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小説・三里塚

小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

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市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

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結衣ちゃんは革命家 誰でも遊べるブラウザゲーム。ヒロインの声は声優さんによるフルボイス。君はエンディングを見ることができるか?

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三里塚勝手連 当コミュは三里塚闘争に共感し、様々な形で農民を応援していきたいと考えている有志の集まりです。

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戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

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資料】元・現活動家のみなさんが一派に対し「小林氏への誹謗文章の公開停止」を提起

米沢泉美さんのサイトからの一部転載(2001-08-18付)です。原文はこちらで読めます)


dialog.gifさて、まずはこのサイトをご覧ください。

政治党派は最低限のモラルを守れ
http://akasaka.cool.ne.jp/sekishokubund/index.html


 当方としては、まず何よりも、このような動きが多数の賛同人をもって為されたことに、素直に拍手喝采を示したいと思います。
 そしてその上で、このサイトの主張に対し、いくつかの疑義を提示せざるを得ません。

 まず、このページ全体を眺めたとき、いくつかの矛盾があることにすぐに気づきます。
 同ページのデータに対しHTMLレンダリングを行った後、日本語文字列として最初に表示される文は「日向派は個人の誹謗中傷に満ちたHPを即刻削除せよ!!元活動家の我々から見ても余りにも見苦しい行為でしかない。」というもの、すなわち「www.bund.orgを閉鎖せよ」というものすごい主張です。
 しかし一方、本文を読むと、「貴HPに掲載されている上記『逆恨みの人生』なる醜悪きわまりない狭量な旧党派的言辞に充ち満ちた一文は、即刻削除していただきたく」などとあり、実は削除要求は「サイト内の一文」に過ぎないとされています。
 さらに、しめくくりの部分においては「私たち一同は、かつての自らの生き方をも貶められぬよう善処されることを強く望むものであります」などとなされており、文章を読み進むにつれ、どんどん主張が後退しているという、「最初のイキオイはいったい何なのよ?」と思わざるを得ない、ある意味「杜撰」と言われかねない論理構造になっているのです。

 そしてより根本的には、この「削除要求」が、当該である小林義也さん(「小倉あやまれ友の会」会長・ちなみに当方は副会長です)を飛び越して行われていることに、重大な疑義を示しざるを得ません。
 本来、「コンテンツ削除要求」は、「いったんは公開されていた言説を歴史の闇に葬り去る」ものであり、そのコンテンツが、具体的に当該個人に対してあからさまな不利益を呼び込む(例えば、極めてプライベートな非公開個人情報の暴露など)場合を除けば、極めて慎重に取り扱われるべきものです。
 もちろん、場合によっては「言論弾圧」となりかねないものでもあります。
 そして今回の場合、当該である小林さんが、このコンテンツに対し「以上を勘案した上で、なおかつ削除を求めている」のであればともかく、これまで小林さんがそのようなことを自ら要求したことは一度もなかったはず。
 そこにいきなり「飛び越え」た形で、このような要求が為されたことには、当方は大きな違和感を覚えざるを得ません。

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資料】暴力を居直るSENKI派(自称・ブント)の参加は反戦の叫びを嘘にする

2001年09月24日の「テロにも報復戦争にも反対!市民緊急行動」会場にて、小林義也さんが配付されたビラからの転載です。


 アメリカのもくろむ報復戦争、それに追随しようとする小泉政権にNO!の声を上げるために集まられた全ての皆さん! アフガニスタンの一般市民の生命を奪い生活を破壊する戦争をやめさせるために、力を尽くしていこうではありませんか。テロの犠牲を、テロと無関係な市民の死であがなうなどということが許されていいわけがありません。

 反戦の声を心に響くものにしていくためには、声高に「反戦」を唱えればすむものではありません。声を上げる者の姿勢が問われなければ、その声はただむなしく響くだけでしょう。日頃粗暴な振る舞いをして、自分に都合の悪い発言を暴力で抑えつけようとする人々が反戦を叫んでも、誰も信じる者はいません。本集会の案内にも「この集会とデモ行進は、平和を求める非暴力の市民の集まりです。テロや暴力を肯定する方の参加はお断りします」と明記されています。

