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三、反対同盟の7・1『回答』に対するわが同盟の考え
ところで六・一七を引きつぐ七・一事業認定取消し訴訟、対運輸省抗議行動にあっては、わが同盟は全くの首都圏動員で取り組んだのにもかかわらず、全国結集でのぞむと言っていた第四インター、プロ青がここでも動員に失敗し、われわれ戦旗派の躍進のみが印象づけられた闘いになったのであった。(インター××××名、プロ青×××名、全体デモ××××名)
そしてここで争われたものは熱田派反対同盟系列においての、一方における成田用水粉砕=二期決戦必勝派と他方での一坪再共有化派の綱引きとでも言うべき路線的攻防である。つまり小川剛正氏(小川本家)などが用水粉砕派を代弁し、「成田用水の粉砕なくして二期決戦の勝利はあり得ない」と正しく述べていたのに対し、ドブロク作りの前田俊彦氏などは「一坪再共有化を全国に広げよう。再共有者に脱落者はいない」などと主張し、目前の成田用水着工の切迫などに対してまるで無頓着であり、日帝との政治攻防は興味の外にあることを指し示したのであった。
ここでの分岐は明確に一坪再共有派=エコロジー的部分、成田用水粉砕派=政治闘争派の分岐であり、主張の両極化は政治的意識性における両者の食い違いの表出であることをわれわれは受けとめねばならない。
しかもこの七・一にあっては、われわれ戦旗・共産同が提起した『戦旗』四八八号海原論文への反対同盟の回答が公表されたのであるが、それはまさに熱田派反対同盟内のエコロジー派部分が、熱田派内最大の政治闘争派である戦旗に歯止めを与え、熱田派の土俵の枠を明示せんとして提起したものである。
知ってのとおり「戦旗派の提起に答えて」と題されたこの一文には、一から六までの項目に分かれてわが同盟の提起への反対同盟の見解が示されている。
「第一に中核派のテロに対しては、何の疑いもなく中核派が止めることである。」
「第二に一坪再共有化運動はフランスのラルザックの闘いに学び、沖縄の軍用他の共有化で再びその力を実証し、三里塚でもはじめたのである……この運動をやめることは、公団を何よりも安心させ、喜ばせることである。中核派による御門違いの難くせに屈服して再共有をやめることは、絶対にできない相談である」
「第三に、一坪再共有化が分裂をまねいたということですが、その事は全く違います。それは中核派が自分たちの意のままにならないと知った再共有化運動に難くせをつけて、あたかも再共有化に原因があるかのようにして分裂させたのです。……すなわち再共有化運動をやめる事は、中核派独裁の復活なのです。」
「第四に再統一の問題であります。……再共有化に対して、土地ころがしと思わない人が北原派にも出てきたように、再共有化の力をもっともっと明らかにし、彼等から疑いの目をとりのぞくことが大事なのです。」
「第五に三・八総会の評価であるが、この総会の目的は、ゆいいつ反対同盟の自立にあります。この事は中核派も十分に承知していたはずだし、よく考えれば分裂が起る事は当然だったかもしれません。……他を認めた自立こそが連帯のカギであり、勝利のカギなのです。」
「第六に戦旗派についてであります。……特に戦旗派については、ここ数年急速に肥大したいわゆる肥満体なのです。骨や筋肉や内臓が十分にきたえられて大きくなったのではなく、脂肪がついて身動きできないように、ただ太ってしまったのです。当然、使いものになる体にするためには、それをきたえる時間か必要です。再共有化運動が中核派のおどかしによって、最初は賛成しておきながら、出きなかったのは当然です」云々が、その内容である。
事実を明示するために言っておけば、再共有化運動にわれわれ戦旗派は「最初は賛成した」のではなく、当初的には一貫して反対したのである。つまりそれが八二年十二・一六の反対同盟方針になる以前、「連帯する会」内に第四インターが八二年の夏頃よりこの方針の物質化を持ち込み、承認を迫ったことに対し、わが同盟は反対し続けたのである。
その理由は、これが社会革命主義的なエコロジー運動的方針であり、再共有化運動それ自体が政府-公団の二期着工攻撃をはばむことには何等なりえず、ゆえに再共有化運動をもって「連帯する会」の二期方針にスリ換えていくのは文字通りの「二期の来ない運動」路線でしかなく、二期決戦からの逃亡を合理化せんとするものだったからである。
ゆえにこの方針を事業認定取消し訴訟と抱き合わせて承認させようとする第四インターとわれわれの対立は非和解的になり、八二年十・一一闘争当日、ABCD問題などをかかえていた第四インター三里塚担当のTは遂に爆発し「社学同の集会で戦旗は第四インターを批判したという情報が入っている。やるんならやってやる」「連帯する会を割るんならさっさと出てゆけ」などと戦旗派指導部に猛然と食ってかかったのである。
