反差別

「障害者」は同じとか違うとかの話-私がであった人たち

前のエントリーに対する三浦小太郎さんのコメントにレスを書いていましたら、長くなっちゃいましたので、例によってエントリーとしてスピンオフいたします。できるだけ先に前のエントリーと三浦さんのコメントに目を通してからお読みください)

映画「何色の世界?」より

映画「何色の世界?」より

<以下本文>

 三浦さんの視点も一つの切り口として、書いておられることに異議はありません。というか、新左翼系はむしろ「障害者」と健常者を社会的に「違うもの」として、対立的に論理を構成することが多かったくらいではないかな。私はそれも間違っているとは思わないです。その上で、また違う切り口というか、私の狭い体験で語れば「違う」も「同じ」もどちらもその通りだと思うのです。そのあたりの理屈はあんまり深く考えていないのです。重要な論点だとは思っていないというか。自然体で考えればいいじゃんというか。

 これは適切なたとえであるかどうかは迷いますが、男と女だってもちろん違う。違うんだけど同じ人間であることは変わりないでしょうという。「同じ」を強調しすぎると欺瞞になるし、「違う」を強調すると差別を正当化することになる。そのことは三浦さんもわかって書いておられるんだろうと思う。でも、実際には「同じ」→「同じなはずなのに××」という側面から考えたほうが現状では正しい結論になることが多いと思います。

 つまり基本的に、人種、性別、国籍、門地、など本人に責任のない事実で生存権保障やその他の事項で不利益な扱いをするのは差別であるというのが原則だと思う。だから私に対するのと全く同じに扱われた結果として「障害者」年金や生活保護などは支払われるのだと理解しています。まあここまでくると、「違う」も「同じ」も論理の入り口にすぎず、どちらから入っても同じ結論を導けそうですが、今回はそのあたりの論理とか理屈の話はまあいいです。ここはそういうことを語るブログではありませんしね。

◆学生時代における出会い

 狭い個人体験であまりわかったようなことを書くのが嫌なので言わなかったけれど、先のイブン・ハキームさんのコメントに対するレスで書いたのは「障害者」とのおつきあいの中で実際に思ったことです。
 私がいた一つ目の大学には福祉系の学部があった関係で、全学生の1割が「障害者」だった。キャンパスに「障害者」がたくさんいたし、その他に福祉系のサークルなどもたくさんあり、養護学校の子供たち(主に知的「障害者」)とか、大学とは関係のない子供たちや若者も含めて、常時大勢の「障害者」やボランティアが当たり前に出入りしていました。常に視界にあるといっていい状態。そうなるともう、同じも違うもくそもない、学内外を含めてもうそれが日常生活なんですね。違うけど同じ、同じだけど違う。ごく自然なんです。

 わかったようなことを書きたくないという意味は、これは大学という閉じられた空間の中でのことであって、生活上も施設は最新式のバリアフリー。手話通訳者をはじめとして、周りにいる人は全部ボランティアみたいなもの。そしてここにいるのは、まだ大学に行ける程度には比較的恵まれた部類の「障害者」だったということです。一歩社会に出れば、その諸関係の中でまた違う現実がある。私はそれを充分に知らないわけですが、トイレにさえ簡単にはいけないわけです。大学進学なんて夢のまた夢みたいな生活をしている「障害者」だっている。

 もちろんそういう社会的なことを考えたり訴えたりしている人もいましたが、そういうのは左翼系が多くて、まあ、そのへんが左翼系の果たしてきた(もしくは果たすべき)社会的な役割かなと思っています。三浦さんには申し訳ない(のか?)し、今はどうかは知らないんですが、こういう時に右派の人って社会問題として考えることができず、「恵まれない人に愛の手を」とか権利の実現ではなく「施し」みたいなことしか言えない人が、当事は多かったかな。それじゃ「障害者」はうつむいて生きるしかなく、前をむいて自分の人生を生きようとすると叩かれるようになってしまう。

