三里塚勝手連

三里塚の大地にネットブロガー集結

3・28三里塚、われらが勝手連旗 3・28三里塚闘争の報告を書こうと思っているうちに、もうすっかり日がたってしまって出遅れました。主義者Yさんが書いておられる通り、「詳しい報告をしようと気張ると、つい筆不精でそのまま書かずにしてしまいそう」(⇒つぶやき手帳「はじめて行ったよ三里塚」より)と、まさにその通りの状況になってしまいました。

 去年の10月の三里塚闘争も、2月現闘本部裁判の判決公判闘争も、書きたいことはいろいろあったのに(むしろありすぎたから)、結局報告を書く時期を逸してしまいました。こういうのはまったく初めてで基礎知識のない集会のほうが普通に書けるもんでして、思い入れが深い集会だとかえって書きにくいものですね。

 その運動の内容を知った上で、それに賛同するか反発するかはその人の考え方なので仕方がないのですが、たとえ反発するにせよ、少なくともちゃんとした内容だけは知ってほしいと思うので、考えすぎて簡単に書けなくなってしまうんですよ。どうも私は、書いているうちに全く予備知識のない方を想定し、思い浮かぶ疑問や反論などを先回りして考えてしまうというか、一つの文章にそれらを全部つめこもうとしてしまうことが、文章が長くなる原因の一つであると最近気がつきました。ですが、誰も最後まで読まないような長文ばかり書いていても仕方がないので、そういうことは一つの文章にまとめずおいおい書いていくとして、今回は純粋に個人の体験(日記)として書いてしまうことにします。

◆三里塚の地にネットブロガー集結!

 書き損ねた前回10月の三里塚集会では、ネット上でいろいろ親しくしていただいているブロガーさんたちに、生でお会いできたことが個人的な感動の一つでした。GO@あるみさん以外にも、なのなのさんニャンケさんまで現地に集結し、ちょっとした「会場内オフミ」状態でした。それ以外にも、2ちゃんねるブントスレで有名な正太郎さんにまでお会いできてびっくりしました。何度か通っているうちに関実・三里塚の方とも知り合いになりましたし、泉佐野市議の国賀さんとも毎回お会いしますが、国賀さんはご自分のブログを持っておられるので、私の気持ちの中では政治家先生ではなくてブロガー仲間です(笑

 こういういろいろな出会いがあって、なおかつ、ネットをきっかけに初めてとか何十年ぶりとかで三里塚に足を運ばれる方がおられるのを見ますと、本当に『三里塚勝手連』の旗をたてて呼びかけしていてよかったなと思います。誤解のないように申し添えておきますが、勝手連は私が主催しているわけでも、また中心になってやっているわけでもありません。ただ、ネットでは勝手連の公式コミュがミクシィ内部にあるだけなので、外部サイトで取り上げたり呼びかけたりしているのが私だけということです。完全な一日個人共闘なので、「会としての活動」みたいなものは今のところ特にありませんし、当日の手配や運営も、すべて活動経験のない全くの一般の方が手作りでやっておられます。私はそこに参加させていただいているだけです。

 勝手連やネットをきっかけとして三里塚に参加や復帰された方の中には、次には勝手連を「卒業」して地域の継続的な運動や団体で参加されている方もおられますし、参加メンバーも毎回新しい方を迎えつつも入れ替わりがあったりって感じかな。今回は「つぶやき手帳」の主義者Yさんが、生まれて初めてという三里塚に参加していただき、ご一緒できたのが嬉しかったです。さらには「たわいもない話」の薩摩長州さん、「小太郎とカラスウリと」のひらりんさんやそのお友達ともご一緒できました。まだまだ勝手連に顔を出してくださったブロガーの方もおられますが、了解を得ていないのでリンクはしません(無視したんとちゃうからねー)。リンクしてもよかったら、コメントかトラバちょうだいね(はぁと)。

 ところでひらりんさんって、思想的には右翼(というか神道)なんですよね。一瞬、「あやしげな自称左翼と自称右翼の野合か」とか思い浮かんだ(爆)。けど、ひらりんさんは私みたいな「なんちゃって左翼」ではなく、神道の研究や勉強もちゃんとしておられるみたいです。まあ、靖国・天皇制以外ではだいたい話があってしまう自分が恐ろしいです(笑)。でも、思想の違う人と偏見をもたずにつきあえるのも、ひらりんさんの立派な才能だと思います。それに「サヨ・リベ・ウヨ」とそれぞれ考えの違う人が、三里塚空港反対!の一点で集結できてしまうのも、個人共闘の醍醐味だと思います。

