自然な正義感が出発点にならなければいけないと思う

「あ」さんへのレスに便乗して、普段から考えていることをこの機会に書いてしまおうシリーズの三部作、今回が最終回です。第一回はこちら第二回はこちらにあります。

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◆共闘関係の原則について

確かに、一つの党とは限らない。我が党だって「民主連合政権」って言ってますよ。んじゃ、実際に今の日本の現状で手をとる相手がいるか?
社民党は右転落。9条の会、新社会党の手先、綱領に我が党を批判する記述あり。これじゃあねぇ、って気もします。
我が党を批判しないのなら、手を組みますよ党は。しかし面と向かってうちの党に喧嘩売ってたり、ことあるたびに右転落する党を見ると・・・

 こういう文章を普通に書く「あ」さんの感覚からは、「え?!」と思われるんでしょうが、「わが党を批判している?だから何?なんで一緒にやれへんの?」と思います。

 私は大衆運動の目線で見ていますから、政党同士の合従連衡などについては、あんまり言うことはありません。それぞれの党の判断ですからね。基本は口出ししませんが、感想として言うならば、共産党は共闘実現の責任を、ちょっと相手にばっかり押し付けているような気がします。「共産党に対する批判を降ろせ、さもなくば一緒にやれない」って、どういうことよと思います。

 もう少し詳しく書いておきます。たとえば新左翼同士の共闘なんかだと、まあこれは昔の極端な例なんで一般化はできませんが、集会場ではお互いの発言に拍手と怒号が交差し、会場の周辺では、集会参加者同士があちこちで相手を批判する激しい討論を大声でしてたりとか。それでもいざデモに出る時にはお互いにスクラムを組んで、権力の前ではかばいあいながら共に闘う。そんなもんでしたけどね。私らに言わせれば「そういうのっていいよね」ってな感覚でしたね。ロシア革命とか、いろんな勝利した革命の高揚期には、それこそ国中がそういう討論の坩堝だったと思いますよ。「民衆がこぞってわが党を支持しはじめる」的な革命イメージを持っているんなら、それはちょっと違うと思う。

 そもそも「課題の一致」、「行動の統一」、「相互批判の自由の保障」、この3つが共闘の大原則でしょう。党内で執行部批判ができないとか、そんなのは内部の問題ですが、共産党は共闘相手にまで自党に対する批判を許さないんですけど、それっておかしくないですか?方法が打撃的な場合は「空気読め」って言うかその点を非難してもいいけれども、基本は共闘現場での批判に対しては、共闘現場でそれに反論すればいいことです。「けれども、この点では一致できるからそこでは共に闘おうよ」と言えばいい。それが共闘ってもんでしょ?それを否定して「わが党を批判しているから共闘できない」ってんなら、ありとあらゆる共闘なんでただの一つも成立しません。なんにも批判することがないなら党を統一するか、共産党に入党してしまえばいいだけの話ですよ。

 要するに本音の部分では、共産党の運動の作り方として、「思想信条は関係ありません。諸要求貫徹です」という路線で大衆を緩く包摂し、コツコツと自前の勢力を作ってきたから、自分がかかわるテリトリーの中で、自分に対する批判が普通に語られたりすることを許容できるような構造になっていないという理由につきる。つまりそういう相互に風通しよく議論が交わされるような場所に出たくないし、まして自分のテリトリーにそういう奴らを入れたくない。そういうことじゃないですか。けどもうそろそろ、そういう囲いの中の「共産党系」を増やすことばかりじゃなくて、自派系列の温かい部屋の中から、風に吹かれて打って出ればいいのにとも思います。排除と囲い込みと純化の「孤高」ばかりでは、もうこの先は頭打ちなんじゃないかなあ。

◆悪政をストップさせることが第一

 私はね、四面楚歌まではいかなくても、周りから冷たい目で見られるような関係の中でも、そこに自分たちから飛び込んだり、そこで自分たちなりに共闘の成功のために努力し、説得に努めたたなんて経験はいくらでもありますよ。そういう私から見たら、共産党の言い方はずいぶんと甘えた勝手なものに見えますね。

 つまり共産党が言っていることはね、「お前の党の路線や主張を変更せよ、さもなくば協力はできない」ということです。共闘集会の発言や実行委の会合で、新社会党が共産党の路線とか政策を攻撃しはじめたんなら、そりゃあさすがの私だって怒りますけれども、「あ」さんの説明だと、むしろそういうことをしているのは、共産党のほうに見えるんですけどね。まあ、まだ政党同士なら口を出すことではないかもしれませんが、たとえば市民運動家とかから見ればどうでしょう。自分が同じことをですね、自分の1万倍くらい大きな組織から言われたら、相手にどういう印象をもちますか?そういう「圧倒的な大組織」である共産党の態度が、ずっと小さな少数派から見てどんなふうに見えているか、それを考えたことがあるのでしょうか。あげくの果てに「反共勢力」呼ばわりとかされちゃうわけで、「共産党」という名前はそのレッテル貼りのためにだけ残しているのかと。

 何より言いたいのは、そういう大組織や政党の思惑とか都合の中で、地域の市民運動や大衆運動の人は翻弄されっぱなしになるということです。もう、「そんなことはどうでもいいいいいい!!!自民党と闘う気があるのかないのか!!」と机ひっくり返したくなりますよ。共産党と末永いおつきあいをするためには、現状では、結局はマスコミが言うところの「共産党系の市民団体」になるしかないんです。前のエントリーで「主流派政治」「横綱相撲」をお願いすると言ったのはそういうことなんですよ。

 京都では確か城陽市だったかな、保守系の反主流派と共闘して、市政を奪取したことがあったじゃないですか。それははっきり言ってあんまり評価できなかったけど、要は市民が第一、国民が第一、悪性をストップさせることが第一でしょ?それが回りまわって結果として共産党の評価につながっていくんですよ。だいたい常々共産党をさんざん批判している地方の保守派とさえ共闘できるのに、左翼内部では「わが党を批判しているから」共闘ができないなんてそんな馬鹿なことがあるものか!と思います。共産党を批判することと、共に闘うことは両立すると思うんですよね。そのあたりをちゃんと見定めてほしいなと。

