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八五年における中核派との攻防の継承は、以上述べた理由によっても明らかであるが、カクマルの三里塚闘争破壊策動、ネオ・ファシズム運動とかいう規定、反ソ容帝主義の一連のイデオロギー提起との対決性も、八五年三里塚二期決戦を闘い抜くにあたってば強まる以外にない。
わが同盟が日本階級闘争の最前列におどり出していくためには、いずれにしても中核・カクマルの作りあげている革共同運動の枠を突破していくことが必要であり、党派性を打ち鍛え、革命的なセクト性を強烈なものに作りあげていくことが問われているのである。
三里塚反対同盟の分裂によって戦術的に攻防を余儀なくされる対象は中核派であるが、わが同盟の戦略的内容との関連でいえば、武装蜂起主義粉砕をかかげるカクマルとの対決は、いずれ構造化される以外ない。現在カクマルがフェドセーエフの『科学的共産主義』を持ち回ることによって、しきりと主張するスターリニストの「革命の輸出論」などはその最たるものである。これはわが同盟の「帝国主義の没落とスターリン主義の破産、人民の主体的階級的成熟に基づく勝利の進撃」という世界認識に全面的に敵対する内容である。わが同盟が日本階級闘争に真に影響力を駆使し得るためには、こうしたカクマル・イデオロギーを打ち破っていくことは焦眉の課題であり、これに対し無防備になってしまっては、中核が首ネッコをおさえつけている間にカクマルが急所を蹴りあげるなどというとんでもないハメに、わが同盟は落ちこんでしまう危険性がある。
こうした観点に基づき、われわれは『戦旗』五〇三号において、カクマル・イデオロギーとしての「革命の輸出」論批判をおこない、われわれの戦略的観点のイデオロギー的防衛を開始したのである。それをもふまえてわれわれがカクマル批判の諸点としてまとめるべき点は以下の内容である。
1)カクマルは、ロシア革命はプロレタリア革命が中途からスターリン主義的に歪曲したものであるが、それ以降の革命はおしなべてスターリニストによって準備され、仕組まれたものであるがゆえにスターリニスト革命であるという把握の仕方をしている。そのために「スターリニスト・レジュームの存在」→「スターリニスト革命を支える政治経済法則の把握」→「そのイデオロギー的批判をつうじての組織的のりこえの追求」→「反スタ戦略の定立と物質化」というシェーマで理論と運動の定式化をはかっているわけである。
そこで利用されるフェドセーエフの『科学的共産主義』の持ち回りは、ロシア革命以後の革命は全部スターリニスト革命という図式の現在的根拠づけのためになされているのであり、実体がどうであろうとスターリニストによる「革命の輸出」政策の結果であるという点を強調するためにのみ取り沙汰されているものである。
つまりソ連スターリン主義が平和共存政策を放棄して「革命の輸出」政策を取りはじめたと強弁することの中には、ゆえに現代世界を規定しているのは帝国主義ではなくスターリニスト・レジュームの方であるという認識が強調されている。これとの闘い=反スタ革命が、だから基軸とならねばならないのであり、スターリン主義が帝国主義を規定している、実体的にはソ連がアメリカを規定しているのと闘うカクマル「反スタ革命論」がその連関において正しいのだと、勝手な自画自賛をなさんとしているのである。
2)しかしこうしたカクマルの提起は、それ自体論理矛盾に満ちている。何故なら「一九三〇年代正統派スターリン主義への回帰」「平和共存路線の廃棄」というなら、ソ連は一国社会主義路線を放棄して世界革命論に転換したということになるのか。だが一九三〇年代こそスターリン主義による革命の裏切りの時代であり、世界革命の切り開きなどどの国においても存在しなかったではないか。そもそも「正統派スターリン主義への回帰」と「革命の輸出」論は整合しない概念であり、それ自体はじめから破産した論理なのである。
次に「革命の輸出」政策において「先進国に対する武装闘争の追求さえ開始した」等と把握するなら、ソ連は一国社会主義を放棄したことになるのか、という批判にもカクマルは答えられない。いややっぱり一国社会主義だと言う以外ないので、それ自体いきずまってしまうのである。
そうした論理の陥穽を弥縫するために持ち出しだのが『解放』八四五号における「『世界革命過程論』の構造的解明上の諸問題」とかいう珍解説である。何とそこでは「党官僚としての政策と国家官僚としての政策はちがうといい、党の政策は革命の輸出だが国家の政策は一国社会主義論に基づく平和共存だなどと主張しだしたのである。
「クレムリンの党官僚は、国家官僚たるの資格においては直接に世界革命戦略を実行するわけではない。一国社会主義論にもとづくソ進政府の対帝国主義政策は、世界革命戦略にのっとって平和共存を維持する政策をとる」
「ソ連政府のこの外交政策と、ソ連共産党をはじめとする各国スターリン主義党の戦略(社会主義革命の非平和的形態での実現という路線)とを、――クレムリンの国家=党官僚白身が経験主義的にではあれ自己二重化しながら実践していることがらをふまえて――構造的に明らかにすることこそが問題なのであって、『先進国と後進国とを問わず今日のクレムリン官僚は革命の輸出を戦略としている』というように安直に解釈することが問題なのではない」という具合にである。
こうした自問自答に基づきながら、結局カクマルは自分達が何を言えばいいのか、要するに論旨がどこにあるのか何だかわけがわからなくなってしまっているのが現状である。