 しかし一番びっくりしたのは、当日会場に連帯アピール(特別報告)に来ておられた沖縄代表団のお一人が、わざわざ私たち「勝手連」に挨拶に来ていただいたことです。実は辺野古のアイランダーさんとは、ずっと以前に京都に来られた時に一晩飲み明かしたことがありまして、それ以降も掲示板などで細々とお付き合いが続いていたのですが、前の三里塚集会では「まさかこんなところで」という感動の(?)再開。続いて1月の沖縄連帯全国集会でも再々会しました。今回はアイランダーさんは来ておられませんでしたが、「勝手連には必ず挨拶してくるように」という指令(笑)を託されたということで、固く握手とエールを交換させていただきました。

◆タクシーの運転手さんに聞く航空不況の惨状

 さて、3月28日の行動ですが、われらが勝手連のうち、駅から一緒に行った数人は、成田駅から集会場までタクシーに分乗し、料金を割り勘にして会場に向かったのでありました。途中、タクシーの運転手さんと話し込んでしまった。なんでもこの道20年以上のベテラン運転手さんだとか。

 私が「去年よりは少しは景気もよくなりましたかね」と聞くと、「いや、むしろ悪くなっていますよ」とのことでした。やはりJALの破綻が効いているらしいです。「JALもそうですが、ANAもだめですね。だいたい空港を利用する人がすっかり少なくなりましたよ」と話されました。利用者も減っている上に、空港関連の社用もなくなってしまい、「一日12時間乗車で働き続けても、月給が7万円とか8万円」という状態なんだそうです。若い人を雇っても、これでは暮らしていけないのですぐに辞めてしまう。今や空港周辺のタクシー運転手は、年金をもらっている高齢ドライバーばかりだということです。

 JALやANAのスチュワーデスさんも「ちょっと前までは一人一台で乗っていたけど、今では3,4人で一台しか乗ってくれない。偉いさんもハイヤーをやめてタクシーに変えた。とにかくどこも経費削減ですわ」としみじみ。「それにくらべて、お宅さんらは、今日は全国からいっぱい人がいらっしゃるんでしょうね」とお世辞のつもりか運転手さんがおっしゃるので、私は20年以上前からやってらっしゃるベテランさんだということを念頭に、「いえ、昔にくらべたらまだまだです(キリッ)」と答えたら、「ああ、お宅さんらもですか……」と返答されてしまった。

 ちがーう!それはちょっと違うぞ運転手さん。「まだまだこれからが頑張りどころ」という意味で言ったんだよー。それに第一、集会の動員を「お互い大変ですなあ」みたいな「不景気話」と一緒にしないでよ(笑

◆集会場到着 とにかく寒い!

 さて、集会場につきましたが、なんというか、とにかくこの日は寒かった!後で確認したら最高気温が6度ですが、ものすごい強風が吹きまくって体温を奪われ、体感温度はどんどん下がる。あたしゃ前日までが暖かかったのと、去年の集会で厚着をして大汗かいた経験から、すっかり油断して薄着でいってしまい、本気でガチガチ震えて地獄をみました。念のために持っていったカッパがありましたので、それをウインドブレーカーがわりにしてやっと少し落ち着いた。これくらいのことでわれながら根性無しかと落ち込み、「農民の苦闘にくらべたら・・・」と思い直して耐えましたが、その農民の方が「寒い、寒い」と言っておられましたので、「あ、やっぱり寒いんだ」と少し安心(笑)。

 われらが勝手連はいつも少し早めに会場に着くのですが、この日は特に早く着いてしまい、会場の人影はまだまばらでした。このままでは、勝手連が集会の最前列に躍り出てしまう(笑)。それはちょっとまずい(アンドなんとなく恐い)ような気がするということで、もう少し人がうまるのをまってから、さりげなく市民・住民団体隊列のやや後方という、無難ないつもの定位置をキープ。でもよく考えると、そこはまさに集会場のド真ん中ではあるんだよな。

 さっそく勝手連ののぼり旗を地面にぶすりと立てて目印にします。三里塚の土って、はじめて見る都会暮らしの方がびっくりされるくらい本当に肥沃で、旗ざおが簡単にささる上に一度さしたら当日の強風にもびくともしません。自宅の近所に畑や田圃がなかったわけではないけれど、こんなに豊かな土は他のどんな場所でも見たことがありません。それも元から自然にそうなっているのではない。むしろ元は固い荒地だったものを、開拓農家が何十年もかけてここまでにしたんです。農家の方は「畑のことは自分の体よりよくわかっている」と言います。そうやって畑を自分のものにするまでには二十年はかかるそうです。だから「土地をやるから移転しろ」みたいに簡単に言う人には腹が立つし、本職(プロ)の農業というものを何もわかっていないのだなと思うそうです。お遊びの家庭菜園や趣味の農業とはわけが違うのだと。