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◆「在特会」へのカウンター行動について

> そして私が一番聞いてみたいと思ったことが一つあります。「在特会」に対抗するデモなんです。
> あれではたして在特会が人種差別をやめると思いますか?
> 党はあのことに関して黙殺してますね。赤旗毎日読んでますから分かります。私はその態度が正しいと思うんですよ。
> 連中にたいして何らかの行動を起こせば、それこそが「在特会」を利する行動なんですよ。
> それよりも一人ひとりと対話することが重点だと思うんですね。

 確かに共産党は全く沈黙してみごとに何もしていないですね(笑)。でも、それは共産党だけでなく、当初的には新左翼系も含めて党派の人間はどこも沈黙して目だった動きは何もなかったですよ。昨年の京都で初めてのカウンターデモがあったわけですが、あれはもうほとんど個人と、個人に近いちっちゃな市民・学生団体だけで組織したものでした。もちろん個人的に参加した組織所属の人もいたとは思いますが、基本的には保守派の人も含め、自覚のある個人が自主的に参加したものです。それだけであの人数はなかなかすごいと思いました。

 でも、朝鮮学校への襲撃事件以降、少し風向きが変わってきて、党派ではないけれども、その系列で運動していた人や団体も徐々に合流し、関西などでは「反ファシズム共同戦線」ができつつあります。今まですごく仲が悪くて絶対に同席しなかった人々まで、反ファッショの一点でひさびさに(または初めて)、各種の集会や催しで顔をあわせちゃうような場面もあったようです。こんな大衆的な課題は他にはないわけで、今のところそれが何かの形になるやらならないやら、全くわかりませんが、そういう意味ではまさに「在特会」様様です(笑)。ですが、それだって、それまでほとんど個人で声をあげ、努力してきた良心的な市民・労働者の努力があったればこそ実現したものであって、そういう方々にはほんとうに頭が下がります。私もこういう結びつきを実現するためにできることが何かあれば協力したい。共産党さんや他の大きな労組の皆さんもくればいいのにと思う。

◆自然な感情(正義感)を出発点に

 さて、そういうカウンター行動で「在特会が人種差別をやめると思いますか?」と問われれば、思いませんということになりますね。あれは「在特会を改心させる」とか「対話する」ための行動ではなくて、抗議行動ですからね。私も初めのうちは、どうせネットでの勘違いをそのまんまに街頭に飛び出してしまったネトウヨ集団くらいに思っていましてね(今でも基本的にはそう思っていますが)、もうそんなのそっとしておいてやれくらいに思っていましたよ。「民主党が政権をとったら数ヶ月以内に中国と韓国が攻めてくる」なんてネタではなく本気で言ってる奴らは、そのうち勘違いに気がついて、自然に下火になっていくだろくらいにね。

 でもまあ、実際に被害が出ているわけでしょ。それも弱いものイジメばかりで。自分のクラスで陰惨なイジメが行われているのを目撃した生徒がですね、「やめろよ!」って勇気を出して言うのがそんなに理解できないことですかね?共産党さんや他の政治団体の人たちが、「やめろよ!」と声をあげた生徒に対して、「あーあ、あんなのほっとけばいいのに、馬鹿だね」と…まあ思うくらいならいいですけどね。こっちだってそんなもんかよと思うだけですから。でもわざわざ「あんなのほっとけよ」と口に出していうのはどんなもんですか。前衛だというなら先生みたいなもんですよね。声をあげた生徒に、「黙殺するのが正しいんだよ」と指導するんですか。

 この場合、誰の立場を一番に考えて行動するべきですか?私はイジメを受けた生徒の立場だと思うんですよね。失礼だけれども、「あ」さんは党派の政治的な態度にばかり気をとられて、人として一番に考えてあげなくてはならない弱者の心情に対する想像力が欠けているのではないでしょうか。

 「在特会」が京都集会で、「(京都)市は朝鮮人を追い出せ!」みたいなプラカードを掲げて市役所前で集会を開いている時、通りかかった女性が泣いていたそうです。声をかけてみると在日市民の女性だった。毎日普通に暮らしているだけなのに、生まれや国籍でこんな酷い差別を受けて罵倒される。どんなに悔しくて心細かったでしょうか。だけどそれに抗議している日本人も大勢いるのを見た時に、どれだけ励まされて安心したことでしょう。それがなんでダメなんですか?朝鮮・韓国籍の人ばかりじゃない。国際都市京都には、それこそいろんな「在日」市民がいて、長年共存してきたのです。抗議の声が出るのはごく自然な感情です。それをどうして不自然な理屈で否定するのでしょう?

 ここが一番大切なところなのですが、その自然な正義感で動いている人たちを、「あ」さんはまるで対立する党派や政治勢力同士の主張の違いみたいに理解して発言するから、どうしても主張がかみ合わないし、互いにとって理解不能になるのです。そういうところが「ネトウヨっぽい」ということなんです。ネトウヨって世間の人が人間としての自然な感情でごく普通に当然と思うことを否定するために、ネット上で不思議な理屈を発明・開発して広めることに意義を見出しているわけじゃないですか。私たちはそういう「理屈」を出発点にしているわけではないのですから。

◆「思想の違い」ですませてはいけない

 ファシストや差別主義者が朝鮮小学校の子供たちを襲撃した。こんなの「思想の違い」の問題ですませてはいけない。許せないものは許せない。それこそ「思想の違い」なんて乗り越えて「許せない」と言った。ゆえにその中には保守派もいるだろうし、「あ」さんの嫌いな「ニセ左翼」もいるだろうし、右翼さえいるかもしれない。けど、それがどうしたと思います。特定の誰それがいるから参加できないとか、ましてやそれをもって、「そういう奴らがやっている運動なんだ」みたいなことを言うのはそれこそネトウヨのデマ宣伝と全く同じではないですか。むしろ、普段はそれぞれ自分なりの「正義」を掲げている人たちが、自然な市民感覚で嫌悪感を抱くものに否定的な反応を表明するのは当然でしょう。もちろんそれぞれの思想によって批判の内容は違ってくるでしょうが、まず「許せない」の一点で思想を乗り越えて一致し、共同することが健全な民主主義社会を共有するものとしては大切なのではないでしょうか。

