選挙と議会

総選挙の朝に思うこと ー 大人の責任

(昨日のエントリ「総選挙の前日に思うこと」の続きです。そちらを先にお読みください)

日本の右翼化を危惧する「Time」誌の表紙◆父親世代が逃げるわけにもいかないよなあ

 そういう危機的な状況が迫る中、マイミクでもあるプレカリアートさんが「事態はもう日本脱出を考えなければならない所まで来ている」と、もちろん最後まで最善を尽くすことを前提にしつつ、具体的な計画を練りはじめたことをブログで書いておられる(→ガラパゴス日本脱出計画(1)(2))。

 多くの日本人がこれを読んで、むしろ「何を大げさなこと言ってんの」くらいにしか思わないかもしれない。だが、私はプレカリアートさんの危機意識の鋭さにむしろ感心したくらいだ。想像してほしい。あなたがタイムマシンに乗って、ヒトラーや東条英機が政権についたその当日のドイツや日本に行ったとしたら?その当時、数年以内に逃げるか何か対策をたてなくてはと思っていたドイツ人や日本人はほとんどいなかったと思う。だが、歴史を知っているあなたは、逃げることにさほどの罪悪感を感じないはずだ。そしてまさに今日が「その日」かもしれないのだ。逃げられる人は逃げてもいいと思う。世界中のマスコミが日本が急激に国粋主義化してアジアの火種になるのではと注目している。当の日本人だけがのほほんとしているのだ。

 プレカリアートさんは、あの、自民党のトンデモ印の改憲案が、国民投票で信任された時点での脱出を考えておられるようだ。もちろんそうなる前に最善の努力はするわけだが、確かに反戦派市民が迫害から逃れるのであれば、その時点が最後のチャンスかもしれない。もう憲法の保護も自由も人権もないのだから。

 その後に実施されるであろう徴兵制については、私ら中高年が駆り出されるようになったらむしろ末期。一番に狩られるのは選挙権も与えられていないような若者たちで、「日本を守るため」などと騙されてイの一番に連れて行かれるだろう。その奴らの言う「日本」という記号が何を指しているのか、何を「守る」ために自分の命が紙くずのように消費されようとしているのか、彼ら若者がその中身に気がついた時にはすでにお陀仏して、一度も投票にいかないまま「靖国の檻」の中だろう。

 我が身や家族を守って逃げることは一つの選択で、真剣に考えないといけない時代が来ているとは思う。とりわけ自分の子供は逃がしたいだろう。だが、若者に対する大人の責任というのもある。そんな世の中にしてしまったのは私ら父親世代なのだ。今の子供たちには本当に申し訳ないと思う。
 だからもし、「非国民」「卑怯者」と友人や先生に罵られながら、それでも正義と信念のために耐え忍んで闘う若者が一人でもいるなら、それを見捨てて逃げるのはやはり良心が咎める。どこまでやせ我慢できるか正直言って自信はないけれど、可能なら最後までとどまって、明治憲法下の小林多喜二のように殺されようではないか。

◆情勢はそんなに悲観的か?

 だが実際、戦争勢力の市民社会への攻撃はプレカリアートさんの認識通りだとして、攻撃や侵食を受ける側の市民の社会的な力関係が、そこまで悲観的なのかはもうちょっと考えてみる余地があるだろう。

  徴兵制の実施までには改憲や法令の準備だけではなく、人的・物理的な受け入れ準備もある。さらにまだまだ世論の地ならしや、反対勢力の弾圧・一掃も絶対に不可欠だ。自民党の思惑通りに進んだとしても、完全実施までには10年かそれ以上はかかると思う。まだ闘う余地はある。そもそもたかだか過半数や6割弱程度の支持で、「世論が二分された状態」では戦争(軍事行動)なんてできないのだ。

 アメリカのイラク戦争を例にとれば、開戦時に7割以上の支持があったからできた。これが戦争遂行の最低ラインだと思う。7割と言えば、もう体感的には街を歩けば誰もが賛成しているくらいのイメージになる。なんせ残りの3割の中に、反対だけでなく「わからない」とか「答えない」とかいろいろ詰め込まれてしまうわけで、反対派の人の中にも「どちらかといえば」という人もいるわけだしね。