 かつて「物づくり大国日本」が多くの誇り高き職人さんたちによって築かれてきたように、日本の農業の優秀さは、こういう誇りをもった個人農家によって支えられてきました。自民党の農政不在は農民から誇りを奪い、安倍内閣にいたってはついにこれを根底から破壊し、農業をアメリカ型の企業経営に委ねようとまでした。まさに日本農業を壊滅させる属米政策です。民主党政権になっても、若干そのスピードが落ちただけで、基本路線は変わっていません。反対同盟から基調報告に立った萩原進さんは、一見すると農業保護政策のように見える小沢さん提唱の「個別保障制度」では、実は農家にとっては簡単に採算割れになってしまうということを、数字をあげて明らかにしておられました。多額の税金を投入して、採算割れにしかならない中途半端な額の補助金を支給することの、どこが農家保護になるのでしょうか。同じお金を使うのならば、もっと有効な使い道があるのではないかと思いました。

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◆まさに一触即発!緊迫の現地情勢

 詳しく書くとまた長くなるのではしょりますが、この日の集会に先立って、千葉地裁で天神峰現闘本部裁判の判決公判がありました(⇒動画と説明)。これは事実上は裁判所を収容委員会の代わりに使った強制執行手続きでしたが、農民の運動と弁護団の理を尽くした弁論により、仮執行宣言を付すことは許さず、当面、強制執行はできなくなりました。まずは農民側の勝利で、空港会社としては大きくあてがはずれたわけですが、その裏ではこれと平行し、成田市と結託して農民の生活道路を廃止して封鎖してしまうという策動が進んでいました。

 これはいつもデモコースとしても使われていた、農民たちから「団結街道」と通称されている市道です。天神峰現闘本部に通じる唯一の道路であり、同時に、直接的な農地取り上げ策動にさらされている市東孝雄さんの畑に通じる唯一の生活道路でもあります。空港会社は現闘本部の強制収用と同時にこの市道を廃止し、空港用地に取り込んで塀で囲い込んでしまう腹積もりでした。さらにここに3本目の航空機誘導路を建設し、市東さんの畑を滑走路の中にすっぽりと囲い込んでしまうということです

 だいたい、一本の滑走路に同じような誘導路を3本も作るとはどういうことでしょうか。これは空港運用のためにはまったく必要がない不合理な工事です。ただ単に農民を痛めつけるためだけにン10億からのお金を使って建設しているのです。さらに言えば、2本目の誘導路を作る際には、農家をさけて「へ」の字に曲がった不自然で危険な誘導路をわざわざ作りました。農民は反対運動潰しのためだけに、そんな危険な誘導路を作るのはやめなさいと忠告したのにもかかわらず、「これで大丈夫だ」と不要な工事を強行したのは空港会社の側です。そういう経緯で強引に作ったところで、「やっぱり危険だから、3本目をつくる」とまるで農民のせいだと言わんばかりの盗人たけだけしさです。

 集会の最中に、農民の鈴木加代子さんとお話させていただく機会がありましたが、鈴木さんによれば、誘導路のような大きな工事だけではなく、小さな道路の工事にしてからがこの調子なのだそうです。5億円くらいのお金を使って舗装道路を一本つくる。それから一年もたたないうちに、その道路を廃止して、ほんの5メートルくらい横にまた5億円ほど使って同じ道路をつくる。そんなことを繰り返しているそうです。なんでそんなことをしているかと言えば、いわば陣取り合戦(ただし空港会社の一人相撲だが)のようなものであって、農民を囲い込み、できるだけ地元の人の生活を不便にして痛めつけるためにやっているのです。今回の団結街道の廃道化と、第3の誘導路建設もそのためのものであり、それだけの目的です。「公共性」など微塵もありません。

 集会後、成田市は団結街道の廃止を決定しました。理由はこの摩訶不思議でナンセンスな税金の無駄使いである第3の誘導路を建設するために、空港会社が「この道路の土地をくれ」と成田市に言ったからです。ところがまだこの誘導路建設の認可はおりておらず(つーか申請もされていなかった)、審査中なのです。にもかかわらず、成田市は地元住民にとってかけがえのない生活道路を空港会社の言いなりに差し出した。住民を守るのが自治体の責務ではないのでしょうか。「国や空港会社には逆らえない」と言うにしても、認可もおりず空港会社にとって実際の必要がまったくないうちに、なぜ先行して生活道路だけを取り上げるのか!5月19日には廃道の告示期間を終え、生活道路は空港会社に譲渡され、道路の物理的閉鎖、そして市東さんの畑を塀で囲いここんで谷底にしてしまう工事が行われかねないという事態になっています。