 そういう意味では、「北朝鮮の人権侵害は許せない」も「在特会は許せない」も「暴力団は許せない」も同じです。そりゃあ、できれば共産党にも共産党なりのスタンスで「在特会」を批判してほしいけれども、別に共産党に私(たち)の立場や運動を支持・支援しろなんて言ってないでしょ?たとえば、共産党が自分の考える「正義」を支持してくれない、ゆえに「共産党は北朝鮮と同じだ」とか「共産党は在特会と同じだ」とか、そういう子供みたいな屁理屈、つまり、自分の政治主張を自然な市民感情とすりかえ、被害者の苦しみを反共産党運動の道具に貶めるような汚い策略を私たちがとった時、その時にはじめて「あ」さんは激怒すればいいのではないですか。その時には私も「あ」さんを全面擁護することをお約束します。

 ただし、何もしないだけならいいですが、人の主張や運動を高いところからあれこれ批判するのであれば、それは「おまえらは活動家でも政治家でも前衛でもなく、ただの評論家だ」と言わせていただきます。さらに自然な市民感情として「許せない」と声をあげることにさえ反対や敵対するのなら、それははっきりと批判させていただきますし、程度によっては参加している市民から「共産党も在特会と同じだ」という声があがっても、私にはかばうことができません。

◆大人の事情?

 共産党が現象的に沈黙しているのは、「あ」さんが思っているような「深い考え」というより、単に他の小さな市民団体みたいな小回りがきかないだけの話だと思いますよ。今のところ新聞に大きく載るような話題になってないし。それに、ネトウヨ系の「運動」って、それだけを単体でみれば現状では思想界ではニッチ産業なのに、こういう粘着な奴らとかかわるとかなりのエネルギーがいる。ネットでも騒がれて叩かれる。そのくせ全く票にならないときてる。同じエネルギーを使うなら派遣労働者の組織化とかに使ったほうがいいとか、そういうレベルの政党としての優先順位の判断だと思います。私が現役活動家時代に、右翼からの集中攻撃を受けて難儀していた時、中核派は全く沈黙していましたが、それと同種の判断かなと。

 それと、(ネトウヨが思っているのとは正反対に)共産党は大昔から北朝鮮のことを自民党以上に批判していたわけですよね。もう批判を超えてほとんど嫌悪しているというか、普段の喧嘩相手の自民や民主との間みたいな熱い関係ではなく、本当に冷え切った関係に思える。そのへんのメンタリティから言えば、この問題に早い段階から深くかかわって、総連だの「ニセ左翼」だの「反共市民」がいるような場所に同席するなんて、正直な話としてしたくないのが本音じゃないですかね。かといって独自の運動で取り組むのもなあという。そういう「大人の事情」に基づく判断が大きいと思いますよ。

◆過去の事例ではどうだったんでしょうか

 それに、必ずしも過去の事例で、こういう時に共産党が常に沈黙していたわけではないでしょう?拉致問題発覚のはるか以前にも、少し北朝鮮との関係が悪くなると、すぐに朝鮮学校の高校生が(しかも女子高生ばかりを狙って!)白昼堂々と襲われるという事件が多発しました。報道された手口はだいたい制服のチマチョゴリをカッターで切り裂くという卑劣なもので、やむなく朝鮮学校は女生徒を私服通学に切り替えた。事件の多発は日本社会に大きな衝撃を与えたし、新聞の論調はすべて犯人の差別行為を批判することで足並みをそろえた。いわゆる「チマチョゴリ事件」ですが、数次にわたって問題化したはず。この時に、他の新聞がそろって非難しているこの行為を、「赤旗」だけは黙殺していたんでしょうか?そうだったらちょっと軽蔑しますが、まさかそんなことはないでしょう?

 事件当時は投稿欄にも怒りの投書が多数寄せられ、私が読んだものでは、「電車のあいた席に座ろうとした女生徒の太ももを、前にいた中年の男性が持っていた傘でぴしゃりと叩きつけ、傘で女生徒を横にどけると無言のまま自分が座った」という目撃談がありました。「事件」として報告されていない、こういう差別事件が他にもたくさんあったと思うし、私がその場にいたら絶対に頭に血がのぼって、このクソオヤジに鉄拳が出ていたと思う。そういう許せない気持ちになるのは、そしてその気持ちを「許せん!」と声に出していうのは、そんなにいけないことですか?それとも「在特会」が、マスコミが大々的にとりあげるような大きな暴力事件を引き起こしてから、はじめてそれに便乗する形でしか言ってはいけないでしょうか?普通は「そうなってからでは遅い」と思うもんじゃないですか?

 だいたいこういう時に、抗議デモの一つもおきないなら、左翼以前に同じ日本人として恥ずかしいじゃないですか!ドイツでネオナチの若者が外国人アパートに放火(子供二人が死亡)したときには、2万人の市民が怒りの抗議デモに立ち上がったけれど、そんな事態になってからでは遅い!です。フランスで極右のルペンが大統領選の決選投票に残った時には、その選挙結果に対する抗議デモが何回もおこった。選挙の結果にだって抗議しちゃうわけだけれど、それで圧倒的に多数のフランス国民はファシストを拒否していることを、世界中に示すことができたわけじゃないですか。オーストリアの与党が多数派工作で、極右政党の人間を連立与党に加えた時には、これはもうオーストリアだけではなくして、周辺諸国でも大規模な抗議デモが頻発した。他国の選挙結果にまで抗議しちゃう(笑)。その甲斐もあって、EC諸国では、今後オーストリアを国際会議に参加させるかさせないかという話にまで発展しました。

 それから、具体的な年度や場所は忘れちゃったんですが、80年代には(今もですが)右翼が街宣車で日教組の大会に押しかけることが社会問題化していましたよね。右翼の脅迫に屈してどこも会場を貸してくれなかったり、直前にキャンセルというような事態が相次ぎました。でもまあ私も含め、最初はみんな、「なんで日教組ばっかり目の仇にすんだろ?変なの」くらいで眺めていました。単なる一組合と右翼の揉め事だと。

