アクション

官邸前座り込み行動に参加して思ったこと

 普天間基地の問題について、政府は現実的な解決策である「撤去」ではなく、非現実的な「移転」に固執しているために結論が出ません。マスコミはそれを「迷走」などと言いますがそうではない。鳩山さんは昨年のうちに「辺野古」を強行決定して楽になりたかったと、先日の党首討論でも本音を吐露しています。しかし「政権交代」を実現した民衆世論がそれを許さず、これでもかとばかりに次々と連続して示される民意の力で押し返している、そして今も鳩山政権の意向を阻止し続けているんだというのが正しい現状認識です。

 そんな中、日付的には4月6日~9日になりますので、ブログというもののスピード感からしますといまさらな感じなんですが、動画コーナーとかアルバムのほうにアップしております「県外移設の不履行は絶対に認めない!ウチナンチュ官邸前行動」に参加してきた時のことを、やはり書いておこうと思います。これは沖縄の人々もすべて個人の資格で行動し、同じ個人として行動を共にしてほしいという呼びかけでした。私は最終日の9日だけ、どうにか終日参加することができました。

 実はここのところ体調も気分も極めてすぐれない日々が続いておりまして、今月から医者にも通って薬を飲んでいます。この日もあまり出歩けるような感じではありませんでしたが、沖縄の人々がわざわざ東京までやってきて座り込んでいるというのに、地元に住んでいる自分が、最終日まで家でじっとしていることのほうが、罪悪感と焦りでよほど精神状態が悪化しそうでした。せめて今日くらいはと思って無理をしましたが、結果的にはそのほうが精神的にはよかったと思います。

 ただやはり集中力を欠いていたのか、当日の発言内容がさっぱり頭に入ってきませんでした。すごく勉強になる濃い内容の話ばかりだったということだけは覚えているのですが、断片的にしか思い出せない。実は私って、ものぐさなせいで、メモというのは全くとらない人なんですね。だから過去の集会報告とかは全部記憶だけで書いています。というかブログに書くことがメモがわりだったんですが、「まさか体調じゃなくて歳のせい?」とか焦りますねえ(笑)。まだアラフォーなのに、もう、その場でメモしないと忘れるようになったとすれば、少しさみしいですわ。

ウチナンチュ官邸前行動1 そんな愚痴もこぼしーので書いておりますが、その日はちょうど行動がはじまったところで合流できました。写真は午前10時半頃、首相官邸に向かってシュプレヒコールをあげているところ。このあと、知花昌一さんや、知花盛康さんの発言がありました。

 知花昌一さんは、「かつて沖縄はその地政学的な位置から、米軍にとって手放せないと言われた」とおっしゃっておられました。ああ、そうそう、私が現役左翼だった時代には右も左もそう言ってましたねえ。「沖縄は日米安保のキーストーンだ」と。実はそのことは、安保や在日米軍が、「ソ連の脅威」から日本を守るものでは全然なくして、アジアや中東に睨みをきかせる、極めて侵略的(攻撃的)な性格を持っていることを示していました。ところが今は誰もそんな「地政学的な位置」なんて言わなくなったじゃないかと。

 それは米軍再編による機動力重視の中で、米軍は別にどうしても沖縄にいる必要がなくなったというのです。それがいいか悪いかは別にして、もう米軍は「地政学」なんて考えなくても、地球上のどこにでも宅配便のように軍隊を派遣・展開できるようになった。そのためには沖縄ではなくグァムだけでも別にかまわない。沖縄にいるメリットというのは、もはや米軍が私たちの税金から「思いやり予算」がもらえるだけのことだという話でした。だとすれば私たち日本人は、米軍から足元をみられ、たかられているだけの話であって、「無条件撤去」は全くもって現実的な主張であるわけです。少なくとも、沖縄の反対で全く計画がすすんでいない、未だに砂一粒の埋め立てさえ許していない辺野古案を、このまま強行するよりは、よっぽど現実的です。