小選挙区制度のペテン 自民党の支持率は惨敗した前回よりも下がっている 単純比較はできないが、この戦争遂行の最低ラインに対して、現在の自民党の支持率はどうか。実は21パーセントしかなく、驚くべきことに大惨敗した前回の政権交代選挙の時(22%)よりも今回のほうが自民の支持率は下がっているのだ

 自民党の支持者が増えているというよりは、単に民主党の支持者が減っただけで、もちろん自民に返った部分もあるわけだが、多くはその他の乱立した小党に分散してしまった。そして、一人(一位)しか当選しない小選挙区制の中で、自民党だけが少ない支持率でも議席を独占してしまうという構図だ。あと、自民党以外の政党が反民主の受け皿として機能していないという面もあるだろう。この点は各政党の努力不足以外に、マスコミのミスリードもある。

 かつて小選挙区制は二大政党制を作ると言われた時期もあったが、どうも日本ではそうならず、参院選では過半数をとれない程度の支持率(概ね2~3割程度)しかない与党が300議席超という、ほとんど一党制に近い理不尽な状態になることを繰り返してきた。だからプレカリアートさん、民意を歪める小選挙区制のペテンに騙されてはいけませんよ

 「民主にはがっかり、自民はもうこりごり」というのが民意です。その自民の支持者だって、別に憲法のトンデモ改悪や徴兵制や原発の新規建設には反対している人のほうが多いはずなのだから、意外とその基盤は脆弱な部分もある。もし今回のような争点不明の雰囲気選挙ではなく、このような政策の是非が真正面から争点になっていたら、自民は公明とあわせても過半数をとれなかっただろう。かつて民主が300議席をもらいながら、民意に反する政策(辺野古新基地建設、原発再稼働)を進めようとしたことで行き詰まった経緯を忘れてはならない。民主党政権は裏切りゆえに私たち民衆に打倒されたのです。

 ついでに言うと、未来の党は公明と全国的な支持率で拮抗している。なのに自民と組む予定の公明だけが30議席をうかがい、未来は10議席そこそことマスコミは予測している。なんでそういう予想になるのか。ここまできたら「なんかおかしい」ではすまない。もう国会の勢力比と民意なんてなんの関係もないくらいの状態になってしまう。なぜ日本の小選挙区制だけ(?)でこんなことがおこるのだろう。あまりにも民意と違いすぎるのも度を越せば、選挙どころか議会に対する一般的な信頼自体が失せてしまうだろう。毎度毎度与党が300議席を占めてしまう一党制現象とあわせて、その原因は研究してみる必要があると思う。

◆3割以上の強固な反戦派の必要性

 それはさておき、だから戦争や徴兵制を阻止するためには、3割以上の明確な「反戦世論」をつくることがすごく重要だし、それは決して不可能でもなんでもない。そのためには、私たちで、来るべきというか、すでに反原発運動への大量逮捕に見られるように、「極右化した自民の圧勝」を見越した公安警察によって先行的に開始されている大弾圧に抗する(抗しきる!)ことで、「勝つ」というより「負けない」で存在し続けることに大きな意義がある。やがてそれは決定的な場面では中東のジャスミン革命のようなものにつながっていくだろう。「勝つ」ことより「負けない」こと、つまり即決を許さず「持久戦」に持ち込むことが私たちの大戦略だ。

 それは言うほどたやすいことではないし、一時的には「民意」に逆らうような局面もあるだろう。また、弾圧に抗するということの中には、「弾圧に動揺して運動を分断されない」ということも含まれるわけで、これが一番難しく、また、公安はそこを主要に狙ってくる。

 三里塚闘争でも、公安警察は支援にやってきた学生を徹底的に弾圧することにより、農民との分断を狙った。労働運動なんかでは、こうして最左派(だけ)を不当弾圧することにより、運動全体を揺さぶり、動揺した人たちから「あんな恐ろしい人たちと一緒にやれない」「過激派を切れ」みたいな流れを引き出して、運動全体を分断して潰してしまうことに成功していたからだ。