 そうなると、市東さんが自分の畑に行くためには、自宅から自分の畑を背にして反対方向に進み、空港を回りこんで行くしかありません。成田市は「畑までの経路があるのだから(法的に)問題がない」と官僚答弁をしています。それこそ農業というものを知らない。いえ、本当はそれがどんなに不便で残酷なことなのか、言っている役人自身がそのことをわかっているんでしょう。わかってはいるけれども、それでもあえて実質的な討論には応じず、ただ冷や汗をかきながらオウムのように原稿を読んで強弁しているだけなのです。

 実際の農作業というのは会社での仕事のように、一日畑にいればいいというものではない。日に何度も畑と自宅を往復します。そのたびに空港を迂回して長時間かけることになる。その上にもし第3の誘導路までできれば、周囲をすっぽりと滑走路で取り囲まれて、絶えることのない爆音の元、塀の中の谷底で農作業をすることになる。おそらく奴らはそうして市東さんの畑を空港内に取り込んでから、本格的に暴力による土地取り上げを行うつもりなのでしょう。

◆元活のみなさん、三里塚に来るなら今ですよ

 この集会はこういう緊迫した状況の中で開催されたものです。参加者のあいだには一様に緊張感と、空港会社の欺瞞に満ちた非人道的なやり方への怒りが満ちていたと思います。ただ、それだけだと何かしら「悲壮感」に満ちたものになったと思いますが、主催者の農民たちの雰囲気は、怒りながらも悲壮なものではなく、「闘志満々」とでも言ったらいいんでしょうか、うまく言えませんが、おそらく党派の機関紙なんかだと、「勝利の確信に満ちた」という定型文で表現されるような感じでした。本来なら参加者が農民を応援して励ますということになるんだろうと思いますが、こと三里塚に関しては昔から逆でした。私たちのほうが農民に励まされ、引っ張ってもらっている感じです。とにかく農民はみんな明るくて力強かった。その往時の三里塚の雰囲気が現地ですごく甦っている。

 昔は三里塚に来ていたという皆さん。戻ってくるなら今ですよ(笑)。萩原進さんは、沖縄における反戦・反基地の闘いに三里塚が積極的に参加し、支援してかかわっていくと方針を提起されていました。同時に「かつて強制代執行阻止闘争などの頃にもっていた三里塚闘争の全国的な権威を、この闘いの中で取り戻して行く」と宣言されました。つまり「反戦反核の砦」として全国政治闘争、全人民的政治闘争として闘うということです。

 また、鈴木加代子さんとのお話の中で、「一緒に機動隊の前に座り込んでくれる人ばかりではない、その周りでそれを見届けてくれる人、彼らがどんな非道なことをしているかちゃんと見ていてくれる人が必要。実力攻防が担えなくても、そういう人の一人として来てほしい」とおっしゃっておられました。何より今は現地に足を運ぶこと、こんな弱小ブログに書いてあることえを鵜呑みにせずに、自分の目で真実を確かめることが大切なんだと思います。そして農民たちもそれを何よりも望んでおられます。とにかくありのままを見てほしい、必要なら自分たちが案内するとおっしゃっておられます。

 三里塚の集会は通例、春(3月)と秋(10月)の年2回を全国集会として設定されてきました。しかしこのような情勢を受け、今やそういうスケジュールに従った結集では対応できないと、この4,5月に再度の全国結集をお願いする可能性があるということが提起されました。この時点ではまだ団結街道の廃道化は正式決定されていなかったわけですが、いよいよ5月19日に廃道の告示期間を終えるということで、16日(日)には「臨戦態勢に突入」する緊急現地集会が呼びかけられています。まだ全国集会ではないようですが、関東圏のみなさんを中心して、できるだけの結集でのぞみましょう!当日は「勝手連」の旗もたてますので、個人で参加を考えておられる方は、ぜひお声をかけてください。

◆ひさびさに見た、てんこ盛りの機動隊

 さて、集会後のデモ行進に出発です。今回は集会場の出口から、ものすごい数の機動隊が配備されていました。まだデモ隊の横にびったり張り付いて妨害するまではいきませんでしたが、それでもあきらかに(目に見える)機動隊の数は数倍しています。緊迫しているのは私たちだけではない、あちらさんもそれは同じ。いよいよ彼らが本気で暴力をふるってくる日が近いのでしょうか。その暴力に対して私は何ができるだろうかと考えてしまいます。とりわけ現闘本部周辺は機動隊がてんこ盛りです。あれだけの数の機動隊が密集しているのは久しぶりに見ました(後でここに写真をアップしますので、見に来てくださいね)。