隣でビラまいてた右翼の人(本人に許可を得て撮影) さて、その後は警察の指示だと思うのですが、官邸前から少し離れた国会前(正確には国会裏手)の歩道に移動しました。ここにはいろいろな請願や運動の人々が陣取っているのですが、その中に右翼の一団がいるのが見えました。小沢糾弾とか、外国人参政権がどーたら見えるので、「在特会」かと身構えましたが、そうではなく、普通の右翼である「草莽崛起」の人たちでした。私たちの一団はその間を通っていきましたが、ごく普通にビラとかいただきました。「顔は写さないようにしますので、写真撮ってもいいですか?」と尋ねると、「どうぞ、ご自由に撮ってください」と言われました。それがこの写真ね。まあ、お互いにこれが当たり前で普通の対応だよね。「在特会」がいかに特殊でめちゃくちゃな集団なのか、あらためてよくわかりますよ。

 その右翼の一団とは路地ひとつはさんだところに「改憲阻止の会」のみなさんがいました。さらにその向こうには「9条連」のみなさんがおられ、沖縄の人たちはその間にはいります。「9条連」の方々は独自に行動されておられたようですが、それが終わると、ほとんどの方々は、みんなで沖縄の人々の官邸前行動に合流しておられました。シュプレヒコールをあげたり、マイクを開放していろいろな方の発言をうけたり、知花昌一さんによる三線(さんしん)の弾き語りなどが続きましたが、このあたりが一番ぼーっとしていて、あまり頭に残っていません。

知花昌一さんの三線(さんしん)弾き語り なかでも「伊達判決を生かす会」の方の発言は、政権交代の一つの肯定的な側面なんでしょうが、最近になって公開された、安保改訂や沖縄返還当事の機密文書の分析を通じたお話で、重要な点がいくつもあったと思います。もし、当事にこれらの事実が明るみに出ていれば、きっと大騒ぎになっていたろうなと思ったことだけは覚えています。また、「外務省機密漏洩事件」で不当弾圧された西山さんが勝訴したという一報が届き、傍聴されていた方からの報告もありましたが、これもはっきり内容に集中できなかったです。

 横田基地周辺の住民の方の、騒音のお話はリアルでした。50センチくらいのテーブルをはさんで座っている人の会話が全く聞こえないとか、毎日聞いているヘリの音に異音がするなと思ったら墜落事故があった、それ以来、同じような音(年に数回あるらしい)がすると、家から飛び出るようになったとか、なるほど騒音などの被害は、実際に住んでいる人から聞かないとわからないものだと思いました。同時に、普天間市民はいったいどんな状況に叩き込まれ続けているのか、その思いと怒りが想像できました。

宜野湾市長の伊波洋一さん あと、時期が時期だけに、ほかにも沖縄の県会議員さんなどが東京に来ておられ、官邸前行動のことを聞いて何人もの方が挨拶をされていかれました。ですがまことに失礼ながら、はっきりとお名前を覚えているのは宜野湾市長の伊波洋一さん(写真)だけです。伊波さんは、「米軍はすでに沖縄の戦力をグァムなどに移すことを前提に行動している」ことを暴露され、そのことを証明する資料などを市のHPにアップされておられます。では今沖縄にいる米軍は何をしているかと言うと、アジア各国で軍事同盟を結んでいる国々と、年に一回ずつ恒例で行う演習への派遣要員、つまり「運動会部隊」であると。しかも常に基地の定員の半数は実際には不在という状態で、「防衛」のための実戦部隊なんか、沖縄にはいないんだというお話でした(と思う)。

 途中で官邸前記者クラブの食堂でカレーを食べました。とにかく関西と違って、東京はいくら歩いても食べ物屋さんが一軒も見つからないので辟易します。しかもやっと見つけてもすごく高い!官庁街やビジネス街の人たちはいったいどうしているんだろうか?どうりで東京の人は食べ物屋に行列することをなんとも思わないわけだ。大阪だったら暴動がおきまっせ。この点だけに限定すれば、関西(特に大阪)のほうが断然恵まれていると断言できます。まあ、そんなのは余談ですね(笑)。

