2005.11.11 管制塔基金運動勝利報告 -1- 国交省への叩きつけ行動

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 大勝利報告集会映像7件のうち1件目です。
 まずは昼間の国交省への叩きつけ行動の一部始終です。

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 遂にやりました!1億円の札束を記者団の前に見せたあと、それを携えた被告団が法務局ビルに入り、しばらくしてから出てきてぎっしりと詰めかける記者団に取り囲まれながら報告しました。
  中川さん「全国のみなさんの血と涙の結晶をさきほど叩きつけてきました。これで遂にわれわれは解放されました!」
 その瞬間、周囲から激しい拍手と祝福のどよめき。しばらくの間、中川さんはこみ上げるものを抑えていました。横にいた前田君は目を赤くしていました。
 その後で、国、空港からの確かに受け取った証明と取り下げ書を渡された事が報告され、記者団の前に披露されました。(まっぺんさんのメール報告より)

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ネット募金で1億円完済 78年成田管制塔占拠の賠償金

2005年11月11日(asahi.com)

 78年3月の成田空港管制塔占拠事件にかかわった元活動家16人が11日、国から督促された損害賠償金1億300万円を現金で一括返済した。カンパの呼びかけに、インターネットで支援サイトが生まれ、約2000人が募金し、約4カ月で賠償金が集まった。賠償問題に終止符が打たれた。

 元活動家らはこの日午前、現金を詰めたバッグ三つを手に国土交通省を訪ねた。
 国と新東京国際空港公団(現成田国際空港会社)が損害賠償を求めた民事訴訟では、95年7月の最高裁で約4400万円の賠償が確定。16人は支払わず、今春になって利子を含む約1億300万円の支払い督促の手続きがとられ、給与の差し押さえ命令が本人や雇用主に通知された。

 退職したり、勤務先から退社を促されたりする人が相次いだため、7月にカンパを求めた。勝手連的な支援サイトが開設され、個人のブログで応援する人も続出。10月末には1億400万円を突破した。
 カンパの半分強は16人を含めてかかわった組織が出したが、そのほかに事件後に育った若者たちもいた。振込用紙の通信欄やネットの書き込みには、「事件当時は小学生だった」「実力闘争を知らない30代半ばの主婦です」など若い世代からの声もあった。

 1000円をカンパした東京都内の会社員男性(30)は「活動家と聞いてもピンとこない。他人の物を壊して弁償しないのもおかしいと思うが、映画のような事件や、長く服役しても悔いはないという生き様には共感も覚えた」と話す。
 元活動家の同僚の男性(35)は「暴力はどうかと思うが、いま明るくまじめに働いている先輩には同情もある」として3万円をカンパした。

 16人の一人で、東京都内の会社員、中川憲一さん(58)は国交省の前で「これで我々16人は解放されました。みなさんのお陰です」と話した。

法務省・国土交通省に対する声明

三・ニ六管制塔元被告団

 二十七年前の管制塔占拠闘争に対する損害賠償請求は、今年七月時効を迎えようとしていた。
 その直前の四月、突然一億三百万円の強制執行を始めた法務省・国土交通省殿、あなた方が、 給与の四分の一や全てを満額に達するまで納め続けよとした全額がここにある。

20051111管制塔カンパ闘争叩きつけ行動

 これは、お金ではない。これは、十六人の私達被告を今度こそ本当に人民の懐に奪い返そうと いう、全国の人々の暖かい思いの涙の結晶であり、正義と道義を愛する熱い魂である。これは、 私たち十六人の管制塔被告の生存を奪い去ろうとしたあなた方の仕打ちに対する、人々の憤怒 であり、一億三百万の怒りの炎である。

 あなた方は、失敗した。国の非道を正すために戦った私達は、万余の人々によって守られ、壊 されることのない勇気と信頼、人々との繋がりは以前にも増して深かまった。

 それだけではない。職場を奪い、家庭を破壊し、生存を脅して私達被告を苦難に陥れようと十年間も密かに準備し、時効直前に強制執行の暴挙に出たあなた方の策略は、全国の人々の心に、怒りの炎を燃え立たせ、憤激は大河となった。普通に生活している私達の同僚、友人達を、みんな敵にまわしてしまった。二十数年連絡もしないでいた人たちが、深いところで繋がっていることをみんなが知った。離れ離れになっていた被告が一つになった。被告団は十数年ぶりに団結した。

 感動的な再会があった。胸の熱くなるメッセージが寄せられた。生活を削って多額のカンパが 津波のように寄せられた。少ない年金の中からの基金も頂いた。それは四ヶ月で一億円をはるか に突破した。お国に逆らった者に対する見せしめにしようとする狙いは覆された。