 前回は成り行きで市民・住民隊列の前のほうに出ましたが、今回はちょっと遠慮してしまったせいか、市民隊列の最後尾についてしまいました。そのせいで、すぐ後ろは各種団体の先頭だったのですが、たまたまこの日は中核派の宣伝カーが先頭でして、その大音量の数メートル前を歩くことになっちゃった。私たちが持参した非力なトラメガでは、ほとんど赤ん坊とプロレスラーくらいの差がある。前回まではみんなでそのトラメガを回して、自分なりの訴えやシュプレヒコールとかを各自にあげてもらったのですが、今回はもう無理なんで、中核派の宣伝カーのシュプレヒコールに唱和して歩くことになりました。なんちゅーか、節操がない気がしないでもないが、まあ、そんな細かいことはどうでもいいやね。別にシュプレヒコールの内容自体は間違ったこと言ってないんだから。是々非々で連帯するべきところはしないとね。しかし、中核の人からはどう見えていたかな。変な奴らとか思われていたかな。

 団結街道の現闘本部前を通る時には、そこにある立ち入り禁止の看板の名義人として名前が明記されている「国土交通大臣・前原誠司」の文字を睨み付けて通る。昨年の集会では、この看板の名前が「前原誠司」に変わっていることが、ある意味では「新鮮」ではありましたが、結局、政権交代ってこういうことかよと、踏みつけてくる人の名前が変わっただけで、やっていることは何も変わらない。それが政権交代の内実かと、しみじみ思いました。

 それでもまだ自民党が民衆から退場させられたばかりの頃は、多少は遠慮もありましたけどね。別に左翼としてではなく、平凡な国民の一人として、ごく普通に「自民党はもうこりごり」と思っていましたから。左翼としては支持できないが、普通の国民の意識としては、正直少しは民主党に期待するところもあったのよ。けどまあ、もういいよね。左翼としても、普通の庶民としてもね。中核派に対しても、民主党に対しても、同じように是々非々ですよ。いいことはいいけど、悪いことは悪いんです。実はそういうのこそが本来の意味での「中道」でしょ?

◆「過激派スタイル」を保存する公安私服のみなさん

 デモも終了しまして、いつもはそのまんま歩いてコンビニ前まで行くのですが、この日はこちらのほうが近いかもと、デモコースを逆行するコースで帰ってみました。おかげで自分たちよりも後ろにいた隊列を見ることができました。

 中核派の隊列の横などを通りますが、皆さんの想像とはおそらく違って、もう昔ながらの「過激派スタイル」の人は防衛隊の方くらいで後はまばら。マスクなどで顔を隠している人もあまりいない。顔ぶれや服装を見ても、労組や市民運動のデモと変わらない感じです。

 そんな隊列を横目でみながら進んでいますと、やがて100人くらいの随分と雰囲気が違う隊列がありました。全員がマスクと帽子で深く顔を隠していまして、目つきが悪く(敵意に満ちてすねたような目)、すんごく感じが悪い。うわー、嫌だなあ、こんな団体に入りたくないなあ、ちょっとスタイルとかイメージとか考えたほうがいいよなあと思っていたら、公安私服刑事さんの「隊列」だった。

 こんなふうに書くとさあ、絶対に「お前は公安に敵意を持っているから、わざとこういう悪意に満ちた書き方をしているんだろう」と思うでしょ?いや、違うんだって!本当に通り過ぎるまで公安さん達だって気がつかなかったのよ。そんで上に書いた言葉通りに思ったのね。タクシーをさがしていると、勝手連で来た人が一人足りません。なんと公安私服刑事さんの群れについていってはぐれたということです。きっと集会帰りの過激派さんだとばかり思って、流れについていったら、周りは全部公安刑事だったという。

 きっとね、右翼の人が思い浮かべる「過激派」とか、ネトウヨさんの脳内にある「犯罪左翼」のイメージってさあ、現実の公安私服刑事のイメージそのまんまだと思うよ。たとえ集会場の中でだって、生身の過激派の皆さんのほうが、公安私服より遥かに「普通の人」なんですよね。今やそういう「過激派スタイル」は、公安刑事さんたちによって保存されているのでありますよ。

 さて、集会だけに参加して帰った方々と別れ、残った人間は都内で勝手連の総会ちゅうか交流会(つかただの飲み会)を開く。さらに昼の集会には仕事などの都合で参加できなかったけれども、夜の飲み会にだけ参加したけしからん仲間も加わってけっこうな人数となり、われらが勝手連の面々は朝まで熱く語り合ったのでありました。

