戸村一作:著『小説三里塚』(目次へもどる)
丸太を組んだ工事場の芝生には、五、六人の農民が円座を組んで、語合っていた。
「銭には心配かけねえってあんなにいっておきながらよ……」
「うむ、今更金がねえとはなんてこった」
「全くだよ、それに日共や妙法寺がついててよ……。東藤先生の話はまるで違うよ」
「それに六百万もかかるというのに、今からこれじゃ先が見えるよ」
セメント、砕石、砂など、資材は大幡建材店から送ってもらったものの、その他鉄筋などは現金で買わねばならなかった。その金がなく、工事はストップしてしまった。
彼等は煙草をくゆらしながら、足場の中に二メートルばかり積み上げられた平和塔を跳めていた。
すると、その傍の小屋の中から、東藤が現われた。彼は黄衣を引きずるようにして、近づいてきた。
彼は直立して、皆の前に立って合掌した。
「みなさん、これだけの不滅な大事業をやるには、必ず一度や二度の困難にぷつかるのは当然です。私たちはこの難関を突破してこそ、空港阻止の運動を全国化できるのです」
農民たちは彼の語る言葉一言一句に、頷いて聴いた。彼等の限は一様に、東藤に集中していた。
その向こうを見ると、空港建設のクレーン車やブルドーザーが右往左往して、パイルを打ち込む連打音が、絶えず聞こえてくる。
どう見ても四〇〇〇メートル滑走路に、平和塔はひっかかる。これが完成すれば、公団にとっての最大の障害は、平和塔であることは誰が見てもはっきりしていた。
東藤は額に手を当て、じーっと滑走路予定地をはるかに見通した。そして、一段と語気を強め、自信たっぷりにいった。
「みなさん、あれをご覧下さい。あれは何ですか」
東藤の指し示す彼方には駒井野の方に向かって、四〇〇〇メートル滑走路予定地が延々と延びていた。
「みなさん決して挫けてはなりません。三五〇〇トンの平和塔が立てば、飛行機が絶対に飛べないことは火を見るよりも明らかです。試練は必ずやってくる。悪魔の誘惑に負けてはなりませぬぞっ。私は今日から全国托鉢の行脚の旅に出る。だからみなさんも私に倣い、近隣市町村隈なく歩いて、募金活動を起こして下さい。平和塔には常にお釈迦様が、着いておりますぞ」
東藤の言葉を傾聴していた農民たちは、恭しく彼に向かって頭を垂れた。
その翌朝から岩山部落の婦人たちが、三々五々に分かれて富里、成東、東金、八日市場、多古、成田へと出かけていった。みんな「南無妙法蓮蕪経」、「平利塔建設」と書いた襷を首から胸に垂らし、団扇太鼓を打ち鳴らしながら、門づけした。そして、カンパ帳を差し出しては、喜捨を乞うた。
すると反対同盟から来たというので、一〇軒に八軒の割で、大なり小なりのカンパが集まった。近隣市町村ではすでに新聞やテレビで、反対同盟の動向をよく知り尽していたから、それに賛同の意を表したのであろう。――その実、反対同盟とは無縁の平和塔だという真相は、近隣の者には知られていなかった。特に募金帳の趣意書には、あたかも反対同盟の主催する平和塔建設の募金であるかのように書かれていたのである。
「農民が豊地を奪われる空港に反対し、滑走路の中に平和塔を建立し、仏を祭り、念仏を唱えて平和を祈願するから、応分の喜捨を」という趣旨だった。
武治はいつも、カンバ隊の先頭に立って歩いた。だが彼が朝、家を出るたびごとに、妻の説子が不平を漏らすので、それを聞くのが何よりも辛かった。彼はそれに耳を閉ざし、妻の止めるのを振り切るようにして、家を出た。説子にはむごかったが、武治は「どっちみち、乗った船だし、ここでお釈迦じゃ物笑いだ。頑張らなくては……」と思っていた。