 夕刻になりますと、再度、道路をはさんで官邸の正面に移動し、シュプレヒコールとアピールが続きます。安里英子さんは、「鳩山さん、あなたは(野党時代に)何度も沖縄にきてくださって、私たちと対話していただいたではないですか、なのに一番大切な正念場で何をふらついているのか」と訴えられました。知花盛康さんは、「米軍による少女暴行事件が発覚した時、私たち沖縄は4万の人々が抗議集会に結集した。あの時の怒りは米軍に向けられていた。25日には10万の人が集まるだろう。だが、その怒りは鳩山さん、今度は日本政府に向けられているのです」と訴えました。まさしく選挙前は民衆の「チェンジ!」への願いを受けて政権の座につきながら、いまさらその民意を切り捨てて居直ることは許されないと思います。

 知花昌一さんは、80年代には沖縄国体での日の丸焼き捨て事件で弾圧を受け、そのことで話題になった反戦地主のお一人ですが、「その私でさえ、その前には日の丸を打ち振って本土への復帰を目指していたのだ」とおっしゃられました。復帰前の沖縄は、アメリカの憲法も日本の憲法も適用されない、そんな無権利状態の中でアメリカの軍隊に踏みにじられてきたと、だから平和憲法の日本への復帰は沖縄の人々みんなの悲願であり、それは「解放」そのものだったのです。

ウチナンチュ官邸前行動5 「だけど実際にはどうだったか、復帰しても基地は今まで通りで何も変わらない。やっと基地の縮小が実現されたと思ったら、それは縮小ではなくて単に新しくて豪華な施設への移転だった」「もう我慢の限界だ」「もし県内や徳之島などへの移転で終わるなら、その時は体を張って何が何でも阻止する、そういうことを沖縄では誰もが言うようになった」「本当に問題が解決することを心から望んでいる。解決できないのなら、沖縄の人々はコザ暴動のような闘いをもっても対抗するだろう」と結ばれました。

 沖縄ではこの25日、県内からの基地撤去を求める沖縄県民大会が開かれます。政治党派で言うなら自民党から共産党までの県議会全会派が結集し、おそらく10万人規模の大会になると見込まれています。翌週には100人規模の県民大会代表団が、鳩山政権への申し入れ陳情にやってきます。国会前での代表団座り込みが27日に予定されています。圧倒的な人々で国会前を埋め尽くしましょう!鳩山政権の思惑を押しとどめるだけでなく、押し返し、そしてもはや鳩山内閣を倒してでも、普天間基地の撤去を勝ち取ろう!

コメント

  1.  こんにちは。
    はてなブックマーク見ていたら、
    http://bund.jp/md/wordpress/?p=2309
    が上がっていたので、何があったのかなあ、と思ってしましました。

     さて、本題です。
    『地政学的な位置』という言い方が、侵略的であることを表しているといったふうに読めましたが、自分の知る限り、地政学と言うものは侵略・防衛を問わず適用できるものであると思います。
    何しろ、侵略側にとって重要な拠点は防衛側にとっても重要ですからね。

    >>もう米軍は「地政学」なんて考えなくても、地球上のどこにでも宅配便のように軍隊を派遣・展開できる
     と言っておられますが、軍隊というのは最前線の手前に根拠地が無ければ戦えません。幾ら軍隊をデリバリーできたとしても、到着した土地に軍を置いておくスペースが無ければ補給ができないからです。

     自分は沖縄の反基地運動に賛成も反対もできません。
    何故なら、反基地運動、つまり自分たちの生活を護ることは誰にも存在する権利であると思うからです。
    しかし、沖縄から軍事基地を撤去すれば、軍事バランスが崩壊し、軍事的最前線が台湾から沖縄に移動するという結果になる可能性も大いにあります。
    そうなれば、戦争防止の歯止めがまた一本抜け落ちます。

     さて、正直言いますと、沖縄の基地問題を解決するのは日本政府には不可能であると考えます。何故なら、どういう形に落ち着けようとしても『最前線の後背地』であるという根本を解決しない限り、最終的には沖縄にしわ寄せが来るからです。
    最前線を移動させると言うことは
    ・台湾の向こうに緩衝国を作る
    ・沖縄を含む西日本を中国の勢力圏に置く
    ……ということになるのかなぁ?

  1. 2010年 4月 26日
    トラックバック:みんななかよく
  2. 2010年 5月 10日
    トラックバック:村野瀬玲奈の秘書課広報室

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