10円コピー発祥の地は京都らしい

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青焼き同人誌「Yakan」(マンガ・むかしいま)

 共謀罪やら改憲やら沖縄で、毎日大変というか、安倍政権登場は後世から見て「あの悲惨な戦争への分岐点だった」と言える時代に確実に入ってしまったわけですが、わけなんですがぁー。
 さらに「え?コピーって普通は10円だろ?」という20代の皆さんの声も聞こえてくる。くるんですがぁー。フェイスブックであまりにも懐かしい話題が提供されており、ついつい懐かしさに負けて長文のレスを書いてしまったので、ここにも投稿。しばしおつきあいください。

■「ゼロックスさせて」で通じる?

青焼き同人誌 飯田耕一郎@うさ爺 on Twitter:より

青焼き同人誌 奇人クラブ『ぜんしん』(飯田耕一郎さんon Twitter)


 いやね、年配の方が図書館でコピーのことを「ゼロックスさせてもらってもいいですか?」と館員にたずね、それが通じていなかったという話題だったんですがね。私の周辺では、今のコピー機が乾式コピーで、それ以前の湿式コピーを区別して「ゼロックス」って言ってました。「青焼き」のほうが一般的かもしれません。
 私の年代では子供時代にかろうじて現物を見たくらいでしょうか。青焼きで検索すると実は今でもわりと使われているようで、写真をいくつか拾って載せてみました。写真クリックで元サイト様に訪問できます

 まあホッチキスみたいにメーカー名が商品の一般名詞になってた例なわけですが、そうか地域によっては、もしくは団塊世代なんかでは、湿式も乾式もひっくるめてコピー機を「ゼロックス」って言ってたのか。時代によって変わるもんだ。実は高校時代はライトオタクな文芸青年で、卒業してからは小生意気な左翼青年だった私には、コピー機は身近な存在でその歴史には感慨深いものがあります。

■現存するものの歴史的経緯を知らないと恥をかく

青焼きコピー機(神家昭雄建築研究室)

青焼きコピー機(神家昭雄建築研究室さま)

 何にでも、忙しかったけど牧歌的だった「古き良き時代」というものがあり、それが80~90年代には私たちの身近な文化・技術・風俗などに集中してしかも超短期間におこっては消えていきました。右翼や左翼のあり方も大きな影響を受けた。ネットもワープロもパソコンもマンガもビデオも風俗産業もエロも、「ビニ本」とか「パソ通」とか言ってわかる?

 いろいろ懐かしい。たとえばネットの「荒らし行為」なんてものにもちゃんと古き良き時代がありまして、語ると長くなるので端折りますが、ネトウヨさんのネット街宣(荒らし)なんてのも、パソ通時代に流行した古式ゆかしい荒らし行為をそのままなぞった上、それを「議論だ」などと言ってたりするんで、なんか高校生が60年代のファッションして「新しいだろ!カッコイイだろ!おまえら年寄りだからこんなの知らないだろうな!」と何も知らずに自慢しているのを見せられる感覚にも似て、腹立たしいというより見ているこっちが恥ずかしかったりする(笑)。

 近年はネトウヨさんだけじゃなくて、反原発界隈から出てきたような一部の右派の人が、そういう古典芸能(自称「議論」)にやたら長けてたりするのも、私から見れば滑稽で心の底から関わりたくないなあとか思ったりするんですよ。
 別の話でわりと最近ではサウンドデモの起源についての話で、まあ知ったかぶりをしてしまうのは私もあることなので全く責めはしないのですが、それを自分への自慢として語ってしまったばかりに「訂正」ではすまない恥をかいてたりした例があるらしい(伝聞)。まあ私は興味やこだわりがないからいいんですが。昔からやってた界隈の人たちには、容認しがたいデマな上に滑稽なピエロに見えたんだろうな。

 そういう悲惨な例を見るに、なんにしろこういう80年代からの流れは早くて劇的に変化しつつ、しかもその原型はほとんど団塊世代あたりが作ってたりして、その上に現在のいろいろな文化(左右の社会運動を含めて)があるわけで、そのあたりの歴史を知っておくのは無駄にもならないですよね。てか知らないと、昔のあやまちを10年単位で延々と繰り返すことになる(すでになっている)ので、わりと重要なんだという認識を深めています。つか私も知ったかぶりしないようにしないと……。くわばらくわばら、恐ろしい。

■コピー中世期「青の時代」

ゼロ戦の青図(航空発祥記念館)

ゼロ戦設計図の青写真(航空発祥記念館)