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参考リンク

はじめて行ったよ三里塚(つぶやき手帳)
三里塚集会&デモ(不条理日記)
寒い集会(農家便り)
3・28三里塚写真編(たたかうあるみさんのブログ)
三里塚(小太郎とカラスウリと)
3・28三里塚全国総決起集会に、1.530人(東京北部ユニオン「街」分会日誌)

「火の玉となって闘う」(反対同盟ブログ)
3・28三里塚全国総決起集会(日刊動労千葉)
3・28三里塚全国集会に1530人(関実・三里塚)

3・28三里塚現地に寒風つき1530人が総決起!(「前進」速報版)
3・28三里塚 “軍事空港反対へ沖縄と連帯”(週刊「前進」)
3・28 三里塚全国総決起集会開かれる(共産主義者同盟(統一委員会)


特別決議 団結街道廃止阻止!

 本集会は、成田市による団結街道(市道)の廃道決定を徹底弾劾し、実力で守りぬくことを決議・宣言する。
 廃道決定は徹頭徹尾、悪らつな意図にもとづく暴挙である。いったいなぜ、近隣住民にとっても不可欠の市道をつぶすのか!? ねらいは市東さんに対する、営農妨害と生活破壊による移転の強要だ。
 市道は自宅から畑まで500メートルの直線道である。日に何度も往復する農家の道を廃止して、畑とは逆方向に1.8キロも危険な道を迂回させる成田市の決定はあまりにも悪質だ。
 廃道の口実にする3本目の誘導路計画は、場当たり的な空港づくりの象徴である。常軌を逸したこの計画で、欠陥は解消するどころか増幅する。市東さん宅を空港内に取り込み騒音を浴びせて移転を迫る攻撃であり、断じて許せない。即刻中止せよ!
 さらに廃道は、反対同盟の本部建物(現闘本部)への通行権をはく奪する暴挙である。
 そもそも、「第3誘導路」の認可申請も出されていない今、なぜ、廃道を強行するのか? それは現闘本部の撤去仮執行判決を見込んだ上のことなのだ。だが、この策謀はものの見事に粉砕された。廃道は悪らつなねらいによる人権侵害と法律破りの極(きわみ)であり、空港会社と共謀した成田市行政による権力犯罪である。
 以上、本集会は成田市による団結街道廃道決定を徹底的に弾劾し、全面撤回を要求する。団結街道廃止阻止を、集会の名において決議・宣言する。

2010年3月28日 3・28全国総決起集会 参加者一同


集会宣言

三里塚芝山連合空港反対同盟

 三里塚闘争は44年間にわたる闘いの成否を決める、文字通りの決戦に突入した。団結街道廃止攻撃、「第3誘導路」計画と現闘本部撤去攻撃、市東さんの農地取り上げ策動──、成田空港の死命を制する闘いに、反対同盟は敢然と農地を守る実力闘争を宣言する。

 鳩山政権の迷走と破たんを見よ! 予算総額92兆円、税収を上回る44兆円が借金、借金総額は1000兆円に迫る。消費増税が叫ばれ、首切り賃下げは激化の一途、医療・福祉、社会保障のすべての分野でむき出しの収奪が始まった。8・30自民倒壊を受けた民主党・鳩山政権は危機と混迷を深め攻撃を激化させている。その象徴こそ沖縄だ。

 資本と権力が労働者・農民を食わすことができず、収奪の対象とする時代、それは妥協を許さぬ闘いの時代だ。三里塚の絶対不屈の闘いが、すべての闘いで問われている。三里塚闘争が真価を発揮する時がきた。

 国策=空港建設を破たんさせた三里塚は、航空政策の転換を強制し、いままた現闘本部の撤去仮執行判決をうち破って、敵権力に大打撃を与えた。三里塚闘争は「東アジア共同体構想」の前に立ちはだかり、軍事空港を阻止している。不屈の信念のもとに闘えば必ず勝利する。

 米軍基地撤去に立ち上がる沖縄県民と固く連帯しよう! 改憲・国民投票法を粉砕し、戦争への道を阻止しよう! 動労千葉を始めとする戦闘的な労働組合、全世界の労働者・農民と連帯しよう! 反戦・反核・反権力、反差別などの市民運動、住民運動、そして青年労働者と学生の闘いはいよいよ激しく燃え広がるだろう。

 反対同盟は深夜・早朝便の規制撤廃を許さず、年間30万回化と24時間空港化を絶対阻止して地域を守る。「第3誘導路」計画粉砕! 団結街道廃道阻止の実力闘争の4~5月攻防から夏の闘いに勝利し、今秋10・10全国集会を市東さんの農地を守る大集会としよう。

コメント

    • 2010年 4月 14日

    今回は長文はやめるという書き出しにつられ、最後まで読んでしまった。草加さん、こりゃ十分に長文でっせ!
    まあ、これが草加さんらしさといえば…そのとおり!

