いつの間にか師走になってしまっているが ~老朽原発の再稼働は許されない-東海第二原発

反原発・金曜経産省抗議行動(テントひろば主催)

by 味岡 修

 いつものことにはちがいないのだけれど、いつの間にか師走になってしまった。忘年会の口がいろいろとかかってくる。むかしのように忘年会のはしごということはなくなったが、気分だけは忙しくなる。

会えなくなった人に思いを馳せる

 やはり、歳なのだろう。友人の訃報が多くなった。そして、訃報のひとつひとつが重くて引っかかる度合いが強くなっている。ちょいとした散歩の道すがらでも自然に故人のことを想起しあれこれと考えている。もうちょっと逢っておきたかったとか、そうしておけばよかったのにと悔恨に似た思いになるのだが、なかなか人にあったりすることも、便りもだすこともできない。

stop_大間原発

 先週は第二テントで、大間原発反対闘争を担っていた、「寺崎あきこさんを偲ぶ会」があった。彼女とはそれほど親しい関係ではなかったが、笑顔が印象的で気になる存在だった。彼女は偲ぶ会での親しかった人が言っていたように物事をはっきりいう人で、僕もどこか身構えるところがあったのかもしれない。彼女のことは気になるところがあったのだけれど、もう少し踏み込むことができずに気になるという関係だった。最近、しばらく、見えないからどうしているのだろうと思っていたのだが、訃報を聞いて、残念なことだったと思った。

 テントを創ったことで多くの人に出会い、つながりができることは大事なことで、テントの意味でもあったのだが、それができなかったのは悔いの残ることだ。でも寺崎さんの笑顔を何かのついでに思い出すし、それはどこかで僕の心をいやしてくれるところがある。それは僕には大事なことだ。僕らはそんな風に多くの人と別れていくのだろうか。

 訃報といえば、西部邁の自死を聞いたのは年の初めだった。時間が経つことの速さに驚きながら、彼の自死については今も考えあぐねている。

見えにくい権力構造に対峙して

 日課のようにとはいかなくなってきているが、それでも週の何日かはここテントひろばに出掛けてきている。テントが強制撤去されてからも経産省前の座り込み行動は続いている。原発再稼働を目論む政府や官僚の動きは僕がここであらためていうまでもないことだ。政府は国会に立憲民主党から出されている原発ゼロ法案は審議の入り口に就こうとさえしないが、裏では再稼働をすすめようとしている。

 政府の裏で官僚は国民の意向を無視した政策を進める。毎日のように報道される沖縄の辺野古基地強行建設はこの表立ったことだが、僕はこういう日本の権力構造にどう立ち向かい、僕らの意思を実現して行けるのか自問する。答えはない。僕らの意思を萎縮も消えさせもしないということだけを根拠にしてどこまで闘い続けられるのかは分からない。明治以前とも変らなぬ日本的(アジア的)な権力の構造と対峙し、それを変えて行く端緒を開こうと考えていることは確かであるが、僕等は自問を繰り返し闘い続けるしかない。

あともどりしない人々の反原発意識

高浜原発再稼働抗議

 西日本を中心にいくつかの原発が再稼働している。政府や官僚、電力業界の原発再稼働―原発保持というシナリオはそれなりに進んでいるのか、そうではないのかについての評価は分かれるのだろうが、僕は進んでいるのではないと思っている。これだけの時間をかけて、これだけに過ぎないと思っている。

 日本の原発の事を考える上で決定的なことは人々の原発についての意識であるが、これは福島原発事故を境に変わったことは(つまりは原発の存続に否定的な意識が人々の大半になったことは)、変わらないままだ。電力産業を独占する体制を変えられない以上は電力業界と権力の暴走を止めることはできない。僕らの抵抗はこの暴走を止めるということにはなかなかならない。だからと言って彼らがシナリオ通りにことを進められているわけではない。

 原発の存続をめぐる闘いには時間が重要な位置を持つ。時間ということは将来性ということだが、そこでは政府・官僚・電力業界に利はない。これは明瞭である。彼等は時間稼ぎをしながら、人々の原発に対する意識の転換を考えているのだろうがそうはなってはいないのだ。彼等の希望は困惑として深まるだけだろうが、そこを脱する未通しはない。原発とエネルギーの危険性はそれについての人々の意識は深まっていくし、これを解消するものを彼等は持っていない、それは将来にわたって続くことだ。原発のエネルギーは自然エネルギーや再生エネルギーにそのコストで差をつけられることも続くだろう。

老朽原発の再稼働は許されない-東海第二原発問題

 原発の存在の意味はこうした面でも下がって行く一方である。僕らは強行されて稼働する原発の事故が心配である。政府や官僚や電力業界が事故対策を持っていないこと、その技術も知恵もないことは福島第一原発の事故後をみれば明瞭だからである。彼等は事故が起これば責任を取る気もないし、責任を取れる能力ない。だから、再稼働による事故が心配時であり、その不安が募る。

東海第二原発
東海第二原発

 この間、東海第二原発の再稼働問題が焦点になった。これは来年の課題でもある。来年は天皇退位や参院選挙などの課題が取りざたされているが、これはそれらに劣らぬ重要課題だ。東海第二原発は運転開始から40年を経た原発である。この原発は福島第一原発と同じ型の原発であり、老朽原発である。

 40年を経た原発は廃炉が原則だが、例外として運転延長が認められている。今回の20年延長の認可は例外を原則に、原則を例外にするものであるが、ここには政府や官僚の将来の電源に原発を組み込むということがある。これから40年を迎え、廃炉を決定づけられる原発の運転延長により、原発電力を確保するしかないということがあるのだ。

東海第二原発
東海第二原発

 この老朽原発は技術的に危険を孕んでいることは多くに人は指摘する通りである。避難計画がままならことは、この原発の30キロ圏内に96万人が住むことから見てもあきらかである。それに地域住民も自治体も再稼働に強い反対の意向を持っている。

 再稼働の安全対策工事に1450億円を必要とし、しかもこれを東電の融資で賄おうとしている。誰が見ても、どの観点からも、再稼働などはとんでもない、という代物。それが東海第二原発である。現在は安全運転の工事が認可された段階だが、来年は重要な年になる。僕らは現地の住民と共に東海第二原発の再稼働阻止にいろいろの方法で臨まなければならない。来年のことをいうと鬼が笑うというが、鬼の手をかりても阻止をやらねばならない。(三上治)

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味岡 修(三上 治)souka
文筆家。1941年三重県生まれ。60年中央大学入学、安保闘争に参加。学生時代より吉本隆明氏宅に出入りし思想的影響を受ける。62年、社会主義学生同盟全国委員長。66年中央大学中退、第二次ブントに加わり、叛旗派のリーダーとなる。1975年叛旗派を辞め、執筆活動に転じる。現在は思想批評誌『流砂』の共同責任編集者(栗本慎一郎氏と)を務めながら、『九条改憲阻止の会』、『経産省前テントひろば』などの活動に関わる。