 などという教訓めいたことを語りつつ、本日はただの雑談ですのでお気楽に。それでも今やコピー機なしなんて考えられない学生さんには、多少なりとも思うところはあるかもしれない。というかあるべきだ(偉そーに)。

 で、この湿式コピー「青焼き」。私がそれを知った80年代初頭にほぼ絶滅してたけど、このページの一番上の写真のように黒ではなく青で印刷されるの。さらにその前には「青写真(または青図)」と呼ばれるものが、必要に迫られてでしょうが建築設計業界を中心に、ずいぶんと長く使われていたらしい。こちらは右の写真みたいに下地が青で、そこに書いた部分が白く残るネガ画像だったらしいです。現物は見たことがありませんが、それがコピー機における中世時代なのでしょうか。このあたりはさすがに知りませんしよくわからない。
 ただ、ラフな設計段階や構想を表現する「青写真」という言葉だけが慣用句としてしばらく残った。「○○の計画についての青写真を示した」みたいに。これは私も聞いたことのある表現だけど、その語源を知らなかったよ。

 一度だけ10代のころに青焼きコピーを使ったことがあります。その時の印象ではスピード遅いし、コピーしたあと乾かさないといけないし、全体的に青くて不鮮明だった記憶があります。学校などで上の写真のような大きなものが置かれてたりした。

■70年代末コピーの夜明けは京都から?

百万遍交差点 石垣カフェ

百万遍交差点

 当時、乾式コピー(今の普通のコピー機)は大きな文具屋さんなどにありましたが、一枚100~200円ほどで店員さん立会いで使わせてくれる貴重なものでした。やがて京大周辺の百万遍に、一枚50円という「価格破壊」の店が現れると、価格競争時代が続き、わずか3年ほどで一枚8円にまでなった。この流れはレンタルビデオと同じですね。レンタルビデオ初登場時は一本一泊二日で5000円だったのだよ。知ってる?んで、一応マスコミ雜誌など含めて、全国に広がった「10円コピー」発祥の地は京都(百万遍)であるとされてました。私もそうなんだろうと思ってますが、まあ京都人の言うことですから~。

 一枚50円時代頃まで店員さんが枚数を確認してましたが、一枚10円時代になるとビルのワンフロアブチ抜いてコピー機ならべるところも増えてきて、台数の増加と共に今度はカウンター式のセルフとなり、終わると店員さんが機械をあけてカウンターを確認する方式になった。コイン式ができたのは、ハード(機械)そのものの改良と新製品ということになるので、だいぶ後だったと思います。コイン式と共にというか、8円コピーはあまり追随する業者もなく、だいたい一枚10円で価格競争は落ち着いた。まあそれまで20円や30円単位で下がってたことに比べたら、2円安いというのも微妙で、よほど大量に刷らないと、電車に乗っていくまではなかったかな。

■10円コピー機が変えた学生(とオタク)の生活

青焼き同人誌「Yakan」(マンガ・むかしいま)

青焼き同人誌「Yakan」(マンガ・むかしいま)

 これだけのコピーの普及を支えたのは「学生の街京都」にその需要があったからで、コピー機が大学生の勉学のあり方を劇的に変化させてしまった。百万遍のコピー屋さんには京大のみならず、京都中から大学生が押し寄せてノートや書籍を大量にコピーしまくった。その繁盛を見ての価格競争でした。それは勉強以外のサークルや同人のあり方も変え、さらに10円にまでなると、個人でもいろんな活動に利用する余地が生まれた。今で言うオタクな文芸同人誌を作ってた(麗しの黒歴史!)高校時代の私は、電車を乗り継いで百万遍に通ったものでした。

 私は80年代と90年代に二回大学に通っていますが、90年代には大学の生協にプリペイドカード方式のコピー機が、それこそ学内のあちこちに何十台とおかれてました。80年代に見られた、文具屋さんの二階に10台くらいのコピー機がおかれ、そこに学生が順番待ちという光景も消えた。さらにコンビニができてそこにコピー機がおかれると、もうすっかりコピーはありふれた私たちの日常ツールになったというわけです。

■すべての「革命」は商品化され消費されて終わる

初代マッキントッシュ

初代マッキントッシュ

 ここではコピー機そのもの(ハード)の進化についての無知があるんで、なんとも言えない部分はあるんですが、個人的にはこういう流れを見てたので、私にとってコピーやらその他の印刷関連の浸透は、最初からビジネスツールではないんですよね。今や会社「でも」普通に使うようになったくらいの感覚です。このあたりはIBMの大型コンピューター時代に「パーソナルコンピューター」という革命をおこしたApple社とマッキントッシュ登場の伝説に重なる部分もあるといったら大げさ…だろうなやっぱり(笑)。