 しかし考えてみれば、あらゆる施設がバリアフリーで、そのへんを歩いている人がみんな当然にボランティアみたいに手を差し伸べて、差別的な言動は非常識あつかいされるのが当たり前。それくらい、みんながやろうと思えば今すぐにできる程度のことばかりですよね。そういう場所って、きっと「障害者」に限らず誰にとっても居心地のいい社会だと思うのですがねえ。どちらにせよ、あれはあれで貴重な経験だったと思います。

 余談になるけれど、この頃の思い出は、同級生の聴覚「障害者」の女性と、やっと一回だけデートにこぎつけて映画(字幕付の洋画)を見に行ったこと。結局ふられたけど(泣)。その時には活動家でしたが、他のみんなには内緒でデートにいった。それともばれてましたかね?数年後に労働者になってから「オルグです」とか言って、実際には情宣さぼってデートしてたことは、2ちゃんねる掲示板で「ばれてたよ、草加さん」とか言われて、ありゃまあと思ったけど(笑

 あと、「障害者」の人もボランティアに出かけたりするわけですが、学童保育の子供たちの面倒をみるボランティアとかで、行った先の子供たちが、初めて見る「障害者」にけっこう差別的なことをあっけらかんと言ったりするんです。私だったら怒ったり、大真面目に説教したりすると思うのですが、「障害者」の人は怒るんではなくて、「つっこみ」をいれるんですね。まあ、これは関西特有なのかもしれんけど。んで、そのうち最後は仲良くなる。友達になるともう(少なくとも意識的なレベルの)差別なんてできない。まじめな話をするとすればそれから。

 んで、差別的なことを言わないだけで、私も精神構造はやっぱりこの子供たちと同じだったんですね。

「違う!どう接したらいいんだ?」⇒「なんだ同じやん」⇒「やっぱり違う」⇒「けど同じなんだ」という経過。

 そのあたりは何と言うかなー。つまり中身は自分と同じなんだけど、条件が違う。自分がそういう条件になったら、あるいはそういう条件で育ったら、どう思って何を考え、どういう行動をとったかなということだと思う。そこでは想像だけじゃなくて、身近に接しないとわからないところがあるとは思いますが。でも、そう考えると、「障害は個性である」というのは、それだけ聞いてもなかなか真意が伝わらないかもしれませんが、多用されているだけのことはある、わりと上手な表現だと思うのです。

◆社会人になってからの出会い

 その次に出会ったのは会社でのおつきあいでね。途中から大勢の「障害者」の人たちと一緒に働くようになった。主に現業部門におられたのだけど、最初は会社が補助金狙いで雇ったのです。ですがそのうちにつきあいも深まって、つてを通して徐々に人数も増えていった。知的「障害者」の人も数人おられました。ここで出会った「障害者」は、大学で出会った人たちはとは全然違うのね。社会人と学生の違いということなんだろうけど。一番仲良くなったのは、知的「障害者」の18歳の男の子と、下半身不随の車椅子のおっさん。

 この車椅子のおっさんはキャバクラ大好きのあきれるドスケベでした。補助金とかも「くれるちゅーもんはもろといたらええねん」の一言で特に何も気にしてませんでしたし、私はそれくらいでちょうどいいと思いますよ。ただし、このおっさんの場合は福祉制度を悪用しようとして逆に補助金を止められてた。それはやりすぎ(笑)。けどめっちゃ明るくて、私なんかよりはるかに行動的で、車椅子用の自動車に大人用紙おむつを積んで、週に一回ペースでキャバクラに出かける。普段は意外と常識人で職場でも好かれてた。私もよく一緒に飲みにいき、女の子の話とか聞かされた。起業を考えているとか言ってたけど、今どうしているかなー。

 反対に知的「障害者」の男の子のほうは、おっさんとは逆の性格で、まじめで誠実なんだけど、ちょっと暗いといっていいくらいでした。よく一緒に話しながら仕事をしましたが、自分の「障害」にコンプレックスを持っていて、そのことが見ていて辛かった。人と「違う」ところがあることを、そんなに気にやんでうつむく必要はないんじゃないかと、左翼的な発想とは関係なくごく普通にそう思った。おっさんの陽気さと開き直りを少しわけてやりたかった。だから私はやっぱり、理屈ではなくて、素直な気持ちとして「障害」という言葉には「」をつけます。他に言い方はないのかなと。