 この集会にSENKI派(自称・ブント)の人々が参加しようとしています。新宿のトーク居酒屋「ロフトプラスワン」で、彼らは3度に渡って暴力を繰り返しています。

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ロフト事件を知らない方へ-私なりの論争概観と感想-

●はじめに

殴られる佐藤氏 もうすでに「前世紀の論争」なってしまったかと思うと感慨無量なこの問題については、掲示板などでも活発な討論がなされており、すべての論争を集めれば本が1冊どころか5、6冊はできるくらいです。当然にそれらすべてをここで追いかけることはできませんでしたが、聡明な読者の皆様は、ここに集められたリンクだけで論争の本質を充分に理解できると思います。また、各々の文書にはまた別の文書などへリンクが貼られていますから、それらをたどっていけば、ここに収録していないものについてもあらかた読めるようになっていると思います。(まあ、掲示板の過去ログも含めて全部読んでいたら、とても一晩では足りませんが)

●新宿ロフト事件とは

 1)1997年7月8日、新宿歌舞伎町のトーク居酒屋「ロフトプラスワン」において、「飛翔主義と若者の俯仰」と題したトークバトルが開催されました。主催は新右翼一水会の指導者である鈴木邦男さんと、元は新左翼の流れをくむブント・SENKI派(旧戦旗・共産同)の指導者である荒岱助さんの二人でした。
 その席で荒さんを激しく罵倒するビラを配付して詰め寄ったのが、元戦旗・共産同系の活動家で、その後右翼ファシスト(本人自称)に転向した佐藤悟志さんです。会場は騒然となり催しどころではなくなってしまいました。

 2)同年7月16日、やはりロフトプラスワンにおいて、今度は佐藤悟志さんの主催で「北朝鮮と『よど号』の現実」と題する催しが開催されました。
 佐藤さんがこれに出演するためロフトプラスワンに到着したところ、待ち受けていたSENKI派のメンバー約10人が佐藤さんを地下駐車場に連れ込み、暴行を働いた上逃走しました。SENKI派側は「話し合いに来たのに佐藤が先に手を出した」と主張していますが、目撃者はそれを否定しています。

 3)佐藤さんはそのまま催しに出演し、元赤軍派で現在はジャーナリストの高沢皓司さんとともにその日のトークを進めました。
 しかし佐藤さんがSENKI派への批判を口にした途端「てめえまだそんなこと言ってんのか」と叫びながら男性一人が演壇に上がり込んで佐藤さんを殴り、さらにもう一人が佐藤さんを蹴りつけたため、会場は騒然となりました。佐藤さんは二回の襲撃で頭や顔、眼などに全治18日間の傷を負いました。

 4)2000年6月15日、再びロフトプラスワンのステージに荒岱介さんが出演することになりました。これに対して佐藤悟志さんも再びSENKI派批判のビラを作成しましたが、今回はトラブルを避けるためにプラスワンのスタッフが店の冊子にはさんで配付することになりました。
 しかし、チラシを見たSENKI派メンバーのうち数人が店に座っていた佐藤さんに対して暴行を加えました。佐藤さんは事務室に避難しましたが、SENKI派メンバーは事務室の前に集まって佐藤さんは二時間近く事務室から出られませんでした。