 ところがある年に、勘違いして調子にのった右翼の妨害がエスカレートし、とうとう組合の大会が開けないかもしれないくらいに深刻な事態になりました。その時にはとうとう「おい!もういいかげんにしろ!」という風潮になって、大勢の他の組合員や、市民団体、政党、政治団体の人が、右翼からの防衛隊をボランティアで買って出たのです。「言論の自由を守れ!」をスローガンに、抗議大会や、事態について考える催しもたくさん開かれたし、世論も味方した。その批判とマスコミの監視を受けて、警察もやっとこさ重い腰をあげ、宿泊の旅館を含めた警備にのりだしたし、右翼の脅迫を口実に会場をキャンセルすることもできなくなった。

 はっきりとは覚えていないので確かではないけれど、この時はちゃんと共産党も抗議の声をあげたし、系列の人が防衛隊のボランティアを引き受けたりしてたんではなかったですかね。ついでに言いますと、この時は中核派の人も、自分たちの団体の宣伝とかはしないで、黒子的に5人くらいの人がボランティアに参加していたそうです。その噂を聞いた時に、自派からは一人も派遣できなかった私は「中核もなかなかやるやん!いいとこあるやん!今回は負けたわ」と単純に思いましたけどね。これもダメですか?これでもまだ右翼は放置しておくのが効果的なんですか。

 こういう経緯を見ていけば、私の言っていることは変でもなんでもなく、むしろ世界と日本のこれまでの趨勢であり、それを引き継いでいると思うのですけどね。申し訳ないけれど、当たり前に「やめろよ!」と言う私の感覚のほうが普通で、「あ」さんの感覚のほうが不自然だと思うのですよ。そんなに無理して自分の正義感や素直な怒りに理屈をつけて押さえつける必要があるのかと。

◆その他いろいろ

> デモに参加しなければサークル部室召し上げ

 幸運にもそこまでキツイのは私もあんまり聞いたことがないなあ。W大のカクマル自治会は、70年代には文化サークルの研究内容にまで口をだしてきたとかいう話は聞いたことがあるけど。カクマルって私らの間でも総スカンで、「新左翼の仲間」とは認められていませんでしたからねえ。

 ちなみに共産党の場合はその反対で、学費値上げ反対デモとかに(個人として)参加しようとしたら罵倒されて追い返された、自治会が主催の集会やデモに、公認サークルとして参加を申し出たら、理由も不明確なまま却下されたという話を聞きました。つまり「無理に参加させる」ではなくして、逆に「新左翼っぽい奴には一切の活動をさせない」という発想にいくみたいですわ。「○○はカクマル派だ」というビラを自治会でまいて、名誉毀損で訴えられ、あげくに損害賠償を命じられたりしてたなあ(って、ここまで書くと大学名を特定されてしまうかな?)。本人たちはそれでも民主主義は守ってやってるつもりでいたみたいですけど。うーん、どっちもよくないが、どっちがより悪質なんでしょうね(笑

> 私はあなたが嘘をついているとは到底思えない。しかしながら私は党の言っていることも嘘とは思えない。
> しかしこれは、両立しえることだと思うんです。

 そうです。両立しえます。私はこれを、過去の(悪しき)左翼文化総体の問題だと思うのです。私の考えについては、かなり前に書いたものですが、下記をお読みくださると幸いです。(⇒「蔵田さんの回答書への読書感想文」)

 左翼は数が減ったぶん、おかしな付和雷同分子がそぎ落とされてだいぶマシになってきましたが、こういう層が現在的にはそっくりそのまんま右翼にいっていると思います。ネトウヨってのはつまりそういう層なんだと思いますわ。できればそのまんま、未来永劫右派で抱えていてほしいんですが、「左翼復活」を目指したら、こういうのもまたこっちに帰ってくるんだろうなあと・・・。流行のほうに流れますからね。こういう層は。だからこそ今のうちに考えておかないとね。

> 党内での私の立場が下がるのが嫌だし、私自信いわゆる「民主団体」で働いていることもある。浮く
> 過去に除名された人たちのこともある。私自信は「そいつらは悪い奴らだったんだ」ということで私自身とは違うものと区別して考えることもある。
> しかしながら、私はあなたみたいな「ニセ「左翼」」と対話したいという気持ちもある。

 まず、今でも「除名」って、そんなに普通にあるんだと、そのことに驚きました。いろいろ書いてあげたい(ってエラソーな言い方ですが)ところだけれど、書き出すと「あ」さんに対する共産党からの「コケオルグ」になりかねないので、自粛いたします。ただね、私のかつての同志だった人が自殺していてね、「あ」さんには無縁な話だろうとは思うのですが、よかったら読んですぐに忘れてもらって結構なので、それを知った時に書いたエントリ(⇒「千の風になって」)にちらっとでも目を通しておいてくださったら嬉しいです。

 「対話したいという気持ち」については、まあ、別にそんな悩むほどのことではないんじゃないかと。私は現役活動家の学生時代でも、民青の友達とは普通につきあっていたし、下宿に遊びにいったりとかしてましたよ。現在的には、私の同級生に自民党の市会議員がいるんですが、道であったら普通に談笑しますし、頭数をそろえるのに頼みこまれて後援会の集会に顔を出したことすらありますよ。まあ選挙の時は共産党の人に投票しましたけど(笑)。そんな友達つきあいでいちいち「自民党の味方」だの「裏切り者」だの言われちゃたまりませんよ。

コメント

  1. 「あ」さん>

    え?民青同も「差別用語」だったのか!知らなかった。以後気をつけます(笑
    あと、「最近のコメント」欄に「新左翼でいきましょう!」だけ表示されていたので、ちょっと待て!早まるな!と慌てた。
    ああ、呼び方のことね(爆

    ということで、前のエントリーに投稿していただいた「あ」さんのコメント
    http://bund.jp/md/wordpress/?p=4900#comment-58630
    に対するレスを、新エントリーに引き継ぐのであった。