当時「連帯する会」から脱退することもやむなしといった方針をわが同盟はとっておらず、かつインターの提起する事業認定訴訟や一坪再共有化にかわる代案としては、自主耕作を提起する以外のことをなし得なかったので、やむなくわが同盟はこの事件のあと、第四インターヘの共闘関係的妥協として、「一坪再共有化運動を二期決戦までの過渡的戦術として闘うことは承認する。だがこの運動を党派が代行する、つまり党派が再共有地を購入するといったことに対しては、わが同盟は反対する」ことを申し入れることによって参加を表明したのである。
そしてそれ以降、いくつかの事務的手続きを経て、それが反対同盟の三大方針として公表されるに至って、独断的セクト主義の立場において無理矢理一坪再共有化を潰そうとする中核派の理不尽な攻撃に対し、二・二二声明を発表し反対同盟の主体性を尊重することを訴えるに至ったのである。
この経緯から言っても、わが同盟が一坪再共有化運動に対しては、最初は全く消極的であり続けたことは歴然としており、「最初は賛成した」などというのは歴史的経緯の全くの無視、黙殺以外ではない。
それはともかく、問題の核心はそのような手続き論にあるのではなく、もっと基本路線をめぐる問題、プロレタリア日本革命の遂行において三里塚闘争をいかなる位置性において捉え、どう闘っていくのかをめぐる戦略的観点のくい違いから導出されているものであることを、われわれははっきりと見すえるのでなければならない。
わが同盟が青年行動隊のエコロジー的部分や、第四インターの方針に反対し、むしろ現象的には中核派と近似の観点において三里塚闘争の勝利の方向を提示するのは、端的に言えば第四インターなどが全人民的政治闘争の戦略的領導を「遅れた六〇年代的カンパ二ア主義」とみなし、ゲリラ・パルチザン戦闘の貫徹や武装闘争の遂行を「現時点では反動である」などと臆面もなく片づけ、なおかつ地域住民の自立的闘い(様々なモニュメントの構築や生活改善運動の類い)こそが、「新しい政治的大衆闘争である」として基本路線化しようとする、その路線的反動性や右翼日和見主義、社会革命主義を批判するからである。(=『理論戦線』18号影山論文批判などを参照せよ)
この政治的観点におけるお互いの意見の違いをまるで無視して「ともかく反中核でいっしょに闘え」と提起されても、自分達なりの綱領的諸内容を持ち、独自の戦略的総路線に基づいて闘うわが同盟には、それこそ“できない相談”というものである。つまり反対同盟の回答は、「エコロジーの立場に立って戦旗も第四インターのように闘え、ラルザックは素晴らしいじやないか」と言っているのであるが、ラルザック闘争の主体もまたエコロジスト・自然保護主義者たちであり、フランス帝国主義打倒の戦略的総路線に尋かれたボリシェヴィキ勢力の闘いでは決してないのだ。
これらのことから、反対同盟(熱田一代表)からの『回答』に対し、われわれが確認すべき事頂は以下のとおりである。
すなわち第一には、この文書は石井新二氏が書いたものであるというのだが、三里塚闘争の戦略的勝利、政府-公団に対する空港廃港・農地死守の原則的観点からわが同盟の提起している諸内容を検討し、またみずからの方向を把握しなおそうとするのではなく、要するに一坪再共有化運動のやみくもな擁護、対中核での勝利という視点でのみ問題をとらえ、それを表出しているにすぎないということである。
日本階級闘争全体の中に占める三里塚闘争の政治的位置性、あるいは反戦反核の砦を表明するに至った反日帝・反中曽根の砦としての三里塚闘争の勝利の展望を、大きな政治的洞察において捉え、日本階級闘争の前進のためにいかなる対処をとるべきなのかといった戦略的観点での思考力を石井新二氏は喪失しているのである。
ただ、今身の回りにおきていることだけから、せんじつめれば中核に勝つことだけから一切を論じているのである。しかし反中核運動の勝利、一坪再共有化の勝利だけが三里塚の勝利の道なのだと提起すること、それは日本労働者階級人民の三里塚闘争への決起に対し、全く狭い枠組みしか与えないものであることは歴然としているではないか。この点てわれわれはとてもこの内容に承服することはできないのである。
第二には、しかもそれを全体的な気分としては徹底した反セクト・親エコロジーの立場で表明するに至っていることである。たしかに三・八は重大な反対同盟の自立の問題であったのだが、日帝打倒にまでたかめあげての自立、日本労働者階級人民の自主的解放を疎外する独断的セクト主義に対する政治的民主主義の確立における反帝反侵略の砦としての自立としては問題を少しも考えていないということである。
全くその逆に、中核派に対してどうするのかのみを、反セクト(=反前衛)として表明し、みすからのエコロジー化によって逃げきろうとしているだけである。そのために十八年間にわたり、日帝政府-公団に対し政治的攻防をくり広げてきた三里塚反対同盟の戦略的一貫性、非妥協性、政治的リゴリズムは曖昧化されてしまい、エコロジー対セクトの争いが主要な命題であるかのような錯覚におち込んでしまう陥穽をしかもたらしていないのである。