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ロフトプラスワンの衝撃・リンク集

ロフト事件を知らない方へ-私なりの論争概観と感想
草加耕助 【2004-07-01】

ロフトプラスワン襲撃を許さない共同声明
常連客有志 【1997-08-06】

私たちはなぜ共同声明を呼びかけるのか
常連客有志 【1997-08-16】

右翼ファシスト・一水会と手を組み「内ゲバ主義」に走る日向一派
共産同・戦旗派(戦旗西田派)現:統一委派 【1997-09-20】

釈明と謝罪を求める申し入れ
常連客有志 【1997-10-10】

「襲撃を許さない共同声明」の自分勝手
非常連客有志 【1997-10-10】

新左翼・戦旗派がロフトプラスワンを襲撃した
「夕刻のコペルニクス」No.148(週刊SPA!) 鈴木邦男さん 【1997-10-15】 

「絶対平和主義者」を捨て、逆襲を開始する!
「夕刻のコペルニクス」No.149(週刊SPA!) 鈴木邦男さん 【1997-10-22】

鈴木邦男「夕刻のコペルニクス」論評を批判する
鹿島拾市さん

ロフトプラスワンの血気
壇上登さん 【1997-10-15】

ロフトプラスワンの幕開け
吉沢明さん 【1997-10-25】

ロフトプラスワンの波紋
文人正さん 【1997-11-05】

襲撃の事実をねじ曲げる「ブント」の宣伝に反論します
常連客有志 【1997-11-26】

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ちょっとすごいぞ!読売新聞

newspaper  最近の掲示板などを巡回していると、この頃また朝日新聞への批判が増えていることに気がつく。大半はプチ右翼による「誹謗・中傷」の類いが多いが、中にはちゃんと自分でサイトを開設し、メールアドレスも明らかにして、意見や反論も受け付けながら朝日批判に情熱を傾ける人もいる(たとえばこことか)。皮肉ぬきに大したもんだと思う。たかがと言っては失礼だが、単なる一新聞社ごときに私はそこまでの労力はさけそうもない。

読者は「どうせこんな左がかったサイトのやつらは朝日を読んでるんだろ」と思うかもしれないが、実は私は朝日新聞を購読していない。それどころかもう何年も手にとったことすらない。地方では何といっても地元新聞が強い。うちでもフツウに地元新聞を購読している。私は政治評論家ではないので、新聞なんて一紙あれば充分だ。

 さらに私はこう見えても(?)一日12~18時間はあたりまえに働いている。新聞も食事をしながら急いでざっと読む。目に止まった記事だけ後で切り抜いたりしてじっくり読み、3日に1回くらいはネットで各紙の記事と照らし合わせてみたりする。一般人としてはこれだけでも充分だろう。(最近はそれも難しくなってきたが)

 しかしである。これだけプチ右翼が朝日を目の敵にするからには、きっとすごい記事が載っているに相違ない。ネットでは他紙と大同小異の当たり障りのない記事ばかり流しておいて、本紙には「許せるか!米軍のこの残虐」とか「日本人民はただちに帝国主義打倒に勇躍決起せよ」とか「偉大なる主体思想を高く掲げて進もう」などの活字が踊っているのであろう。それならばプチ右翼達のこの過剰な反応も合点が行くというものだ。
これはもう朝日読むべしである。私は10日ぶりにやっととれた休みをつぶして、さっそく地域の図書館に出かけた。そしてわくわくしながら1週間分の朝日新聞に目を通した。

 ところがである。別に何もない。なーんもない。ネットで流れていたのと同じような記事ばっかり。どこにも「偉大な将軍様の発電所視察」のニュースなど書かれていない。プチ右翼が目くじらたてそうな記事を捜してみるが、日本人の100人中99人が言うような「戦争は嫌ですよねえ」とか、同じく日本人の2人に1人以上が言うような「自衛隊派遣には問題がある」みたいな読み物が精々である。

 騙された!これは完全に騙された!朝日なんてただの新聞ではないか。私の休みを返せえええっ!と叫んでも仕方がないので、朝日・毎日・読売・地元紙(共同通信系)を読み比べてみることにした。そして書いたのがこの文章というわけだ(前置きながっ!)

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ウルトラマンと革命無罪-左翼が「何でも反対」の理由

戦うウルトラマン●ウルトラマンは有罪か?