    > 大会で執行部批判的な発言が一切ない。これが疑問ですね。
    > 普段支部会レベルでさんざん言ってるでしょうが。それを発言なさいよ。
    > ところがやらない。私は機会が恵まれないだけで発言できないわけですが、
    > 発言の機会が与えられたら大いにやりたいんです。

    気をつけてね(心配)。
    ところで、私は大会や会議で不満がいっぱい出るのが一般的にいいことなんだとは思いませんよ。
    別の言い方をすれば、「組織の団結」に「個人の自由」を対置するような感性を私は持たないということです。
    一般的に共産党の体質とか民主集中制に対する批判というのは、往々にしてそういうものになりがちですけどね。

    小林多喜二を読むまでもなく、個人生活が党生活に従属するのは一定やむを得ないし、その献身によって党が支えられている。人民の幸福以外には何の見返りも求めず、ボロボロになって献身的に活動している労働者活動家を、たとえ考え方は違っても私は尊敬こそすれ、それを馬鹿にしたり揶揄するような感性にはむしろ嫌悪感を覚えます。
    むろん、それが本当に人民のためになっているのか、党の価値観を人民や下級の党員に押し付けようとしているだけではないのかを、常に自己点検し続ける作業は必要不可欠です。そういった作業を私は主体形成と呼んでいますし、それは民主集中制を正しい意味で機能させるためにも必要なことです。

    だから、党内に不満や疑問がないのはむしろいいことだと私は思います。
    問題だと思うのは、『不満があるのに言わない言えない』という点でしょうね。
    不満があっても「言えない」ことで維持される団結って、いったい何でしょうね。

    繰り返しますが、「執行部に不満がある」「そういう党員が普通にいっぱいいる」そのものが、いいことだなんて私は思いません。党内に異論が存在すること一般を喜ぶような類の(特に党外の)人に心を許してはいけない。ましてや組んだりしてはいけない。本物の反党分子に成り下がってしまいます。

    一口に「不満」と言ったって、中には「党の団結を乱す誤った傾向」とか古典的な言い方でばっさり否定されても仕方がないようなものだってあると思うのですよ。不満が存在していることそのものには、何の積極的な意義もありはしない。問題はその内容ですね。
    たとえ誤った不満だとしても、打撃的な方法で糾弾を加えるのではなくして、また、その人一人の問題にしてしまうのでもなくして、同志としての説得と討論を通じ、そういう傾向をみんなの問題として克服していく作風が確立しているならば、そのことを通じてかえって組織は強くなり、より高い段階に到達できると思うのです。

    それを何かしら不満があっても「言えない」雰囲気が蔓延し、言ってしまった者はさっさと統制したり除名しちゃうという、きわめて安易な組織政策で「団結」を保っているのだとしたら、そのことが問題ですね。それだと誤った不満でも克服されずに滞留し、目に見えない形で地下にマグマのように溜まって組織を腐らせてしまいます。

    たとえば差別に関して「言葉狩り」なんて言い方がありますよね。内容はどうでもよくて、ただ単にリストアップした言葉を使わないように決めるだけ、使った人間を統制するだけ。それでいて差別を克服したり、その根拠になっているような社会制度や意識を根本から改革するようなことは何もしない。結局は差別を目に見えないようにして責任を逃れようとしているだけ。見えないように隠された差別は、ちっともなくなってなんかいない。今も社会の隅々にまで蔓延し、増殖し、社会の根を腐らせ、地下に流れ続けている。そしてまさにネットという出口を見つけて、そういうドス黒いリビドーが溢れ出しているではありませんか。それと同じことです。

    でもね、考えてもみてください。このネット時代にいつまでそういう上意下達のピラミッド型組織がそのまんまの形で機能しますかね。上にTAMO2さんが紹介している土佐高知さんみたいにネットで党中央とは微妙に意見が違う意見を自由に展開している人もいる。
    http://jcphata.blog26.fc2.com/blog-entry-1820.html
    現に「あ」さんがここにこうして「不満」を書くことができるわけですしね。初期には「党支持者で党員ではありません」と自称している人が多かったけど、近年は「党員です」という人の個人サイトも見られるようになった。かつては議員さんでさえ個人サイトはなかったのに、これは共産党も少し変わってきたんだなあと思います。

    まあ、反共産党の人に言わせれば、「とんでもない、党中央はネットでの発言内容を分析して個人を特定し、統制処分をしているのだ。中国や北朝鮮と同じだ」なーんてことになるらしいですが。
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/sazanami.htm

    私には確かめようがないんで、対岸の火事(の噂)として話半分に聞いておくしかありませんがね。
    でも、「あ」さんも念のために気をつけてね(笑)。具体的な内容とかを見えるところに書くのはやめたほうがいい。

    • 2010年 3月 20日

     フフフ。「時代が時代なら君はニセ「左翼」(引用なので許して!)に行ってたかもしれない」と、先輩党員から言われる人間ですからねw
    あなたの言う「自分が嫌うものに似てきてしまう」というところなのかもしれません。正直嫌いだけども、唸らせられるところはあるんです。
    「民青同」って実は警察用語らしいんですよね。だから使わない。民青同盟、あるいは民青。でも「代々木」が差別用語ってどうかと思うんです。永田町=国会、霞が関=官僚、信濃町=公明党、六本木=防衛庁みたいなね?そんな感覚で使いたいんですけどね。こればかりは多くの党員が「代々木って言われたくない」と思ってるから使うのは差し控えます。ここでもそうです。あなた方が嫌なら新左翼でいきましょうよ。

    さて、どーも「執行部への不満」っていうのはあまりにもざっくりとした話だからどうも話をするうえで難しい。
    私が実際に見聞した不満
    ・指示文章ばかり乱発するな
    ・緊急通達っていうが、ほとんどの文章が緊急通達じゃねえか
    ・ビラがつまらん
    ・こんなビラで有権者の心が引き込めるのか
    ・選挙に勝てないのはC同志(笑の顔が不細工だからだ
    ・何もかもが一昔前過ぎる。言ってることは正しいが北朝鮮やソ連っぽくないか?