 まあ、当たり前のことで言うまでもないから三浦さんも言っておられないんですが、「障害者プロレス」や「障害者パンクバンド」も含めて、いろんな人がいます。その親や家族もね。貧乏人も金持ちも、スケベも紳士も、左翼も右翼もみんないる。それは在日と言った場合も同じ。それ以外の人とは違うんだけど同じ。同じなんだけど違う。

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◆運動や活動では未経験なんだよね

 活動家当事のメンバーの中にも「障害者」の人はいましたけれど、当事の私たちの運動は「障害者」戦線を作れていませんでしたから、それは「障害者」としてつきあったのではなく、ごく普通にメンバーとして居たという感じでした。もちろん具体的な条件を考慮するのは当然としても、日常の活動の中で特別なものは(こちら側からは)何も感じませんでした。記憶ちがいでなければ、確か三里塚の援農にも入っておられたと思う。それをあーた、「あいつらは同情をひくために障害者にヘルメットをかぶせて駆り出している」とか言われたら、そりゃ「障害者」本人でなくても怒りは爆発しますよ。当然でしょう。

 ですから、私は本当の意味では、左翼とか運動の世界で「障害者」とおつきあいしたことはないのです。そこにはまた、私の知らない世界がいろいろあるのでしょう。かろうじて遠くから眺めたのは党派主導のものが多く、それ以外には、アグネス・チャン的な世界のボランティア(共産党の「発達保障論」なんかもここに含まれるかな?)とか、自治体主導のもの。そこにおける理屈というか、理論的なものも学習したはずなのですが、20年以上たった今ではさっぱり思い出せない。さきほど当事の文献をペラペラとめくってみますと、アンダーラインとかびっしりと引かれていて、かなり読み込んだはずなんですが、その論文を読んだことすら覚えていない。

 けれど、在日朝鮮人とのおつきあいもそうだったんですが、左翼とか運動とかとは全く関係のないところで、全くそういうのとは関係のない人々と、ごく普通の生活の中でおつきあいがはじまった。それは自分個人にとってはいいことだったかな、かえって回り道をしないですんだかな、そんなふうに思っているのです。イブン・ハキームさんの投稿では「室岡さんという人も『障害者』と一緒に活動すれば分かるのではないかな?」と書いておられますが、私もそう思う。

 そういうことは左翼に限らず、たとえばネトウヨさんの描き出す「在日」にしても、語れば語るほどにどんどん現実とはかけ離れ、まるでバケモノみたいな空想の産物になっていますが、理屈から入って、それを補強するような文章しか読まず、さらにそこから逆算して(偏見をもって)しか現実をみない、あるいはそれにあうようなニュースとかばかり集めているから、最後はとうとうこういうぶっとんだ結論になるんだろうなと。若いうちにはありがちなことですが、それを扇動している大人の罪は重いですよね。


<番外>

 あまりにも軽すぎて、「障害者」の問題と同列に論じるのも気が引けるのですが、かえって身近でわかりやすいこともあるかと思うので、想像力トレーニングの一例として書きますが、私は左ききでしてね。これって今ではさほど問題にならないけど、大昔は子供のうちに「治す=右ききに矯正(強制)する」のが当然とされていまして、私が生まれた頃がちょうどその端境期だった。だから中学生くらいまでは、「うーん、治したほうがいいね」と、まるで劣っているかのように言う大人が多くて子供心にうつむいてしまった。あるいは「治す」のが嫌というのは「自己責任」であって、右ききの人にあわせるのが当然でしょ、右ききに迷惑かけんなよなとか。

