昨春以降の活動を駆け足でふりかえる(1)

2011/3/27三里塚全国集会にて 今、昨年のブログをざっと読み返していますが、過去8年間のうち、今までになくエントリが少ないですね(反省)。書くことがなかったというよりも、激動するリアルのすざまじさに圧倒されて、ネットどころなんかじゃない一年だったと言えるかもしれません。簡単に言うと、まあ、「そんな暇がなかった」ということなんですが、昨年は私にとって、公私共に激動の一年でありました。

 気がかりなのは、「3・27三里塚集会報告(前編)」を書いてから以降、実際に参加させていただいた集会などの報告記事がただの一つもないことです。いくつかの報告は、ちょくちょく「画像アルバム」や「反戦動画集」のほうには掲載させていただいてましたが、結局3・27は「後編」を書かずじまい。一番エネルギーの消耗が激しいブログに手が回りませんでした。

 そこでとりあえず、昨春(3・11以降)から参加させていただいた集会などを、駆け足で紹介させていただこうと思います。
 なお、これ以前の2011年1~2月に参加したのは、1月9日の三里塚反対同盟・新年デモと旗開き、1月16日の熱田派反対同盟(柳川世話人)の旗開き、2月4日の天神峰現闘本部裁判 東京高裁包囲デモ(東京・三里塚現地同時デモ)、2月26日は木の根ペンション再建2月集中作業日というようなところでした。

◆三月の集会など

 まず、3月19日、「市東さんの農地取り上げに反対する会」の吉川ひろし千葉県議会議員による、いわき市への救援物資搬送をお手伝い。これはブログにも書いた(→その1その2)し、画像アルバムにも載せましたね(→こちら)。選挙も近いというのに、運動もそっちのけで、一番被害が大きく、かつ風評被害で救援物資も届かない場所に、さっさと自分で実家のトラックを運転して行ってしまう。そんな吉川さんの態度を意気に感じ、初対面にもかかわらず、是非応援したくなりました。

木の根ペンションにて その後、3月26日には関西から初参加の方を案内して、前年から続いている三里塚・木の根ペンション再建3月集中作業(→画像アルバム)に同行。そのまま翌日の3・27三里塚現地集会にも「三里塚勝手連」の一人として参加させていただきました(→ブログ画像アルバム)。3・27前には原発震災の被害の大きさから、「自粛しろ」みたいな雰囲気や、そういうことを言う自称「左派」な部分もあったのですが(→ブログ「こういう時だからこそ、3・27三里塚へ結集しよう」参照)、それがいかに的外れで、むしろ被災者の苦しみに連帯も救援もなしえない誤った戯言であるか、この集会に参加してはっきりと確信しました。

 むしろ震災後も従来からの運動を継続していたような方々が、被災者の救援にいち早く動いたことは、私にとっては大きな教訓になりました。前述のような「空気読め」みたいなことを言っていた人は、確かに何もしませんでした。そう、本当に「何も」ね。それは自称左派な人もそうですが、ステレオタイプな「左翼批判」を繰り返していた人も同じ。震災直後の避難場所にとりあえず駆けつけたのは、市役所でも組合運動を熱心にやっているような人ばかりだったと言います。3・27では、被災地から「自分たちが倒れる直前まで必死に対応している中、日ごろから私たちを『税金ドロボー』とか言っていたような人は誰もこなかった」そう怒りに震える声での報告がありました。

 でも、さもありなんでしょ?組合活動に熱心な人というのは、だいたい「利益」とか「効率」とは違う次元、つまり仕事への「誇り」とか社会的な「貢献」と言うレベルで、その仕事や職場が大好きな人が多いんですよ。それを利益や効率でしかものを見れない人が、「怠けている」みたいに表現するのは私に言わせればペテンです。そしていざこういう時にはこういうふうになるわけです。もちろんものごとにはバランスというものが必要なんで、大阪市の橋下さんみたいに、あんまり極端ではよくないでしょうが、それでもどちらが(特に公務員の場合)私たちの立場からみてふさわしい人材なのかは、本当によくよく考えてみないといけませんね。