    など。です。これはどうなのかなぁ?
    「組織の団結」に「個人の自由」を対置することなのかなぁ?
    ・ビラまきはきつい
    ・赤旗配達はきつい
    ・赤旗集金はきつい
    ・対話はきつい
    ・宣伝はきつい
    ・電話かけきつい
    ・党活動きつい

    こういうのも聞きますね。そういう時はなんとかなだめすかすようにしてますけど
    本心としては「お前は党活動をなんと心得るか!」と怒鳴りつけたい気持ちがあります。そんなことしたら逃げちゃうんでやりませんがね。

    不満や疑問がないのは良いことなんですかね。
    みんなが「本心で」納得ずくなら問題ないでしょう。しかし左翼業界大多数派40万人党員をかかえる我が党が頭の先から尻尾の先までそんなことが実現できるのかと。あなたの言うように将来政権党になったとき、あるいは「未来社会」になったとき「頭の先から尻尾の先まで」が徹底できるかという疑問はあります。

    しかしですね別に「不満」を言った人が我が党を除名されるということはないと思うんです。
    昔の党は知りませんがね。ただねぇ・・・今も「臭い」と思うのは。大会。大会の発言通告。発言通告用紙を提出して、それによって順番に発言させているということなんですが…臭いですね。もしかしたら議長団で「この発言はまずいから発言させるのはよそう」なんてやってるような気がするんですよね。あくまで「そうじゃないか」という疑惑ですがね。
    このやり方が本当なら良いですよ。対外的には「時間の都合上発言できない同志の方々もいますが」で討論打ち切りですよ。こういうやり方なら「ああ仕方がないか」と思う党員もいると思うしね。つかほとんどだと思う。

    しかしあなたの言うようにこのインターネットがそのような場になっているというのは問題ですね。自分のやってることを否定するようなものですが、自分も結局それにはまっている。

    むつかしいですねぇ。正直言えばこんなむつかしい話したくないんですよ。私は根本に「こんなダメ人間でも生きていてもいいじゃねえか」で党に入ったんですよ。なんで生きることにダメだしされないといけないのかと。そうすると世界が広がった。もっと困難な人がいると。きっとあなたなら分かってくれるに違いないと思って言っている。「せんそうなんていやだ」「ひとがころされるのはいやだ」「ひとをころすのもいやだ」小学生でも言えることです。でもそんな小学生でも言えるようなことこそ「私たち」の活動の根本じゃないんですか!?でも「あーでもない」「こーでもない」「いやこれはちがう」というふうにやってしまう。自分がやってしまっているからあなたにこんなことを言うのは非礼だとは思うんですが。やってしまうんです。悲しいことに。
    私が在特会に近い、人の優しさが無い人間に見えますか。私は心外だよ。
    カルデロンさんに対してあんなひどいことをした在特会なんてゆるせるわけねえだろ!!許せるわけないだろ!!あんな奴ら外道中の外道だ!!
    でもなぁ?俺は言いたい。あんたらのやったことは限りなく在特会を有利にしているんだよう。あいつら息巻いて「犯罪左翼がー!暴力をふるったー!」なーんてやってるじゃないか!一般国民はどう思うのか?「気持ち悪い連中が気持ち悪い連中とやりあってる」としか思わないんだよ!これが現実だ!そして政治活動なんて気持ち悪い連中がやっていることだ!思うんだ!だから俺はあいつらにはかかわっちゃいけないと思っているんだ。カルデロンさんにたいして直接の肉体的な暴力を行ったら話は別だが。しかし連中はまだデモどまりだ。だったらそれを止める大義名分がないじゃないか!それよりもそういった人たちを許さない「政治」を作るのが一番じゃないか!?だから共産党なんだよ。
    俺は後期高齢者医療制度に反対する戦いやっているよ、雇用を守る闘いやってるよ!それとあんたがやってることはどこが違うか!?それはなぁ
    「議会」だと思うんだ。あんたは議会制民主主義の枠外のことをやっているんだ!だから分かりえないんだと思うんだ!今の日本でなんであなたの言う革命なんて起こると思うんだ?民主主義が根付いた国でだ・・・

    やってましたねぇ。脅しだからほんとうにやるかは別ですが。
    でも「腹が立つ行為」としては一番大きいんじゃないですか?
    でも中立的に大学時代にいやだったことしてもう一つあって、応援団に4時間監禁されたことです。だから右翼も大嫌い。

    ごめんね。正直あなたのこと嫌いだと思っていたがちょっとおもしろいなと思っていた。俺は結局面白さ第一主義だから、あんたが面白そうな人だと思ったから書き込んだんだよ。とおもったら、思い通りの回答が来てうれしいんだよね。だからどんな人だろうと思って一度会って話してみたいと思ったんだよ。

    それからメアド間違ってたので訂正。

  2. うん、わかった。気に障る表現があったんなら謝るよ。
    とりあえず、「在特会」の件については、被害者のことを第一に考えようということでは一致できるかな?
    あとはもう、それぞれ己の信じた道をいくしかないというところでしょう。

    具体的な不満については、ちょっと微笑ましかった。
    しんどい時に溜め込まずに「しんどいよー」って言えちゃうことも大切だよ。きっと。
    そういう時に私らは政治的な意思統一で乗り切っていたけどね。この任務にはどういう意味があって、私らは何のために何をしようとしているのかとか。そうすっと、「今、韓国の民衆は民主化闘争のために血を流して闘っているのだ。それに一歩でも連帯するために、オレは今具体的にこれをやりきるのだ」とか思って頑張れる。
    でも、それの繰り返しばかりだと、いつかポキリと折れてしまうこともあるんだよなー。
    一度折れたらもう後戻りできなくなっちゃったりしてね。

    私が現役まっさかりで、一番活動していた時期の一週間は、平日は仕事の後に会議が週3回、駅前でのビラまきや署名が週3回、日曜は毎週5時間くらいビラまきや署名とり、これが基本でその他にオルグとか学習とか、もちろん集会や闘争とかが入る。給料18万のうち13万円をカンパして、アジト(事務所)に寝泊りして生活していた。ちょっと大げさに言えば、寝てるか仕事してるか活動してるかという感じ。