 だったらあんた、一日だけでいいから、右手(=利き手)を使わずに生活してみろよと。まず、食事や筆記の時に左手やるのは当然として、駅の自動改札、自動販売機にコインを入れる時、ドアや冷蔵庫を開ける時、ごく自然に右手が出る場面で、全部左でやってみろと。その上でもう一回同じことを人に(ましてや小さい子供に)強制できますかと。いろいろ本物の「障害体験」とかあるわけだけど、そういうのは大掛かりだったりするわけで、(左ききは「障害」ではないけれど)これは簡単にできるので、是非一度やってみてください。たかがそれくらいのことでも、全くそういうことを考えたことのない人には、それなりに思うことがあるかなと思います。

コメント

    • 三浦小太郎
    • 2010年 3月 14日

    これは難しいだろうなあ

    「反対に知的「障害者」の男の子のほうは、おっさんとは逆の性格で、まじめで誠実なんだけど、ちょっと暗いといっていいくらいでした。よく一緒に話しながら仕事をしましたが、自分の「障害」にコンプレックスを持っていて、そのことが見ていて辛かった。人と「違う」ところがあることを、そんなに気にやんでうつむく必要はないんじゃないかと、左翼的な発想とは関係なくごく普通にそう思った。」

    これは、社会の価値観が相当変わらないと、かつ、経済的にも支えるシステムができないと難しいだろうなあ・・

    いい比較じゃない家かも知れませんが、知人で、精神科に通っている人がいるんです。ちょっと、余り働ける状態じゃない。コンプレックスもって欲しくないけど、持たざるを得ない状態に追い込まれてしまうからね・・

    私は基本的に、世の中には、労働や建設的な作業に向いている人もいれば、極論を言うと、「世捨て人」「隠者」というかね、余り目に見える形で世の中の役には立たないが、世の中の片隅で静かに生きるのに向いている人、もっといえば、極端な例は宗教者とか、この世の価値観と交わらずに生きていく人もいて、そういう人もバリバリ働く人も価値はかわらんというか、後者のような人が全くいない世の中というのは基本的に貧しい世界だと思う。私のようにどっちもできない人間というのが一番困るが。

    ま、これはレスというか、わざわざ私如きの投稿にわざわざ別のスレッドで答えてくださった草加さんに、お礼の意も込めて書きました。単なる雑談です。

    あと、ちょっと建設的(?)提言ですが、かねてから私は、小学生か中学生の時に、学校で、一度は車椅子で1日とか、午前中だけ過ごすという体験をさせたらいいと思う。私も遊びのつもりで乗ってみたら世界が違って見えたからね。百の説教より一日の体験。ま,怪我とかしたら大問題になっちゃうのかなあ。

  1. 三浦さん>

    >怪我とかしたら大問題になっちゃうのかなあ。

    あれ?これって関西のローカルニュースで導入している小学校の話題とかやっていたけどなあ。てっきり全国的にも珍しくないことだと思っていましたが、そんなに大変で難しいことなんだろうか?
    まあ、指導員がちゃんとついて体験プログラムに従ってやらないと、怪我が云々というより、単に車椅子をおもちゃにされてしまうような気がしないでもない。

    確かに、そういう「特別な事例」ではなく、全国の児童に短時間でもいいから小学生のうちに体験させるのはいいですね。テレビでも校舎内だけで短時間でしたが、プログラムに従ってやれば、それなりにわかることや気がつくことはあるみたいです。

    この車椅子体験授業の話は、なんだか一時はやったのか、よく聞きましたが、そういえば最近は耳にしませんね。エントリ本文で書いた大学の学園祭では恒例でしたが。

    あと、これもご存知でしょうけど、体のあちこちに計算した重りをつけたり、見えにくくなる目がねをかけたり、掴みにくくなる手袋をはめたりする「高齢者体験プログラム」が何度か報道されていました。若い人が、みるみるおじいさんそっくりの歩き方や目つきになっていく。それで切符を買って電車に乗ってみたりするという。それではじめて老人の行動やみぶりの意味がわかったとか、これからはおじいちゃんが切符を買うのにもたついてもイライラしなくなったとか。