 その「恐ろしい人たち」にしても、多大の労力を割いて説得を行い、運動を分裂させずに責任を持つのではなく、「じゃあもういいよ!」とばかりにさっさと左分裂して飛び出した挙句に開き直ることが多かった。時にはそうして元の運動に残った部分を「粉砕」の対象として、その糾弾運動のほうに多大の労力を消費するような極端な例もあった。こうして多くの運動がまんまと潰され、混乱していったのだ。

 だが三里塚ではそうならず、むしろ学生が弾圧されればされるほど、「わしらのためにあんないい若者がひどい目にあわされて……」「なるほど権力というのはこういうもんなんだっぺ」という態度を闘争主体である農民がとることによって、かえって農民と外部の支援の絆と連帯が深まり、運動が急激に巨大化していった。これは大きな教訓だ。

 今、反原発闘争でも同じことが行われている参照)。不当逮捕者に対して、「そんな人たちと一緒にやるのは恐ろしい」とまんまと分断されて潰されるか、とりあえず考えの違いは置いてでも、とにもかくにも弾圧に対してだけは、運動にかかわっているすべての人が一致して弾劾できるか、そこがとても重要な点だ。「お巡りさんありがとう」なんて言っている場合ではないのだ。

 世界をみればわかるように、時の政権が、民衆の抵抗を“弾圧だけで”完全に平定しきることなどもはやできないのだ。超長期的に見れば、たとえカタツムリの歩みでも、やはり「正義は必ず勝つ」のであって、そういう意味とスパンで見れば、やはり私たち民衆は必勝不敗だと思う。そこに至るまでには多くの苦労があるだろう。もう21世紀の今日になってまで、多くの人の「尊い血」が流されるのなんて見たくないし、そうならないことを願うけれど、場合によっては小林多喜二や山本宣治や樺美智子のように、公安警察や右翼の凶刃に斃れる人も出てくるかもしれない。前に進むための捨石が必要なら、そうなれるだけの勇気を持ちたいものだと思う。

 大切なのは特定の党派の人にしか理解できないような内ゲバ的な内容を、まるでそれが大衆運動課題のごとくストレートに持ち込むことを厳しく排し、普遍的な民衆的正義に立脚して、強者や権力とこそ唯一闘い、そして目に見える形で存在し続けることだ。

 たとえば街宣右翼やネトウヨなどは自分では社会変革のために何もしていないくせに、他人の運動の足を引っ張って邪魔することでのみ自己の存在を確認できたかのような儚い幻を見、時にはそれを生業(なりわい)とさえしているわけだ。つまりそういうのと大して変わらない、もしくはその左右を裏返しただけにすぎないようなメンタリティーの持ち主は、本人の主観とはうらはらに権力やアメリカの番犬として使い捨てられる以外には、すべからく歴史の屑かごに直行するしかないということである。

 言い換えれば、何よりも恐るるべきは権力や弾圧ではなく、民衆の中での不毛な内輪もめであり、また、私たちの内部に、手段と目的をはきちがえ、「理想」の名のもとに非人道的なことも平気でできるような存在に成り果てる部分を生み出してしまうことである。そうなったら、正義の名のもとに滅ぼされるのは、他ならぬ私たち自身ということになってしまうし、そんな悲劇を私たちは歴史上にいくつも見ることができるだろう。とりわけ初期状態の時には、そこに弾圧が加わることによって混乱し、民衆から遊離し、耐えきれずに壊滅してしまう。つまり弾圧で潰されたのではなく、むしろ自壊していくということだ。そこさえ間違わなければ、私たちは不敗である。

 ということで投票に行ってきます。ε=┌(;・∀・)┘イッテミヨ!!

参考記事

自民党の西田昌司と片山さつきが、国民主権と基本的人権を否定してしまいました(Togetter)
自民党が公式に国民の基本的人権を否定し、さらに改憲案で日本国憲法第18条「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない」を削除してしまいました(Togetter)
【個人の尊重の否定】公民の先生が呆れかえる自民党改憲案の問題点の凄まじさ【立憲主義の否定】(Togetter)

自民党のトンデモ改憲原案はもはや「憲法」とは言えない この国にはまともな政党はないのか(BLOGOS)
驚き・桃の木・片山さつきの憲法解説 やはり安倍自民党は徴兵制を目論んでいる(BLOGOS)
日本国憲法と大日本帝国憲法条文比較(たむたむ)