    活動をやめて嬉しかったこと。日曜日の朝に目覚めて、今日は予定がない!なんにもすることがない!
    それがものすごく嬉しかった。一千万の借金を返済し終わった時は、きっとあんな気持ちに違いない。
    肩の荷がいっぺんになくなった感じでした。「予定がないことが嬉しい」という気持ちは、なんかなかなかわかってもらえない。

    >私は根本に「こんなダメ人間でも生きていてもいいじゃねえか」

    いや、ここで短期間やりとりした正直な感想としては、「あ」さんはダメどころかいい活動家だと思いますけどね。いえ、これは絶対にお世辞なんかじゃなくてね。私は肝心なところで線が細いからダメなんですよ。私が上級だったら、現場活動家としては、口だけの私よりも、貫徹力と柔軟性のある「あ」さんのほうを買いますね。私なんかと比べたら失礼だろうけど。

    >そんな小学生でも言えるようなことこそ「私たち」の活動の根本じゃないんですか!?

    その通りですね。そこが原点ですから、迷ったらそこに帰りましょう。
    議会が云々というご指摘については、新左翼全般へのものについては、それとして受け止めておきます。
    今の私のあり方とか、市民運動全般については、必ずしも政党以外の社会運動や、個別課題に取り組んでいる運動にも、政党だけではやりきれない役割や意義があると思います。そういう社会運動やNGOとかが増えてくるのも、一般論としてはいいことだと思います。自立した大衆団体が、政党や行政の思うとおりに動かないとか、意見が違うとか、批判するというのは当然にあり得ることです。あまり過剰に反応されないほうがいいかなと思いますよ。

    確かに選挙や議会については政党の出番なのだし、共産党にも皮肉じゃなく頑張ってほしいと思います。一方で、大衆的な団体には、いろんな考えや意識の人がおられます。ご自分の専門分野で頑張っておられるのはよくわかりますし、そこが一番大切なんだという気持ちも本当によくわかるのですが、その一番大切なことを、わかってくれないとか、理解してくれないと「逆切れ」してしまったのでは、得られるはずだった協力まで得られないこともあるんじゃないかと思います。むしろ「わかってもらうこと」が政党の日常活動なわけでしょう。薄紙を一枚ずつ富士山の高さまで重ねていくような気の遠くなる作業ですが、やはりそれを放棄してはいけませんよ。

    まあ、やっている実践の分野がかなり違いますが、協力できるところでは協力していきたいと思います。同意できないとか、いっしょにやれないことは、無理に一緒にやる必要もないでしょう。「別個に進んで共に打つ」という言葉もあります。私と「あ」さんは、同じ山の頂を目指して進んでいるんだと信じます。別ルートを進みつつ、頂上でお会いできる日がくればいいなあと思います。そのうち私も共産党に入党する日がくるかもしれませんしね(本当か?)

    • 巡洋戦艦
    • 2010年 3月 22日

    平和の敵は平和主義者

    ヘイトヘイトと叫ぶヘイト

  3. 申し訳ないが、一つにまとめさせてもらいましたよ。
    たとえ消しても誰からも文句が出ない、内容がなんにもないただの捨てゼリフ二つだからかまわんでしょう。

    捨てゼリフの一行コメントも、たまにあるくらいならご愛嬌ですが、毎度毎度で粘着されたり、同じようなものをあまりたくさん量産される場合は、意見とか言論ではなく単なる妨害行為にすぎません。まあ、そういう場合でも、今回のようにできるだけ残しておくようには努力します。

    ただし大原則は、サイトを見に来ていただいたり、意見を残してくださる普通の訪問者にご迷惑をかけないことを第一として考えます。「他のお客様のご迷惑になりますので」と穏やかにたしなめられて、「なんだぁ、オレだって客だぞぅ」とクダまくような人がつまみ出されるのは、政治系サイトに限らず、どこの世界でも同じことです。

    そんな人にまで、いつもいつもこういう親切な対応をするわけではありません。移動させたり、同種のものをまとめてあげるのも、ピヨっている時は結構大変なんで、面倒なときは単純に削除します。適当にごっそりまびくこともありえますし、滅茶苦茶な削除をすることもあるかもしれません。

    まだそういうことは一度もしたことはないけど、サイト管理者としてその権利があることは、はっきりと申し上げておきます。こういうくだらん茶々いれをして喜びたい精神の人は、そのあたりの空気を読んで遊ぶように。

    「思想信条で差別はしませんが、人間性において断固とした区別をします」
    http://bund.jp/md/about_us/index.php?content_id=1

    • 巡洋戦艦
    • 2010年 3月 23日

    捨て台詞にしか見えませんかそうですか。
    書いてあることの意味が理解できないと。
    まぁ、レッテル張りと批判のための批判を嬉々として行っているようでは無理もありません。

    よかったですね、”ネット右翼”なる判りやすい的があって。
    ご壮健を祈って話をしめたいとおもいます。

  4. あらそうでしたか、失礼しました。
    感想や問題提起や反論とか批判などの持論の展開にはまったく見えなかったもんですから。

    もっとも一行しかないんですからねえ、絶対に捨てゼリフかレッテル貼りのどちらにしか
    なりようがありませんけどねえ。持論の展開もクソもないでしょう。
    2ちゃん掲示板に遊び半分の揶揄を書くんならそれでもいいでようが、どこでもかしこで
    もそれじゃあ、人格疑われますよ。礼儀とTPOをわきまえてくださいな。

    当然ですけど、ちゃんと読んでますよね?↓
    http://bund.jp/md/about_us/index.php?content_id=1

    まあ、最後にあらためてのレッテル貼りと正真正銘の捨てゼリフをありがとうございました。
    また意見(=言論)と呼びうるものが書けるようになったらいらしてくださいね。

    とりあえず、新聞のコラム記事の要旨をちゃんと読み取って、原稿用紙1枚にまと
    めてみるとか、そういう練習からはじめられたらいいと思います。

    それまでこないでくだいさいね。落書きは他の読者の迷惑になりますので。
    今回は大目にみてあげましたけどね。普通は消されますよ。こんなの。

    では、さようなら。

  5. 「みんななかよく」のkuronekoです。

    わたしのところにも、短いコメントをつけてくる人がいたので、200字ルール(200字以上は書くこと)を設定しようかと思いました。

    http://ameblo.jp/kandanoumare/entry-10305736638.html

    短いコメントをつける心理って、「寸鉄、人を刺す鋭いことを言うワタシ、頭いい!!」って自惚れなんですかね?
    なんなんでしょうね。

  6. いや別に短いのはいいんですよ。あんまりうるさいこと言い出すと窮屈ですからね。要は内容次第で人としての礼儀さえわきまえてくれればそれでいい。

    >短いコメントをつける心理って、「寸鉄、人を刺す鋭いことを言う
    >ワタシ、頭いい!!」って自惚れなんですかね?