武治も連日のカンバ活動で、疲れきっていた。平和塔といっても岩山部落の、一部農民の動きに過ぎなかった。それが東藤の指導で連日連夜に近いカンパ活動だから、みんなへこたれ、不平不満を漏らす者さえ出てきた。猫の手も借りたい農繁期だから、それは無理もなかった。
当初、東藤が吹聴したように共産党や妙法寺から、無条件的な建設資金は流れてこなかった。何でも共産党からは、一〇万円ほどきたという者もいた。それではどこにも足らなかった。それに当初の予算からみて、資材の暴騰で数層倍の値上がりになってしまった。
毎朝、各市町村に散っていくカンバ隊も、夜には帰ってくる。そして麻生禎和の家に集まっては、各カンバ隊のその日の情報を東藤に報告することになっていた。カンパの多い日は、集計すると、一〇万円にもなっていた。すっかり張り合いの出た奉賛会の農民たちは、朝は早くから自動車に分乗して出かけるようになった。カンパ活動も、予期以上の成績を挙げて一段落した。それを元手に不足の資材を整え、再び作業が始まった。
木の根からは木川武治と高橋雄二らが、通いつめた。手回しミキサーのハンドルを握って、セメントを練った。油汗を流して、鉄筋を折り曲げた。夜はおそく暗くなるまで、骨身惜しまず働いた。高い足場伝いに練ったセメントを運び上げ、一箆(へら)一箆塔を塗り上げる作業は殊のほか、辛かった。
長年野良仕事に従事していたが、当たりどころが違うせいか、みんな掌に大きな血豆を作って、絆創膏を貼ったり、包帯を巻いている者もあった。
一〇日目だった。どこからともなく東藤が帰ってきた。彼は皆の前に立って、肩から頭陀袋を外した。そしてそれを面前に突き出した。彼の顔はいつもと違って、何か憂いに満ちていた。皆不思議に思った。
すると彼は頭陀袋の中に手を入れ、その底から三本の指を出して見せた。何を意味するか、見る者にはわからなかった。
「みなさん、私は不覚をとりました。托鉢したカンパを、この穴から落としたのです。私は喜捨してくれた多くの人々にも、それにみなさんにも取り返しのつかないことをしでかしてしまいました。この責任はこの東藤がとりますからご勘弁下さい。実に不覚でした」
東藤は今にも泣かんばかりの沈痛な面持で、一同を見回して合掌した。皆は頭陀袋から覗いた奇妙な指を見るばかりで、呆気にとられて、ものもいえなかった。まるで狐に化かされたような感じだった。
東藤先生が先頭に立って全国行脚しているのだから、ぼんやりしてはいられないとみんな仕事を投げ打って、カンパ活動に励んだ。今に先生も全国からカンバを集めて、必ず帰ってくる。先生は留守でもそれまで工事を捗らせておかねば申し訳けが立たぬと、皆一生懸命になって作業を進めていたのである。
ところが帰った東藤を見れば、これまた何という始末だ。呆気にとられるのも、無理なかった。その時、誰かが後の方でクスリと笑った。すかさず東藤の馬の耳のように大きい耳が、敏感に作動して笑いの方向に動いた。たしかに笑い方は、嘲笑的なものだった。彼の顔が異状に歪んだ。いつもの東藤の顔とは、まるで違って見えた。
東藤のいうように果たして頭陀袋の綻びから、集めたカンパを落としてしまったのか、或いは何かに使い果たして胡魔化しているのか、それは誰にも解らなかった。東藤を監視していた者は一人もいなかったので、憶測では何ともいうことはできなかった。それは東藤のみ知る、秘密だった。
誰もが彼に対しては半ば尊敬の念を持っていたから、そんな疑いの眼をもって見るのは冒涜だと思っていた。だから、誰もそんなことはおくびにも出さなかった。