    ところで、何回も出て来て気になったので。市道は千葉市ではなく成田市ですぞ!!

  1. 堺さん>

    ああそうです。成田市です。千葉県とごっちゃになってしまった。森田健作の顔がちらついてしまって。不正確な情報が流れるといけないので、直しておきますね。

    >草加さん、こりゃ十分に長文でっせ!

    はは、看板に偽りありということで、猿より深く反省しております。
    書き出した時(下書き)はもっと短文だったんですけどねー。推敲しているうちに長くなるんですよ。現地情勢とかは別の文章にするつもりだったんですが、つい、中途半端に本文に入れてしまいました。

  2. 自分は長文のほうが好きですよ~。

    三里塚か・・・。
    単位に余裕があれば、素人記者になって駆けつけるのに……。
    一度、自分自身の目で見てみたい。
    誰にも編集されてないナマの現場を。
    (観測こそが真実の道の第一歩。科学も政治も変わらない気がする。)

    右翼と神道は少なくとも僕たちの世代では簡単に≒で結べるようなものではないと思う。特に自分は『国家に抑圧された神道』に興味がありますし。
    明治政府のせいで失われた伝統って多いなぁ……
    (東方風神録……じゃなくて、諏訪大社と神長官でググればわかるかと)
    三里塚でも、農民の伝統を護っているとも考えられるわけで、一緒にされがちな伝統主義と国家主義は実はまったく別のものではないのかな、などと考えました。

    過激派スタイルの公安かあ。
    ある意味栄光の時代を引きずってるのかな?
    國松警察庁長官狙撃事件が未解決事件になってしまったのも、時代遅れになったからかもしれない。

    ネトウヨは左翼過激派の大きさを過大評価している気がする。
    キャンパスの演説(中核派)とか見てると、今はなんというか、過激?派な気がする。
    あんまり書くと身バレするから書かないけどね。
    (自分もネットだけで政治のこと書いている右翼?寄りな人間だから、ネトウヨに入るんだろうか……)

    • 2010年 4月 18日

    どうでもいいことで、記事とは無関係ですが
    自分好みの女の子のオルグ対象者だと、必要以上に力入りませんか?
    私はあります。

  3. El-fireさん>

    おそらく、いきなり行っても空港と建物と畑と機動隊が見えるだけで、わけがわからないと思うので、多少の知識は仕入れてから行かれたほうがいいと思います。

    現在手に入るもので、おすすめの書籍は次の3つです。

    1)「ぼくの村の話」全7巻 尾瀬あきら コミックパーク
    2)「抵抗する自由―少数者として生きる」 鎌田 慧 七つ森書館
    3)「農地収奪を阻む―三里塚農民怒りの43年」 萩原 進 編集工房朔

    「ぼくの村の話」は電子書籍としても販売されています。
    http://comics.yahoo.co.jp/kodansha/ozeakira01/bokunomu01/shoshi/shoshi_0001.html

    他にもいろいろありますし、たとえば大学のレポートなどにまとめるなら「壊死する風景」(創土社)もはずせませんが、一般市民として成田の問題を一通り知っておきたいという程度なら、とりあえず「入門編」としてはこの3冊で充分かと思います。いずれも一日かからずに読めてしまうボリュームです。

    (1)は有名な尾瀬あきらさんのコミックで、歴史的には中途半端なところで終わっており、尻切れトンボの感は否めませんが、それにも理由がありまして、ここで描かれている強制代執行までの経緯は、先にも書きましたように、政府・空港会社や条件派になって出て行った農民も含めて、当事者全員に異議がない内容なんですね。ここで物語を終わらせることで、政治的には無色透明で中立的な視点を維持しきり、人間ドラマとして描ききったということになります。三里塚闘争の発端や歴史的な経緯について簡潔に知り、当事者たち全員の共通認識をふまえておくということで、「入門の入門」ということでいいと思います。

    (2)についてはルポライターの鎌田 慧さんがあちこちに書いたものを集めた小論集ですが、全体の8割が三里塚関連の文章になっています。その中心になるのが、反対同盟熱田派の農民への連続インタビューです。(3)は反対同盟北原派の農民自身が、闘争の歴史と現状、今後の展望などを語ったもの。おそらく、この2冊を同時に薦めるサイトは他にないと思いますが、この2冊を平行して読むことで、闘争全体を立体的に把握できると思います。