「大日本帝国は民主国家だった」そうです(苦笑(ブログ旗旗)
天皇の「公的行為」に関する憲法論ノート(ブログ旗旗)
左翼運動のスターリン主義的歪曲を克服せよ(懐古的資料室)
現代ファシズム論序説(懐古的資料室)

原発のない未来のために、あなたはどの政党を選択しますか(首都圏反原発連合)
総選挙の世論調査から(どこからどこへ)

草加 耕助

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当サイト『旗旗』の管理人。建設現場などで働いています。10代からの数年間左翼活動してましたが、現在は特に何ということもない普通のおっさん。今は休みの日に集会などにぶらり参加。そこで知り合った人たちと個人参加者の互助会的にジグザグ会、三里塚勝手連などを名乗りゆるく楽しく連帯中。よろしければご一緒にいかが?。個人としての目線を大切にしていきます。

コメント

    • ヘイポ
    • 2012年 12月 16日

    久しぶりに投稿させて頂きます。

    小選挙区制を否定して大選挙区制等を採用する場合、死票が少なくなるのですが、反面議会での決定が難しくなります。
    国民のフラストレーションは更に高まる様な気がします。
    国民のフラストレーションの上昇は、ヒトラーの様なナチズムを誘発する可能性があると思うのです。
    ワイマール憲法は、ある意味素晴らしかったが、結局無残な結果しか残さなかった。

    そこで質問ですが、草加さんはナチズムを否定しているのですか?
    もしかして、多種多様な意思の反映と言う非常に難しい理想像を今の国家にぶつけて、決定できない国家に対して生じるフラストレーションを革命としてぶつけるおつもりでしょうか?
    そうであるならば戦略としてなら理解できますが、少なくとも国民はそんな事を望んでいないとおもいます。

    • つーか、ワイマールでなくても、小選挙区制でも、片山さんや安倍さんのような復古的ファシズムを鼓吹する人に、権力を持たせることを止められなかったわけで、今問題にして緊急に議論するべきは、ワイマールなんかよりそっちだと思うんですけどね。

      でもまあ、ヘイポさんの問題意識におつきあいしますと、こういう議論はいわば定石で論点も出揃っているわけで、中学や高校の公民、現社の授業でもやった記憶があります。こういうのはそれぞれの論者で、「こうくればこうかえす」的に議論もパターン化し、結論が出ないものです。でも気分を悪くしないでほしいのですが、誠に失礼ながらヘイポさんの論の立て方は少し古いパターンを踏襲していると感じました。ナチスやワイマールを持ち出して、政府は巨大な政党が単独過半数をもって一党で運営するべきだという前提が、もう20年くらい前の発想だと思います。

      だいたい現代世界の趨勢は、3党とか5党、場合によってはそれ以上の「連立政権」が普通になる流れにあります。別にそれで政府の機能が麻痺して何も決まらないということにはなっていません。それどころか長期的にみれば小選挙区制は世界的にはむしろ減少する傾向にあります。ヘイポさんは連立政権では国民のフラストレーションがたまるとおっしゃいますが、小選挙区制の本家であるイギリスでは、むしろいつまでも代わり映えのしない2大政党制に対するフラストレーションが国民の間でたまっており、その見直しが定期的に議論にのぼります。議会を牛耳る2大政党はなかなか見直しに応じる気配はないようですが、それでもいつかは本家イギリスでも、小選挙区制が廃止される日がくるでしょう。

      この流れの原因は、一つにはそれだけ社会がワイマールの昔よりはるかに複雑化し、一つや二つの政党ではそれを代表しきれないということ。二つ目には民主主義や立憲主義の成熟した社会では、特定の指導者や単独の政党が強権をもって国民を「指導」するよりも、様々な階層を代表する人々が対話によって国家を経営していくことのほうがスムーズな運営がはかれるし、またそれを可能とするくらいに国民国家が成熟してきたということです。そして超長期的には国家主権そのものが相対化していくと思うし、すでにその兆候は出てきています。