3)要するにカクマルは、そもそもは米帝レーガンと全く同じ観点においてソ連の「革命の輸出」=ソ進脅威論をふりまき、それをソ米論(ソ連が米帝を規定するのが情勢の基軸と考える発想のこと)として展開することによって、現代世界にあってはスターリン主義こそが帝国主義を規定していると概念規定したかったわけである。
だがスターリニストが「世界革命過程論」を戦略として「革命の輸出」を開始し、フルシチョフ流の「平和共存戦略」を放棄しはじめたというカクマルの主張では、結局ソ連スターリン主義が世界革命に取り組みはじめたということになり、スターリン主義そのものに対する批判点があいまい化されてしまう。しかも、カクマルが頭の中で描くソ連ではない現実のソヴィエト・ロシアでは、決して平和共存政策など放棄してはいず、ゴルバチョフのイギリス訪問などに見られるように、米帝に対しては対抗的政策を取りつつ他帝国主義に対しては米帝との関係を分断し、デタントをも追求するという政策を取り続けている。西独に対するソ連の対処などはそれを端的に物語っている。だから少しまともに考えればソ連が「世界革命過程論」に基づき先進国に対してまで革命の輸出を開始したなど、とても恥かしくて言えないことは、ただちに判明するのである。
この陥穽を埋めんとするものが黒寛流の「党官僚と国家官僚としての政策の二重性」とかいうペテン理論なのであるが、スターリニスト官僚がソ連の政治権力を実体的に掌握し官僚的支配を実現している、ゆえにスターリニスト・レジュームであると彼等は主張しているのであるから、「党と国家の政策は別」などというデタラメは、本質的に通用するはずのない言いのがれにしかすぎないのである。
こうしたカクマルの自問自答的いきづまりに対して、われわれがなすべき批判点は、ゆえにこの間確認されてきた三点の内容になる。
すなわち第一に、ソ連における『科学的共産主義』=「世界革命過程論」の定式化は、国際共産主義運動の分岐、ユーロコミュニズムの台頭に対し、ソ連スターリン主義の下への再集約をはかっていく方便としての左翼的ベールを欺瞞的にかぶった「世界革命過程論」の提起なのであって、「平和共存」の否定的言辞はユーロコミュニズム批判を目的意識としてのみ言われているものである。まったくもって先進国での武装闘争路線の提唱などの位置をもつものではない。
第二に、帝国主義の没落にともなう民族解放闘争の勃発をつうじ、権力を掌握するに至った革命派がソ連スターリン主義と接近する構造にあるのは、ひとえに帝国主義の反革命干渉とその重圧をはねのけての国内経済建設の必要性にかられてのことであって、能動的・主動的なソ連スターリン主義の「革命の輸出」の結果、人民解放闘争が勃興して革命が勝利したなどとは全く言えない。
過渡期世界における人民権力掌握の矛盾的疎外形態として、これらの国家のソ連との結合はおさえられるべきであり、ゆえに主体的には帝国主義列強の世界支配を打ち破って「労働者国家」の本来のプロ独国家としての位置性を取り戻すべく闘うことがわれわれの任務となるのである。日本帝国主義を批判しこれと武装対決せんとすることを全く放棄したままソ連スターリン主義批判をやらかしてもそれは本末転倒の「反ソ容帝主義」への落ち込みにしかならないのである。
第三に、ソ連が「世界革命過程論」の採用によって一九三〇年代的正統派スターリン主義に回帰しつつある等と規定しても、一九三〇年代ソ連スターリン主義こそが祖国防衛主義=一国社会主義防衛を主要任務にすえ、各国革命をそれに従属させようとしてヨーロッパ革命を裏切ったのであり、そもそも「革命の輸出」などにはなりえない歴史的連関構造の下にある。また一国社会主義が放棄されたのでないと規定する以上、ソ連スターリン主義が世界革命に取組みはしめた等という根拠は持ちようもないのだ、という点てある。
これらの批判はまともにカクマル・イデオロギーの陥穽をついており、カクマルは全くこれに答えることができないでいる。しかも自分たち自身がこの頃は一体何を言おうとしているのかわからなくなって、書く奴書く奴がいろんなことを言い、『内部思想闘争』を繰り広げているのであるから、それ自体カクマルの理論作業はマッチ・ポンプ的理論作業と言わざるをえない。
ともあれわれわれが確認すべきことは、こうしたカクマル・イデオロギーはそれでもなおわが同盟の戦略的問題把握、綱領的命題とまっこうから対立する対極に構築されており、この完全な批判なくしてはわが同盟の路線的・イデオロギー的前進はあり得ないことを全同盟的に意志統一することである。
わが同盟の使命は、既に歪められている革共同運動の枠を突破し、日本革命運動を正義の大道にもどすことにあり、またそれなくしては日帝ブルジョア支配をくつがえずことなどとてもできないのである。ゆえに中核のみならず、カクマルとの攻防も必ず歴史的日程にのぼらざるをえないのであり、われわれはこれに対処しておかねばならない。
今や戦旗・共産同運動の前進に対し、革共同両派は極めてナーバスになり、わが同盟の前進をたたき潰さんと虎視眈々と狙っている。それをはねのけて勝利を収めきり、日本革命の主力党派にのしあがっていくことが、問われており、そのための理論的=組織的武装を八五年をかけて徹底的にやりきっていかねばならないのである。
『戦旗』五〇三号をもってのカクマル批判の開始は、以上の脈絡のうちにおさえられねばならず、全党の同志諸君の戦旗派イデオロギーの把握を、是非とも訴えたい。