 献身的に戦うものは必ず救われる。一億円の基金を四ヶ月で集めるといういまだかってない事業 が、全国の驚くほどの人々の熱い協力によって見事に成し遂げられた。三里塚闘争の三十七年は、この国の民主主義の問題において、農業問題において、地球環境の問題において、多くの原則的な事柄を、全国の人々にさらにはフランスのラルザックなどを通して全世界の人々に提起し続けてきた。今ここに、不合理と戦うものは必ず救われる、必ず報いられるという原則がそこに付け加えられた。

 見事に実現されたこの原則と約束は、今後のあらゆる戦いの場で貴重な財産となり、大きな力となって、権力の不条理に立ちはだかるであろう。三里塚で、畑を耕し、家畜を育て、大地に根をはるようにして暮らしている数戸の農家の屋根を擦るようにしてジャンボ機を飛ばそうとしている非人間的な仕打ちを許さない巨大な石垣となるであろう。

 さあ、国の非道を許さぬ人々の真実と正義を愛する心の結晶を受け取れ。私たちを深く包み、解放してくれた全国の人々の熱い心を受け取れ。我々一六人の被告は、全国の人々に涙ながらの感謝の気持ちを表明しながら、限りない怒りをもって一億三百万の熱い魂を、あなた方、法務省と国土交通省に叩きつける。

二〇〇五年十一月十一日

【重大情報】 損賠の「仕掛け人」は誰か  投稿者: まっぺん

四トロ掲示板 投稿日:11月12日(土)16時53分43秒 

●酒の席で出たヤバいはなし 

 昨日の集会のあと、二次会に誘われて飲みに行きました。飲みながらお互いにいろんな話をしましたが、その中でいろいろ「ヤバイ」話なども出ました。その中のひとつが、今回の損賠の「仕掛け人」が誰かが判明した事です。 
 これは情報源は絶対に明かすことは出来ませんが間接的ではなく確実な直接情報です。ぜひバクロしておきたいと思います。被告団はこの情報を掴んだ時、「ああなるほど、そうだったのか」と全ての謎が氷解したそうです。 

●損賠の「仕掛け人」は誰か 

 損害賠償訴訟が間もなく時効を迎えようとした時に、これを阻止し強制執行させるように強硬に圧力をかけたのは警察庁だったそうです。また当事者の交渉で丸く収めるのを阻止する為に新聞に暴露したのも警察です。 

 空港会社と国土交通省は、現在も進められている二期滑走路の延長工事を進めるにあたって、反対派を刺激するような事は一切やりたくない立場にあり、時効によって元被告達には何事もなく闘争の舞台から穏やかに消え去っていってほしかったのです。 
 今後どこでどんな報復を受けるかを考えた場合、国や空港にとって1億程度の「はした金」のために、強制執行に訴えてまで無理に事を荒立てるのは得策ではありません。 

 こちらの代表団が1万円札で1億の現金をもって国交省へ叩きつけに行き、席についた時、相手は驚くほど低姿勢でにこやかに対応し、また金額を全部数え終わらない内に取り下げ確認証を渡すなどの対応に驚いたそうです。

●全体的利益より自分の恨み 

 しかし警察にしてみれば、話はまったく違ってきます。 
 全国の地方警察からの総動員によって1万4000人態勢で望んだ空港警備体制は5ゲート、8ゲート、9ゲートと次々に突進・侵入する攻撃によってズタズタに寸断され、 更には突然出現した管制塔突入部隊に驚いた警備本部は、襲撃対象は自分たちかと錯覚しちりぢりに逃げ散り、そのために全体の統制指揮が崩壊するという醜態を演じたばかりでなく、ついに管制塔も破壊され、 警察の面目が丸つぶれにされてしまった事に根深い恨みを抱いていたからです。 

 彼らのその恨みは被告達の人生をずたずたに引き裂いても飽き足らないほどだったのでしょう。また、そこには損賠の強制執行によって今後空港に及ぶかも知れない危険などには意に介さない官僚独特の視野の狭さが顕れています。 
 国家的利益よりも自分の立場を優先する警察の強硬姿勢が今回の損賠攻撃の根幹にあったわけです。 

●連帯感と共に恨みも増した 

 しかし我々はそれをはね返す事ができました。警察官僚は今ごろ唖然としている事でしょう。地団駄踏んで悔しがっている事でしょう。さらに気の毒なのは国交省と空港です。 
 忘れてしまいたい古傷が警察のメンツのためにまたまた傷口を切り開かれ、無用な恨みを全国から買ってしまったわけですから。 

 1億円もの金が短期間に集まったこと自体、それほどに全国から三里塚空港への敵対心が燃え上がっている事を証明するものであります。国交省・空港会社は冷や汗をかいている事でしょう。この先の不安が更にましている事でしょう。 
 そう。その不安は当たっている! われわれはこんなにたくさんのカンパを被告たちを救うために出した。しかしその分だけ、政府・空港への恨みは増した。いつかこの恨みを晴らしてやろうではないか!