      だから選挙制度ひとつとっても、スタティックに「あれかこれか」で考えるのではなく、こういう大きな流れの中で、あるべき政治の方向性を見据えた上でダイナミックなものとして考えるべきだと思うんですよね。それは、まず第一にはやはり民意の正確な反映。そして第二には単なる理念ではなく、具体的な問題としてその国の議会制度において、顕著な欠点がある時にそれを補い、是正するという観点。この二つが大切になってくると思うんです。だから場合によっては民意として小選挙区にしてしまえみたいな国とか情勢とかもありうるとは思うんですよね。

      ですがたとえば日本について考えた場合、あまりに小党分立が進みすぎて、政府が著しく非効率になり、それが議員の怠惰や汚職の温床になっているとか、そういう現実がありますかね?もしくは戦後そういうことがありましたか?イタリアではそういう議論もあったようですが、あれはむしろ議員の質、すなわち政治倫理の問題が大きいでしょう。私は日本ではむしろ一党制の弊害のほうが大きいという認識ですね。確かに民主主義や立憲主義が日本でどれくらい成熟しているかと言えば、かなり心もとないのは事実です。しかしそれもまた一党制の弊害ではないでしょうか。しばらくの間でも、3党くらいが集まらないと衆院の過半数がとれない(内閣がつくれない)ような状況を、政治家や国民は体験したほうがいいと思うんです。

      小選挙区や大選挙区、比例代表制など、どれも一長一短があるにせよ、国政や地方選などで実際に採用している国があるわけで、絶対的に間違った制度とまでは言えない。最終的には各人の政治的な哲学によるところが大きいと思います。私はドイツのような小選挙区比例代表併用制がいいと思っているのですが、それとて欠点がないわけではないし、これ以外は許せない絶対的なものだとも思っていません。

      あと、これは傍論ですが、別にワイマールは選挙制度によって潰れたわけではありませんよ。社民党と軍部という水と油が、左翼革命を圧殺するために連合・妥協して出来上がった「革命の残骸」がワイマール共和国です。そこにもってきて国民の税金の多くが戦時賠償金として消えてしまうという危機的な状況の中で国家が運営されていたのです。まあ、正直、よほどの天才か未来予知のできるエスパーでない限り、誰がやってもうまくいかなかったと思いますよ。それにとって変わるべき左翼はこういう経緯からしばらくの間、何よりも反社民主義キャンペーンを優先し、その一方でファシズムについては全くノーマークで放置しているうちに、本来の支持者が離反して全部ファシズムにとられてしまったというような経緯です。ちょっと簡単に言いすぎたんで詳しい人からは異論が噴出しそうですが(汗)、雰囲気としてわかってくだされ。

  1. この場を借りまして、皆様、ずーっとレスをさぼってました。すんません。
    昔に遡ってレスとかメンテとかぼちぼちやっていきます。
    それとメールとかで「あれやって」とか「これ書いて」とかこの頃いただくようになりました。
    「自力更生」と「言いだしっぺがやる」というのが、左翼の古き良き伝統だと思います。
    当サイトではコメント欄、掲示板、ニュース投稿をはじめ、いろいろとオープンにしておりますので、自ら一石を投じるところからはじめられることをおすすめします。
    なお、他の利用者に迷惑をかける無責任発言防止の観点から、最小限の登録や承認制をお願いしておりますが、そこは昨今のネットの現状に鑑み、なにとぞご理解をお願い申し上げます。
    最後に、ものすごーーーーく勘違いされている方がおられますが、私にはなんの「影響力」もありませんので、そこはお間違いなく (・・*)ゞ