 原発震災直後だった3・27については、本当に書き出せばきりがないくらいの意義深いものだったと思います。一つ一つの発言がとても素晴らしかった。左翼の運動や組織の現状は確かに問題が多いけど、何につけ何でもかでも、誰でも言えるようなレベルの「批判」を並べて、それで自分が彼らを超えた存在だなんて思ったら大間違いです。そういう口先野郎の「文句言い」は、”問題だらけの左翼組織”よりもまだ下の存在でしかない。

 さらに、三里塚闘争や三里塚農民が、この原発震災の問題の外にいるのではなく、文字通り三里塚農民は原発震災の当事者であること、そして、三里塚闘争と今回の原発問題は不可分一体の同じ問題であることが確認できました。それだけでエントリが5本は書けますので今ははしょりますが、時間が経過するにつれてそのことがますます明らかになっていきます。

◆四月の集会など

吉川ひろしさん リヤカー遊説 4月は頭から、吉川ひろしさんの選挙の応援に少しだけ行きました。特にたいしたことをしたわけでもないのですが、リヤカーを使っての遊説の同行やら、有権者への電話かけやらで、結構くたびれました。まあ、面白くもありましたよ(→画像報告動画報告)。吉川さんってば、遊説中に子供と一緒に公園で遊んだり(つか遊ばれたり)してました。子供に選挙権はないから、「利益誘導」ではありませんが(爆笑)、これでいいのかいと思ったら、結果は大政党相手に善戦ながら一歩およばず、残念でした。

 ツイッターである人がつぶやいていましたが、「今まで自分が支持してきた議員は、震災にあたってみんな懸命に支援活動をしているのが嬉しい。しかしこういう議員にかぎって選挙に弱く、ギリギリ最下位当選だったり、ほとんどまぐれで当選した人が多い。今度の選挙ではこういう人にこそ多く残ってほしい」と。でも実際には震災で投票率がガクンと下がって、どこもこういう市民派候補は苦戦。組織票の固い人が有利に選挙戦を展開しました。まあ、候補本人も前回当選時に「今期限り」との意向もあったようだし、他の候補がやっている「票田」を耕すような行為はふだん以上にしなかった中での善戦はむしろ立派。これが後の内田さんの当選につながっていくわけですから。

 4月12日には「あの」、高円寺の反原発集会に参加しました(→画像報告主催者公式動画)。もともと仕事で行けなかったのですが、たまたま昼で仕事が終わってしまった。同じ日には芝公園で従来からの反原発団体や左派系団体などが中心の集会があり、私の知り合いのほとんどは昔からのつきあいもあってそちらに参加してました。けどこの時間(および場所)からだと、開始が早い芝公園は厳しいと判断。非左翼系の高円寺をチョイスしたのは、単に「開始時間が遅いから」というだけの理由でした。

高円寺・原発やめろデモにて まあ、この高円寺集会は今や伝説ですからねえ。衝撃でした。そのすさまじい人の多さと盛り上がりもさることながら、私が知っている左翼集会とは違う、全くの異文化(笑)。多くを語る必要はありますまい。そんで楽しかった。警察の警備もごく常識的な範囲内で、その後の反原発集会における異常なまでの過剰警備はまだみられませんでした。そのおかげで、何の混乱もなく、これだけの大人数なのにスムーズにデモは終わり、その意味でも伸び伸びしてました。

 「なんや、警察もやればできるやん」と思った(笑)。のちの反原発デモにおける一部の混乱は、すべて警察の神経質な過剰警備が原因で引き起こされており、デモ隊を小さく分断したり、あっちもこっちも通行止や立ち入り禁止にして「迷惑感」を演出するもんだから、いつまでたってもデモが終わらず、通行中の市民やドライバーも大迷惑です。私はこれは、公安ではなく所轄の警察署が担当したから常識的な警備になったんだろうと、わりと最近まで警察に好意的な見方をしていたんですが、聞くところによれば、警察は集会参加人数を他の場所と同じく、だいたい「3千人」と踏んで警備体制を敷いていたところ、実際には主催者発表で「1万5千人」、どんなに最大限少なく見積もっても確実に1万人以上は集まった(とにかくこの大人数がいつまでもいつまでも延々と続く)と言う状況の中で、(公安警察的な基準で)何もできなかったというのが真相だそうです。私はあれでちゃんとごく普通の警備ができていたと思いますがねえ。