    若い人の中には「いずれ自分もこうなるのか」とショックを受けて泣き出す人もたまにいるそうですが。

    • 三浦小太郎
    • 2010年 3月 20日

    ああそうか、私が考え付くようなことは誰しも考えるのだな(笑)。既に実践されているのですね。いや、たとえ遊びでもいい、車椅子に乗ることは意味がある。スロープがないという事がどういうことか、缶ジュースがどんなに買いにくいか、それをわかるだけでも意味があると思いますよ。

    デーモン小暮がステージで足を折って車椅子生活をしていたときの体験から「高いスツールのカフェバー(死語?)は、車椅子の人間は店に来るなといっているようなものだ」という趣旨のことを書いていたが、なるほどと思ったことがある。

    さて、まあこのサイトでも紹介はされていると思いますが、宣伝で悪いけどこういうイベントがあります。

    上映会『9.11-8.15 日本心中』 針生一郎氏・大浦信行監督を迎えて

    日時 2010年3月27日 (土)

    時間 16:00~19:00

    場所 BABACHOPシアター 新宿区下落合1-7-11栄新ビル1F TEL070-5022-2307宮田
        高田馬場駅徒歩5分
        http://www.babachop.net/theater/map.html
     
    チケット 1,500円(ワンドリンク付)
    ※50名様(チケットをお申し込みください)

    ※上映終了後お二人を囲んで交流の場を設けます。(実費)

    お申し込み・お問い合わせ TEL・FAX 048-462-7306 塚原曄子

    上記のような上映会があります
    私は行けませんが、知人が関わっておりまして、正直現状では参加者が大分少ないらしい。
    知人が言うには、針生氏がこうして公的な場で喋る機会もそう多くはないでしょうし、是非お時間のある方、興味のある方はご参加ください。
    私とは正反対の思想的立場のイベントなので、皆様、ご安心の上ご参加を。

  2. 三浦さん>

    申し訳ございません。上記の投稿がスパムコメントとしてはじかれて(保留になって)いました。

    wordpressのスパム対策は非常に性能がいいので、あまりこういうこともなく、「なんでわかるんだ」と思うくらいに普通の投稿とスパムを識別してくれていましたので、安心して最近はほとんど確認していませんでした。

    どうも同じ内容のものを何度も書き直して投稿していただいていたみたいで、本当に申し訳ありません。これに懲りずにまたよろしくお願い申し上げます。

    なお、三浦さんに限らずですが、本文中にURLが4つ以上ありますと、保留ではなくて拒否されてしまい、後から管理者が承認し直すこともできませんのでご注意ください。

    • 三浦小太郎
    • 2010年 3月 28日

    いやパソコンではよくあること。理由も判らんけど・・

    映画「クロッシング」の3月26日試写会には約570名が参加。中々盛り上がった。しかしこれで公開してヒットするとは限らんのが恐ろしい所ですが・・

    4月15日、阿佐ヶ谷ロフトで、私、野口孝行(北朝鮮難民救援基金メンバー、脱北者救援中に中国で逮捕され8ヶ月の刑を受ける)高英起(RENK事務局長)司会佐藤悟志で夜トークライブやります。私はこの映画のことを中心に喋ろうと思う。ま、これまたついでに宣伝。夜遅くまでだらだらやりそうなんで気が向いた方はどうぞ。

    あ、それと、確か元アイドルの西村知美(だったと思うが)が「おごってジャンケン隊」というインタビュー漫画で、手話を学んでいるけど、映画館とかで喋っちゃいけない場では旦那と手話で会話する、手話を学ぶこともボランテイア活動だけに限定して堅苦しく考えなくていい、もっと自由に使うことで、学びやすい雰囲気を作ったらどうか、とかそういう意味のことを言っていたと思う。中々賢いこと言うなーと感心した事があります。