    • ヘイポ
    • 2012年 12月 17日

    こんなに書いてくださるなんて思ってもみなかったので、何か申しわけないです。
    ただ、
    ①議論が古いについては、余計なお世話です。私の原理原則です(笑)
    ②決められない政治について、世論は飽き飽きしていると感じるのですが、現状で一般市民は十分に政治機能が停滞していると感じていると思いますよ。
    橋下さんは、その是正の為に色々と行動していると思いますし、ある程度の議席数も確保しました。
    正しいかどうかは別として、世論はそんな感じだと思います。
    少なくとも、今の状態で民意を直接実現するような方針は、さらに政治決断の障害になるのは、理論的に当たり前だと思うのですが。
    こんな状況を継続するなんて、苦行でしか無いです。
    高度に複雑化した社会において、答えなんて一つじゃないし、正解なんてない事も多く、昔ほど事案は単純じゃない。
    それでも迅速に決めて行かなければならないし、それを決定するのが同じ人間である議員ですから。
    大小様々なメディアと言う嘘か真か恐ろしい第4勢力もありますし。政治家はうかうか出来ませんよ。
    実際、昔に比べて糞の役にも立たないクリーン政治家がゴミのように増えましたし。
    ③どんな選挙の方法をとっても、良くも悪くも人気者は選ばれるんですよ。ファシズムを鼓吹する人も、同じ被選挙人です。選挙制度を変えたところで政治家の質は変わらないし、政治倫理なんて政治家にとって議員裁量の足かせになる以外、飯のタネになりませんよ。
    ④ワイマールについては、草加さんの言われたとおりの辛い時代背景があったのは事実ですが、私見としては、無制限な完全比例代表制度による政策の不安定からくる国民の不満と、直接民主制採用が国家の歯止めとならなかったので、ナチズムに走ったという一般的な見解です。選挙制度の是非について、民意の単純な実現の弱点としてよくつかわれる代表例と思い、使わせて頂きました。
    以上ですが、何か水掛け論になりそうですね…でも、草加さんのおっしゃりたい事は良く分かりましたし、さすが左だなと感じました。
    これからも日記を見させて頂きますので、宜しくお願い致します。

  2. うん、だから(いろいろ突っ込みたいことは水掛け論になるので棚にあげて)整理しますと、ヘイポさんのあげた不の側面は、「すべて小選挙区の元でおこったということじゃないか!」というのが、私の言いたいことになるかと思います。小選挙区制はそれらを是正するための対策には全くならなかったばかりか、むしろそれを助長してきたのではないかと。そこんとこどうですかね?右とか左とかの理念ではなく現実として、これを打破するためにどんな制度がいいかということになると思うのですが、ヘイポさんがそこをどう考えておられるかわからないです。私はそういう観点から、むしろ小選挙区制は廃止されるべきかと思うわけで、別に「左としての理念」で言っているわけでもないのです。

    別の言い方をすれば、なぜか日本では、小選挙区制の欠点ばかりがあらわれて、利点とされるものは何一つ実現しなかったじゃないかということですね。むしろ導入前より悪くなってしまった気がします。「比例代表制はファシズムを招く」とおっしゃるが、日本では逆に、立憲主義や基本的人権を否定するような主張が全体の2割しか支持を得ていないのに、議席の7割を占めることが可能になった。つまり「小選挙区制はファシズムを招く」という実例として日本の例があげられる日がくるかもしれないということです。出勤前ですのでこんなところで。

    • ヘイポ
    • 2012年 12月 17日

    私の意見は、小選挙区制で生じる当たり前の公知の現象であって、特別に「負」であると感じていません。
    どの選挙制度も利点欠点があり、現行の選挙制度でさえ政策の不安定さに国民の憤りがある以上、これ以上民意を反映する選挙制度にする必要はないということです。
    それと、小選挙区制施行前と施行後で悪くなったという意見もあるかと思いますが、そもそも私みたいな若輩者の感覚では分かりません。理論的にも全く同意できないです。
    左として…の話は、「立憲主義や基本的人権を否定するような主張が全体の2割しか支持を得ていない」等、私はそうは思えないような事実の評価を踏まえて、選挙制度を論じられている言葉の一つ一つをみて評価しました。
    あと、高度に発達した、または更に発展する現代社会の民意の反映と政治の決断の両立は非常に困難であるという私の様な考え方と、草加さんの様な民意の反映に重点を置く考え方は、草加さんの方が左に寄ってると思いますが。直截的にいえば、理想論だと思っているという事です。
    小選挙区はファシズムを招くというのもわかりません。小選挙区制は政党にとって政権を取り易い反面、選挙によって与党としての地位を失う可能性も高いのですよ?
    こんな状況で、自民党に単独与党を形成された野党の力不足を恥じるべきだと思います。
    草加さんの心配も理解はできますが、感覚として全く賛同できません。少なくとも現行制度を変更すべき理由は見当たらないというのが私の印象です。

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