闘いというのは往々にして関係ない人間をまきこんだり傷つけたりします。
たとえばウルトラマンは地球の平和のために怪獣と闘うのですが、その過程で多くの家屋や建造物が破壊されています。罪のない人も死んでいるかもしれません。

30年のローンをくんでやっと建てた庶民の一戸建てが、なんとか破壊されずに怪獣が通過してくれたと思って胸をなでおろしたのもつかの間、たまたまそこにウルトラマンがやってきたがために「やめてくれ~!」と絶叫する間もなく、命がけで建てたマイホームは、ローンを残したまま木っ端微塵に跡形もなく破壊されてしまったわけです。

では、ウルトラマンは有罪でしょうか?

実はこれは法学部の学生のよた話としては古くからある「設問」らしく、結論としては、ウルトラマンには損害賠償義務があるという説が有力らしいです。
法律的には有罪(賠償義務あり)かもしれませんが、何かおかしい気もします。ウルトラマンが来てくれなかったら、怪獣によってさらに大きな別の被害が出たはずです。

たとえウルトラマンが注意不足で壊れる必要のない家まで壊してしまったとしても、その家にたまたま生後間もない赤ちゃんがいたとしても、その他もろもろのどんなことがあったとしても、『怪獣退治』という『目的そのもの』に有罪を宣告することはできないではないか。


これが私の理解していたこの問題に対する左翼的発想です。これを端的に言い表わしたのが毛沢東の掲げた「革命無罪」のスローガンだと思っています。
そこで次にもう少し、左翼の『目的そのもの』についてみていきたいと思います。

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アンパンマンと共産主義社会

ひとりがみんなのために!みんながひとりのために! 今日は「共産主義とは何か?」というお話です。その最適の見本が、漫画家のやなせたかしさんが描く「それいけ!アンパンマン」の世界です。これは私が活動家時代に抱いていた共産主義社会のイメージそのものでした。たとえば、ジャムおじさんはパンを作り、カレーパンマンはカレーを作り、ラーメン天使はラーメンを作るのですが、それは「商売」として行っているのではなく、みんなに喜んでもらうために作っているのです。

 つまり利潤を得るための【疎外された労働】ではなく、自己実現のための労働です。そしてそれらを作る原料は、それぞれの農作物を作っている人がやはり無償で提供しています。つまりジャムおじさんは「美味しいパンを作る人」ではあっても、決して「パン屋さん」ではないのです。

 人間としての向上心のベクトルは「もっと儲けよう」という利己的な方向ではなくて「もっと美味しいパンをもっと沢山の人に食べてもらおう」という社会的な方向に向いています。そこではジャムおじさんのパンがどんなに絶賛されても、それで本人が喜びと生き甲斐を感じてまた頑張ろうと思うだけであって、これで儲けようとか、ましてや他人を雇ってその労働を搾取し、パン工場を大きくしてやろうとか思うことはありません。

 もしこれが資本主義社会のお話であったなら、ジャムおじさんの優しい顔はたちまちにして眉間にしわをよせた資本家の顔になり、電卓をたたいてため息をつき、原料費を削減したり、一生懸命に働く労働者のバタ子さんに、それでもまだ怠けているかのような罵声を浴びせるようになったに違いありません。あるいはとっくの昔に倒産していたでしょうか。そんな良心的なジャムおじさんに、原料を売ってくれる人もいないでしょうから。

 食パンマンにいたっては、毎日食パンを無償で学校に運んでいますが、おそらくは学校教育もすべて無償でしょう。物語りには小学校と思われる場所しか登場しませんが、おそらく「もっと勉強して人々の役に立ちたい」と言う人には、しかるべき教育手段が無償で用意されていることでしょう。おそらくは土地も共有制(所有権はなく利用権のみがある)であろうと思われます。

