、郵便振替口座一本でいくか、それとも業者に販売(発送・流通と代金収納)を委託するかのどちらかで考えています。今のところ後者の方向で進めています。個人的には郵便局やそのATMになかなか行けない生活なので、郵便振替オンリーだとちょっと困った経験があるもんで。

 まあ、そんなこんなですけど、それなりに苦労していますので、時々は「どこまで出来たかな~?」くらいの感覚で覗いてやってください。それから物販を行っている皆様には、「うちも掲載して」というご希望や「リンクすなや!」の苦情などありましたらこちらからお知らせください。
 そんで皆様にもたまには「ショップ旗旗」経由で何か買っていただけると非常に嬉しいというか、はりもでるのであります。今後とも旗旗をよろしくお願いします。

京都府警の「トラメガ弾圧条例案」批判

Warning Fascism 先日のエントリーの関連ですが、洞爺湖での首脳会談と並んで外相会談が開催される京都でも「トラメガ弾圧条例」の制定の動きが進んでおり、全国的にも注目されています。これは形式的には従来から他の自治体でも制定されている暴騒音規制条例(以下、騒音防止条例という)の「改正案」を京都府警が独自に作成したものですが、内容的にはそれまでの生活に密着した一般的な騒音防止条例を一変させ、全く異質な治安条例に変えてしまおうという試み(たくらみ)です。警察の言いなりに2月の府議会で可決成立が目論まれています。

■騒音防止条例と京都府警「改正」案の内容

 騒音の規制そのものは不当とは言えません。そして通常の騒音防止条例は行政が騒音発生の停止などを求めるさいの根拠となるものです。警察官にも現場で「勧告」する権限を認めたりしていますが、この条例で逮捕するといった刑事的な性質のものではありません。つまり行政規定としての色彩が強いものだと思います。

 確かに私たちの日常感覚でも、「隣の部屋のステレオの音がうるさい」といった場合、それは迷惑行為であって即時にやめてほしいとは思いますが、泥棒や強盗と同レベルの犯罪行為とまでは思いません。あるいは夜中に洗濯したという理由で刑務所に叩きこまれたのではたまりません。確かにまれには嫌がらせなど確信犯的に他人の心身を害するため、あるいは害してもかまわないと思って騒音を出す人もいるでしょうが、そういう「もはやこれは犯罪だ!」というレアケースには、騒音防止条例ではなく傷害罪などの刑事法で対応することになります。つまりそういう極端な事例は騒音防止条例とは全く別次元の問題ですし、それが常識感覚にもマッチしていると思います。

 これに対して京都府警の案では「迷惑行為」の段階でいきなり自分たちに逮捕する権限を与えろと求めているのが特徴です。しかも最高で懲役6ヶ月という重刑です。そして何より一番の問題点は、改正の目的が6月のサミット外相会談への反対や対抗などの運動を取り締まるために必要だから(京都府警自身がそう説明している!)とされていることです。つまりこの条例でトラメガ(肩掛け式の簡易スピーカー)を使って行う市民団体などの活動を規制しようということです。

 くりかえしますが、騒音の規制そのものは不当とは言えません。そもそも特に条例などがなくても、住宅密集地で「10メートルの地点で85デシベル以上」の騒音は国の基準でも規制されており、騒音防止条例でもこの基準を踏襲しています。ですがこの「10メートルの地点で85デシベル」というのは、市販の拡声器をごく常識的な範囲で使用しても容易に達する非常に厳しいレベルであり、実は商業施設を含む街中の拡声器(とりわけ宣伝カー)は、多くがこのレベルを上回っているということに注意が必要です。そのため騒音防止条例には、「この条例を国民の権利を侵害するために使ってはいけない」など、濫用を禁止する付帯条項がついているのが普通で、今までは警察も比較的穏健な運用をしてきたと思います。そういう柔軟な運用とミックスすることによって、この規制の厳しさも生きてくるのです。

 まあ、穏健と言うより、この条例だけでは逮捕することができないので、警察にとってはあんまり「美味しい」条例ではなかったのですね。本来ならこういう強権的でない条例を主要に使って、市民生活を守る立場からその利害の調整をはかり、穏健・妥当なスタンスで汗をかく活動をしてほしいものだと思いますが、警察(特に公安)はこの条例には今まであんまり興味がなかった。私もこの条例を口実に弾圧された経験はありません。つーか、デモの時に出てくる警察の宣伝カーが、デモ隊のトラメガの声が聞こえないくらい街宣右翼も顔負けの大音響でデモの妨害をしまくっていますから、自分たち自身があきらかにこの条例を「無いもの」のように扱ってきたわけですしね。

 さらに今回の京都府警の案では、別の団体が近くで拡声器を使用した場合には、音量が規制レベルに達していなくても取り締まれるという条項を新設したほか、音量の計測方法を簡易にして「10メートルの地点で85デシベル」あるかどうかを実際に計測しなくても取り締まれるようにしました。

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