    あ、そうそう、当サイトでも「小説・三里塚」著:戸村一作、を公開しておりますので、そちらにも是非目を通してみてください。
    http://bund.jp/md/text/index.php?content_id=1

    (追記)
    上で、「ぼくの村の話」は当事者全員に異議がない範囲の歴史しか書かれていないと申しましたが、その当事者の中に支援党派は含まれていません。とりわけ、共産党にとっては大いに異議があると思われます。「あ」さんに怒られる前に、共産党の言い分が読めるサイトを紹介しておきます。
    http://www.page.sannet.ne.jp/km_iwata/

  4. 「あ」さん>

    > 自分好みの女の子のオルグ対象者だと、必要以上に力入りませんか?

    ふふふ、入りましたとも。そしてそのせいでかえって失敗するんですよね(遠い目)。
    つかさー、自分がオルグしている人だけじゃなくて、他の人がオルグしている女の子とか見てても、ひょっとして将来自分がつきあうのはあの人かも……などという不純な妄想を抱いたりしてね。いやー、青春時代って、ばっちいね。

    上でトラバくれているニャンケ君なんてね、オルグと称して活動さぼってデートしてたりとかね。
    いや、私もしてたんだけどさ(爆
    やい、こらニャンケ!黙ってないで出てきてなんか書いてみろ!

    • 2010年 4月 18日

    まいったね、これは。ここは不良活動家のたまり場ですか?
    私は真面目活動家ですからね。班会と称して、「必要な指導と援助」と称して
    女の子と遊園地に遊びに行ったりなんていう馬鹿なことはしてませんからね!
    絶対にね!やってないんですからね!

    華麗にスルーされると思ったのに返信があって嬉しい(笑

    小説・三里塚、実は少し読まさせていただきました。全部読みたいと思います。

    それから最近は「結衣ちゃんは革命家」これは面白いですねぇ
    (ただ、民青の扱いについては厳重に抗議いたします!!(笑 )

  5. > ここは不良活動家のたまり場ですか?

    ここに限らず、元活動家でサイトをもっている人ってさ、「不良」かどうかは別にして、みんな現役時代になんらかの問題を抱えていた「困ったちゃん」ばっかりですよ。だから当事の自分を突き放して見ることもできる。それに現役じゃなくて「元」だから、何を書いても(?)問題なし。
    超真面目だった人ってサイトとか作ってないし、作ったとしてもきっと面白くないと思う。少なくとも絶対に「結衣ちゃんは革命家」みたいなギャルゲーは作らんだろうな。中核派のサイトにこんなのがあったら恐いもんね(笑

    大学(法学部)の先生が言ってたけど、卒業してから大学で学んだことを生かせる人って、現役学生時代は困ったちゃん(劣等性)だったことが多いんですって。会社で同僚が不当に首になったりした時に、「そういえば、それってダメだったはずじゃん」とか言って一肌ぬいだり組合作ったりする人はそういう人が多いらしい。優等生だった人はかえってダメなんだそうです。
    まあ、法曹になっちゃうくらいず抜けていれば別だし、劣等性って言っても全く大学に来ないとかは問題外だけど、中途半端な優等生は柔軟な劣等性よりも実践能力において劣るというのは、なかなか示唆に富んでいるかと。(自己弁護)

    そういえば共産党系の方のサイトでも、土佐高知さんみたいに、ある程度アクセスがあって長続きしている方のサイトって、党の公式見解とは絶妙の差でズレがありますよね。きっとこういのって、公式に主張している(いた)こととズレすぎてもダメだし、まったく一緒だったら面白くないんだと思う。「あ」さんも同志たちには内緒で作ってみたら?

    > ただ、民青の扱いについては厳重に抗議いたします!!(笑 

    あれは「その当事の」「私たちから見て」ということでご勘弁。
    作るときにちょっとは考えましたよ。怒る人いるかなって。
    けどそんなこと考えだしたら面白くないでしょ。当たらずさわらずになっちゃう。
    みんなが「あ」さんみたいにシャレのわかる人で、笑って流してくれたらいいんですけどねー。

    > 「必要な指導と援助」と称して女の子と遊園地に遊びに行ったりなんていう馬鹿なことはしてませんからね!

    私だってみんなが情宣している間にオルグと称して女の子と映画見てソフトクリーム食べたりなんてしてないんだからね!
    ニャンケ君はオルグと称して公園でスワンボートに乗っていたらしいが(笑
    あげくに・・・(以下略)

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