 それでも私のような人種の高校生~大学生あたりにとって、10円コピーは活版印刷の発明にも比するくらいの革命でしたよ(笑)。そのぶん黒歴史を重ねるはめにもなるんですが(爆)。まあだいたい文化や音楽などにおける「革命」は、最後は資本主義に吸収されて「商品」と化して終わるというか消費されてしまう宿命ですよね。今では最初からそれ(権力からの承認)を自分で目指しているというか、革命という言葉さえすでに単なる商品です。

■すみませんでした(´Д`;)ヾ

 よく「民間主導」とか「民間活力」とか言いますが、私にはそこそこの中小を含めて企業とか学校が「民間」だという意識はないですね。あれは「権力」ですから。政党とか政治団体、一部の市民団体だってそうなる。
ただそれが私ら個人と法の下に対等の民間だと言うなら、ちゃんとその約束を守ってもらいたいものだなあとか思ってるだけで、少しでも「権力」なら即喧嘩とまで思っているほど社会に不適合なわけでもない、ただのヌルい普通のおっさんなのですが。そういう感覚をふまえて、あらためて「民間主導」とか「民間活力」という言葉を捉え返していきたいと思ってます。

 などということを、「ゼロックスしてもいい?」が通じないという、ただそれだけの話からつらつらと思ってしまったよ白昼夢。いいからさっさと仕事しろ?はいもっともです。本当にどうでもいい話ですみませんでした。

<参考>飯田耕一郎@うさ爺‏ on Twitter
    ・マンガ・むかしいま 青焼きコピー同人誌
    ・研究室日記 青焼き機の危機2014
    ・ピアノの上と工作机 別館 ゼロ戦52型 於:航空記念公園


■「マッキントッシュ・ハイ」Kindle版 著:山川健一
 たとえば古き良き時代とは言うけれど、それの何が良いんだという話であって、その意味でもこの本はおすすめ。マッキントッシュの誕生と栄枯盛衰の物語だけど、まず単純にとても面白い。「パソコン」というカテゴリが登場した当時の「古き良き時代」の熱気、それを生み出した人々は企業人としては失格とも思えるわがままな天才だが、何よりそのわがままさを愛した先駆的な大衆に支えられ(本書も前半はマックへのラブレター)、一度は成功するわけですね。そしてより多くの一般大衆に受け入れられ「商品」として勝負(ビジネス)しなくてはならなくなった段階で、彼は席を失い、自分が生み出したものはその手を離れる(古き良き時代の終わり)。
 20代前半に初めて読んだ時は、そんな叙情的な物語として受け止めたおぼえがあります。そこから現在を振り返ると、ただ単純に便利になった、発展したではない、かわりに何かが失われた気もします。ジョブズがアップルに復帰する前に出た古い本ですが、スマホで読めるKindle版で300円ということを考えるなら、パソコンやネットを使うすべての人に、草創期の人々の物語として一読の価値はあると思います。

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コメント

  1. RT @kousuke431: ブログ更新「10円コピー発祥の地は京都らしい」 – 旗旗 現存するものの歴史的経緯を知らないと恥をかく。
    意外なところでね( ̄▽ ̄)
    https://t.co/suD4xuV9f4

  2. TAMO2 より:

    百万遍の百万石というお店だったと思います。グリコ森永事件の何かの舞台になったと思います。

    1. 草加耕助 より:

      そんな名前でしたかね。そう言われればそんな名前だったような(笑)。まあほとんど「10円コピー屋さん」で通ってましたからねー。
      > グリコ森永事件で
      こちらもそう言われれば記憶の片隅になんかあったかな。麻原の潜伏先がどうのだったような気もするが、それは三条のすき焼き屋さんだけだったかな。思い出せん。

    2. 草加耕助 より:

      こちらにちょっとだけ載ってた。
      http://ameblo.jp/tomamx/entry-10971622105.html
      > 京都大学のある百万遍という交差点のすぐそばに、当時「百万石」という中華料理店が
      > あったのですが、そこの2階がゲームセンターになっていました。
      > その3階がコピーセンターになっていたのですが、何とグリコ・森永事件の脅迫状がこ
      > こでコピーされたことがわかったのです。

      今はすき家になってるんですね。↓って、ここ、久しぶりに西部講堂の集会に行った時に寄ったところだ!
      https://twitter.com/tetsutalow/status/668381982443700224

  3. 10円コピー発祥の地は京都らしい https://t.co/RlPcpIQxz1 百万遍の百万石だったと思う。グリコ森永事件の余波で消えたのか、オウム事件の余波で消えたのか。忘れた。

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