    日本のアイドルやスターとかも売名といわれようがなんだろうがもっと寄付とかチャリテイとか社会貢献とか、彼らにしかできない形でやったらいいんだよな。女優としては全然好きになれんが(特にミスター&ミセス・スミス。予告編が異様に面白かったので観にいってがっくりきた)アンジェリーナ・ジョリーとかやってることはたいしたもんだと思うし。夫のブラッド・ビットも含め、全然善人じゃなさそうな人がやっている所がまたいい。

  3. 三浦さん>

    そう、手話って「便利」な場面もある。視覚だけで会話ができるから、離れた場所にいる人とも、大声だして周囲の人に聞かれながらではなく、目の前にいるのと同じように会話できる。外国語での会話みたいに、二人だけでこっそり会話したりとか。逆に手話のわかる人だったら、遠くからでも「盗み聞き」されてしまうが、一応、他人の手話を勝手に見るのはエチケット違反とされているそうです。

    私は手話をちゃんと学んだことは一度もありませんが、最低限の指文字だけはおぼえていましたので、講義中とか離れた席の人とそれで簡単な「会話」してました。モールス信号や手旗信号みたいなものです。「これって集会場とかでも使えるんじゃない?」とか言ってましたねえ。さっきやってみたら、一番最初の「あいうえお」以外は全部忘れていました。もう一回おぼえなおしてみるかな。手話を本格的にマスターするのは大変だと思っている方でも、指文字だけなら一日で覚えられるので、これだけでも知っておくといいと思いますよ。

    >日本のアイドルやスターとかも売名といわれようがなんだろうがもっと寄付とか
    >チャリテイとか社会貢献とか、彼らにしかできない形でやったらいいんだよな。

    日本って、不思議なことに、そういうのかなり「さりげなく」とか「自然体で」というイメージを作ってやらないと、大上段に本格的な「ボランティア」に取り組むことが、かえって叩かれたり反感くらう風潮ってありますよね。アグネス・チャンさんとか見てるとそう思う。大物演歌歌手とかがボランティアじゃなくて「慈善事業」みたいなイメージでやるぶんにはいいんだけど。

    おそらく欧米のスターは「セレブ」なんだけど、日本の場合は「等身大のアイドル」だから、気をつけないと戦略的にはマイナスイメージになることもあるのかもしれません。それと、ボランティアが普通のこととして定着していない。そういうことをするのは普通じゃなくてちょっと「偉い」みたいな風潮があって、アイドルはアイドルなりの立場で普通にやっているというよりも、ちょっと上から目線で説教されたような不快さを感じてしまうんじゃないかな。

    だから大物がやる慈善事業は「偉いわねえ」ですまされるし、若いアイドルでも「素人目線でちょこっと」やるぶんには微笑ましく受け取ってもらえる(それもやっと最近の話)し、あるいはパンクロック系の「不良」イメージのアイドルなら「本当はいい人」路線で許される。けど、アグネス・チャンさんみたいに「いかにも」な人が、「ボランティアなんて普通のことです」というスタンスで本格的に取り組んだ場合には、反感をもつ人もまだまだいる。とにかく良くも悪くも「等身大」でなきゃいかんのでしょう。

    アメリカならキューバとかレーガン政権当事のニカラグアとか、時の政権と対立している国にも、気にせず普通にどんどんボランティアに行ってるみたいだし、ニカラグアでレーガンが支援していた反共ゲリラに射殺された農業ボランティアのアメリカ人もいたはず。そういう人々は尊敬されこそすれ、非難されているとは聞いたことがない。それにひきかえ、日本のイラクボランティアへの態度とはと思ってしまう。

    あと、アメリカみたいなストレートで明るい「資本主義礼賛」の文化がない日本では、比較的に進歩的な人だとかえって「○○に愛の手を」式の言い方に乗り切れないところがあって、ボランティア文化を育てるべき位置の人々がそれをしてこなかった。もっと左な人は社会運動や戦線として自分たちなりに取り組んできたわけで、もちろんそういう視点が必要だと私も思う。けど、その反面、アグネス・チャンさん的な善意に対して、必要以上に冷たく接してきたのかなと。これは左派からする反省点。

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