 時にはきれいな絵を描いたり、美しいカレンダーを作ったりしてみんなに喜ばれている芸術家や、だいこん役者などの俳優も登場しますが、それとてお金や名声や自己満足のための「芸術」ではなく、一般の人々を喜ばせるために頑張っている民衆芸術家として描かれています。また、宗教はコンニャク和尚が出てきたことがあるので残っているようですが、高圧的・支配的なものではなく、人々の生活に根ざした素朴なもののようです。魔王が攻めてきた時には、アンパンマンが「前衛」となり、バイキンマンドキンちゃんまで協力して「民衆蜂起」で撃退していますから、軍隊も存在していないということがわかります。

 つまり一言で言って、「貨幣」と「他人の労働の搾取」という資本主義を資本主義たらしめている二つのものが存在していないのです。ゆえに「資本家」のような「支配階級」もいませんから、人々は平等で差別もなく、貧困も戦争も税金も政府すら存在する必要がないのです。私が見ている限りでは、アンパンマンに「お金」という概念が出てきたことはありません(←これ重要)

 これらのことの帰結として、生産物には「使用価値」のみで「交換価値(=商品価値)」というものが存在しないことになります

 そこでこの世界の悪者であるバイキンマンには「世界を征服する」(=支配階級になる=他人を搾取する)という発想がありません。いつも美味しい食べ物を一人占めするのですが、それは自分とドキンちゃんが食べるだけであって、よそで売って儲けるという発想にはなりません。自分一人だけで全部食べようとすること、つまり「使用価値を盗む」のが悪いのであって、「交換価値を盗む」資本主義社会における泥棒とはちょっとニュアンスが違うのです。

 資本主義社会で生まれた私達は生まれながらに資本主義者であって、この世界で共産主義者でいつづけることは困難が伴うように、共産主義社会に生きるバイキンマンやアンパンマンは生まれながらに共産主義者であって、資本主義社会の常識(イデオロギー)は理解の外にあるわけです。

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わしはブチ切れた!~警視庁への申し入れ(請願)を行う!

suppression.jpgまずはここを見てほしい。

見たか?!んでわしはぶち切れた。めちゃ怒った。
それで以下のような請願書を一気に書いた。んで警視庁のページのご意見コーナーから送ってやった。
これについては住所・氏名入りで送ったことにつき「合法ぼけ」などの批判もあるだろう。しかしこれが今のわしのスタイルだ。(家族がなければこのページも実名で運営しとる)
もしこのことで何かの弾圧があればそれこそこっちの思う壷だ。今度は支援や応援じゃないぞ。「当事者」なんだからな!

請願書

憲法16条および請願法2条乃至3条に基づき以下の通り請願いたします。

請願の日付:2004年6月18日
請願者の氏名:○○○○(戸籍名)
請願者の住所:○○○○○○○○○○○○
請願者のメールアドレス:souka431@ybb.ne.jp

請願の趣旨

 1、貴庁赤坂署によるブルキッチ加奈子さんおよびその夫君であるスーレイマンさんに対して行われている下記請求の理由記載のような行為を中止すること。
 2、両氏の表現行為および思想の自由につき貴庁が中立を守り介入を行わないこと。
 3、両氏の平穏な表現活動が充分に可能となるよう必要な配慮をなし、これを違法な方法による妨害から保護すること。
 4、下記請求の理由記載の事実につき担当者より両氏に直接謝罪がなされること。
 5、内部調査を行い、責任者に対し適切な処分がなされること。

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戦旗派体験総括への道-1- 小林さんの文章を手掛かりに

senki_b.gif 元戦旗・共産主義者同盟三里塚現闘団、現ライターである小林義也さんの、「三里塚の大地に跪きながら」ですが、かねてより、ほぼ同時期に活動していた者として不思議に思っていたことがあります。しかしそのことを今までどうしても聞くことができませんでした。

 なぜならそれは第一に、後に書くように自分自身でも答えが出ていない問題であるからです。第二にロフト事件などを契機にSENKIへの批判が高まっていた時期であり、SENKIの批判者へのテロルを言論の高まりで防ぐということが喫緊の課題であったからです。第三に、自分がとんでもない大ボケなことを考えているような気がして、発表するのが恐かったということもあります。
 しかしあれからすでに5年が経過し、私も不惑の歳を超えました。いつまでも「わからない」で棚上げしているのもどうかと思うし、何よりまっぺんさんへのメールでうっかり筆をすべらせてこの疑問を書いてしまったので(^_^;思いきって関係各位からのご批判を浴びる決心をしたわけです(やはり少し恐いというのもありますが)。

●小林さんは元からこう考えていたのか?