だがこれは結局、三里塚反対同盟が日本労働者階級人民に対し有する政治的規定力を著しく弱める結果しかもたらさず、政府ー公団につけ入るスキを与えるだけであり、闘争を細らせるだけの方針である。そうであるが故にわが同盟はこの見解に異議をとなえる以外ないのである。
第三にはわが同盟に対し「脂肪がついて身動きできない肥満体」だとか「心臓が鍛えられていない」とか揶揄し、一貫して熱田派の最大動員党派として闘争を支えてきたわが同盟を愚弄している誤りである。こうした言い草は、それ自体わが同盟の熱田派を支えんとする熱情に水をさすものでしかない。必死になって情宣・オルグ活動をおこない、血のにじむような努力を払って一人またひとりと確認をとることによって、われわれは動員を続けているのである。
この一年有余の間に中核派の党派戦争宣言やテロどう喝に対し、われわれが払った防備のためのエネルギーの消費は並太低のものではない。一切の日常的行動の自由をみすがら閉ざし、それこそ下宿にも家にも帰らず、家族をなおざりにしてわれわれは闘い、動員を拡大しているのである。そこまでの決意、そこまでの覚悟を固められずに、全くちゃらんぽらんな組織活動しか遂行できない第四インターやプロ青は、その重圧に耐えきれずに組織離反者をつのらせ、凋落の一途を辿っているのではないか。
それをあろうことか、「脂肪がついて身動きできない」だとか「急速に肥大した肥満体」などと、反対同盟が支援の動員の拡大を嘲笑するなどという事はあってはならないことである。あんまりふざけるな、そういう遊び人的対処が熱田派をダメにしているのだと反論する以外ない。
動員が拡大を続けているわが同盟を揶揄する以前に、熱田派はもっと自分達自身の組織的現状を見すえるべきである。昨三・二七から八四年三・二五まで、一貫して熱田派は毎回数百名づつ結集力を落としているのである。のみならず婦人行動隊Hさんの離脱、あるいは用水問題を「地権者あずかり」とか「個人の財産権の問題」にスリ換えてしまった路線的曖昧性、政府との対話派である島寛征氏のいつの間にかの復活など、中核派の批判を待つまでもなく、現在の熱田派反対同盟は全く混沌としており雑炊化してしまい、戦略的方向を欠いている。得に組織的観点のエコロジー化は著しく、反対同盟十八年有余の歴史のなかで、もっともサークル化が進んでいるのが現在であるといわねばならないのだ。
第四にそうであるが故にわが同盟は、こうした熱田派のエコロジー化、サークル化に対し、左から戦旗・共産同の戦略的総路線にもとづくクサビを打ち込み、日帝打倒をめざす反戦反核の砦たる、全人民的政治闘争としての三里塚闘争の熱気と息吹きを守り抜き、取り戻すために闘い抜く必要かあるということである。まさしく今や政治闘争としての三里塚闘争を守り、支えきるために闘うことがわれわれの使命なのだ。
われわれは三里塚農民に学びみすがらを作り変えることを真剣に励行してきた。その精神は今も何ら変わるものではない。だが権力に投降したり、闘いの原点を喪失した者、全くの右翼日和見主義者に学ぶなどという、無思想な没階級的主体として人民に学ぶことをわれわれは実践しようとしているのではない。日帝国家権力に対し非妥協・不屈に闘い続ける三里塚農民、「この塹壕はベトナムに通じる」と敢然と言いはなち、死をもおそれず闘いうく「武装せる蒼生」としての三里塚農民の姿にこそわれわれは学ぶ姿勢を有するものである。
もちろんわれわれはこうした反対同盟の回答=批判に対し、小ブル的に腹をたてたり、三里塚なんかに行くものか等と、売り言葉に買い言葉的な対処をとったりはしてはならない。わが同盟は熱田派反対同盟を変革し、領導するために、明確な階級的主体性をもってかかわり、これからも三里塚を闘い抜くのである。
われわれ戦旗・共産同は耐え忍ぶことのできる受難につよい組織である。動員の拡大にしてからが、大衆運動丸出しの、時流にのった勢いの水ふくれでは決してないのだ。アダチ分派問題後だけでも十数年にわたる辛酸をなめた、薄紙を一枚一枚張りつけるようなすさまじい全活動家の努力の結果としての主体的階級的成熟、そして政治を主体化するための血のにじむような全活動家の修養の結果の、精一杯の力の発現としての動員の拡大なのである。これがどんなに苦しい、ギリギリと己れをさいなみ続ける闘いの成果であるかなど、石井新二氏は知るまい。
しかしわが同盟は苦節を知ってくれなどとつまらない非レーニン主義的お願いはしない。われわれは革命的リアリストである。「永遠の今」を生きんとする現実変革者である。成田用水粉砕闘争と二期決戦の戦略的領導をもって、わが同盟はこの回答=批判への実践的応対とする。われわれが正義であり、プロレタリア解放の根源的力がここに、戦旗・共産同と革命勢力にこそ宿ることを、すべての同志諸君、必ずや満天下に知らしむることをもって、われわれの返答とせねばならないのだ。それをつうじ熱田派を左に領導し、政治闘争派として再建すること、それがわが同盟の天与の任務であることをはっきりと確認して、回答への反論としたい。
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