たった一人の日も東電前に座り続けた田中洌さん 4月12日は仕事帰りに暗くなってからですが、東電前の座り込みの現場に行きました。東電前に行ったのはこれが初めてです(→画像報告)。この日は「東電前アクション」の人は誰もおらず、ひとりの味のある風貌のおじさんと、その知り合いの若者の二人だけが座っておられました。このおじさんこそが「ルンペン放浪記」の田中洌さんでした。もう一人の若者は、それまで運動などには全くかかわったこともないという人で、原発震災をきっかけに反原発のデモに初めて一人で参加し、そこで田中さんと知り合ったとか。

 田中さんにコンビニで「鬼ころし」のミニパックをおごってもらった。わたしはおかえしにコロッケをおごりました。コロッケ食べながら「鬼ころし」飲んで3人で路上で語り合った。でも、実は私、お酒(特に日本酒)はほとんど飲めない人なので、帰りの電車の中でひっくり返って駅員さんにご迷惑をかけてしまいました(超反省)。

4・15東電本社前アクションにて 続く4月15日には「東電前アクション」や「たんぽぽ舎」の方々もたくさんきた、東電前アクションに合流(→画像報告)。ネットではよく拝見するさっちゃんの歌なども聴けてよかった。けど、誰もいない間もずーーーっと一人で座り続けていた田中さんの姿が見えず。さがすと群集の後ろのほうで控えめにうろうろしておられた。

 田中さん、アクション中はあんまりというか、全然目立たなかったけど、ずっと一番後ろにいて、私以外は誰も注目してなかったけど、本当は田中さん偉いんだぞー。まったくの個人なのに、何の後ろ盾もまったくないのに、おまわりさんや警備員がうろうろする中でも、ずっと一人で座ってたんだぞー。前で発言したり歌ったりしている人ももちろんすごいけど、本当はこういう人が一番すごいんだぞー。とか、思っていました。

 4月終盤は、「市東さんの農地取り上げに反対する会」の足立まちこ成田市議会議員の選挙の応援に行ってきました(足立さんのHP)。これも吉川さんの時と同じく、あんまりたいしたことはしてません。やはり有権者への電話かけが中心で、最終日の最後の遊説にだけ同行しました。その後、「餃子の王将」で打ち上げ(→画像報告)。

足立まちこさんと 足立さんはこれで6期目に挑戦のベテラン議員。今回は足立さんとキャラのかぶる女性候補が立ったので、今までの無党派票をわけあう(つか事前予想ではほとんど取られるんじゃないかと)形となり、かなり危なかったようなのですが、深夜になんとかすべりこみで見事に当選!よかったよかった!ネットで成田市議選の選挙速報を5分おきに見ながらヒヤヒヤしていましたが、本当に我がことのように嬉しかったなあ。

 足立さんはねえ、ほんと、ごく普通の気さくな女性で、悪い意味の政治家っぽいところが全然ない人でした。また、「私はこんなことしている(してきた)」みたいなアピールを、自分からはちっともしない人なのね。だからこっちからいろいろ聞きだすんだけど、そうしたらでるわでるわ!その話が周りの人まで身を乗り出して聞くほどとても面白いの。本当にこんな普通の人が、そんなすごい(痛快な)ことをしてきたのかと感心。是非、今までのことを全部本にして出してほしいです。その話はもったいなから、小出しに書くね。

 やれやれ、これでやっと4月分まで終わったか。もう深夜になったので、続きは明日以降に書きまする。

 →続き(その2)を読む

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コメント 2 件

チェシャキャット より:

おい、こら、てめえ!
さてはおめえは【元】なんかじゃねえな。もう立派なactivistだぜ。
それも結構おもしれえじゃねえか。
これからはちゃんと報告記事を書きやがれでございます。

草加耕助 より:

チェシャキャットさん>
左バーの「最近のコメント」に、「おい、こら、てめえ!」だけが見えていたので、いったい何を罵倒されているのかとビビりました(笑)。超小心者ですので勘弁してください。

えー、まあ、体を壊したり、仕事に支障をきたさない程度に頑張ります。
これからもよろしくです。


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