 それはこの文章で小林さんが批判している三里塚現地における戦旗西田派(現・統一委派)の活動家に対する暴行や「高卒現場労働者の党」という表現に関して、それを裏付け支えている戦旗派の運動論的な立場への批判があまり展開されていないことです。
 たとえば小林さんの上記文章中では「内ゲバは(無条件に)悪い」「その悪いことに自分も手を染めてしまった」「何故かと言うと自分が弱い人間だったから」という論理展開になっています。確かにこれは一般の人には大変に理解してもらいやすい文章です。しかしこれではインターや市民運動と同じ立場の論理です。
 誤解しないで欲しいのは、それが悪いと言ってるんじゃ決してありません。小林さんが活動家当時からこう考えていたのならこれでいいのです。しかし活動家時代の小林さんは本当にそんな風に考えていたのでしょうか。

 戦旗は当時から「内ゲバ全否定」の立場には立っていなかったし、そのことを隠そうともしていませんでした。少なくとも結集したてで末端の活動家であった18歳の私もそのことは了解していました。一般の人々に対しても、内ゲバに対する態度を聞かれた時は、これから述べるような戦旗派の態度を正直に説明していました(それでも次々と人は結集してきました)。
 当時の自分を否定するなら、それを正当化していた内ゲバ論も検討吟味の上で否定しなければ、後づけ的な解釈になってしまいます。もし思い違いなら小林さん対して大変に申し訳ないことなのですが、私よりはるかに重要なポジションにいた小林さんが、最初からこんなふうに考えておられたとは、やはりにわかには信じ難いことなのです。

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蔵田さんの回答書への読書感想文

※この文章は2003年04月16日に某掲示板にレスとして投稿したものです。
検証内ゲバPART2◆はじめに

 蔵田さんの文章について、まっぺんさんのような論文を書く能力も、またその資格も私にはありません。ただ「読書感想文」のような駄文を書いてみましたので、少々長いかもしれませんが、他に見せる場所もありませんので、ここへの書き込みとして失礼します。なかなかレスもできませんので、無視していただいたほうが楽チンなのですが(^_^;罵倒したい方がいれば頭をたれて拝読させていただきます。
 また、今日は休みなので一晩で書き上げたままの文章です。読み返すと投稿するのが嫌になりますので、目をつぶってこのまま載せます。誤字脱字などあれば御容赦ください。

 まず全体的に蔵田さんの回答書は、「提案」というには多少章立ての統一性に混乱が見られるように思います。ただ、それは前田さんの質問状に対する「回答」という性格からは仕方がないものかもしれません。そこでこの「回答」に該当する部分を捨象し、純粋な「提案」として蔵田さんの文章を私なりに理解すると、次のような構成になります。

 1)内ゲバとそれを擁護する論理に対する評価と批判
 2)蔵田さんの方法論(「関係性の貧困」を克服せよ)
 3)内ゲバを克服する方策としての「排除の論理」への評価

◆「内ゲバ」の定義

 まず内ゲバの定義を「大衆的実践フィルター」を介さずして「相手党派の理論や思想の修正、変更、解体を迫ること」と規定し、政治党派の自己変革やその思想を物質化するのは大衆的実践フィルターしかないのであるから、内ゲバの論理は「自らの理論や思想の物質力への転化を否定する自己否定的行為」であり、革命運動の質としては衰退と破産を決定づけられていると論じておられます。

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