    ああ、それはね、自分が属している狭い世界の常識が、どこでもかしこでも誰にでも、説明抜きに通じると思い込んでいるだけですよ。きっと同じ世界の住人には、その一言で「わかる」んでしょうよ。そんで、彼らの頭の中のどっかの分類箱に放り込んでレッテル貼っていっちょあがりなんでしょう。私に言わせれば自分の頭で考えてない、実生活で地に足つけた思考ができてない、自立できてないことの証明なんですがね。

    何て言うのかな、これはうちではなくてよそ様のサイトで見たんですけどね。
    そのサイトの方が一所懸命に書いたであろう、力作のエントリーがあったわけですよ。その内容に同意するかどうかはどうでもいいわけですが、それに対する今回のようなしょーもない一行だけの捨てゼリフ、書き逃げ、揶揄コメントを落書きしていったアフォがいたわけですな。

    で、そのサイトオーナーさんはまだ私みたいにスレてないから、明らかなドカンチガイ野郎のそのコメントに、かなり考えて書いたであろう丁寧な説明を順序だてて長文で書いてあげた。

    そしたらそれに対するそいつのレスが「必死だな(藁」だけの一行ですよ。とにかく一行しか書かないの。こんなのレスでもコメントでもましてや言論でもなんでもない。もう「人としてどうよ?」のレベルですよね。レスができないのならできんならできんでもいいけど、とりあえず自分のたった一行の捨てゼリフに長文の回答をよせてくれたことに「レスありがとうございました」の一言くらい言えないのかよと。もうお前、幼稚園で挨拶の練習からやり直してこいと。

    次に見に行ったら、その手のドカンチ投稿(=落書き)はきれいさっぱり削除されてましたわ(笑)。
    きっと懲りたんでしょうね。最初っからそれが正解ですよ。でないと、普通の読者に迷惑になって、やがて荒し以外はよりつかなくなり、サイト自体がさびれてしまいますから。最悪の場合、もう嫌になって閉鎖とかになりかねない。某いずみちゃんみたいに手際よくさばける(それすらエンターテイメントにしてしまえる)天才ばっかりじゃないですから、正当防衛は必要です。

    今まで繰り返し何度も述べていますが、私が「ネトウヨ」という言葉を使うのは、思想ではなくてこういう「行為」をする輩と、市民社会に普通に存在している右派的な思想をもっているだけの人を区別して、右派や右翼や保守の皆さんに失礼がないようにするためです。だから別に「ニセ右翼」でもいいんですけどね(笑)。あんまり独自用語を使うのもどうかと思うので、一般的に左派サイトを荒らす愚連隊につけられている呼び名を使用しているだけのことです。

    >200字ルール(200字以上は書くこと)を設定しようかと思いました。

    ご同情申し上げます。たとえば「(笑)」などの括弧文字を使うなとか、顔文字使うなとかいうところもあるそうですし、それはサイトオーナーさんの美学によるところも大きいわけですから、そのあたりはご自由でいいかなと。私の場合はAAは即削除ですけどね。

    まあ別に「ここは2ちゃんねるではありません」でいいんじゃないですかね。要はTPOをわきまえろということですね。なんかこう書くと「2ちゃんの悪口を言った」みたいに「はぁ?」としか思えないドカンチで怒り出す信者までいるからやっかい。どこまで堕ちていくねんお前つーか。2ちゃんと普通の場所では常識が違うという当たり前のことなんですですがねえ。だって2ちゃんはもともとそういう擬似アングラな雰囲気がウリだったんだから。2ちゃんでは2ちゃんの常識に従えばいいんです。それを使い分けて楽しむのが大人のスマートさってもんでしょうに。

    せっかく書いたエントリーに「>>1ゲト!」とか投稿されたら、モニターの前で「氏ね!」と言いながら削除してやるわ(笑
    (って書くとやるやつがいるんだよな)

    かつて、ありとあらゆる掲示板から叩き出されて出禁くらって、最後に2ちゃんに流れ着いて住み着くというのが一つのパターンだったわけですが、この頃は最初から2ちゃんで純粋培養されて、それが「普通」だと思いこんだマセガキどもが逆流出し、愚連隊みたいに徘徊しているのは困ったもんですね。

    • まる・い
    • 2010年 3月 26日

     いつも勉強させていただいています。あまり具体的な行動などしたことはないのですが、新社会党の支持者をしている者です。

     今回の草加さんと「あ」さんのやり取りを見ていてあらためていろいろ考えたのですが、なによりも残念なのは、いわゆる「左派」に共感する人たちが、いわゆる「保守」の人たちには少しでも共通しそうなところがあれば賞賛する一方で、他の左派勢力に対してはいくらでも非難する材料を見つけてきて熱心に強調する、ということです。

     新社会党は小さい党で、存在も主張も常にあまり知られていません。社民党や共産党とあまり違いはないじゃないか、と常々言われている状況で、綱領で他党との考え方の違いを明示するのはむしろ必要なことだと思います。
    その一方で、共産党と新社会党がいくつもの地方選挙で共闘し、国政や県議会レベルの選挙でも個々に協力しているケースもまた、いくつもあります。こうした積み重ねが、しばしば共産党に近い立場からの発言ではほとんど考慮されず、新社会党への敵意を露わにした言葉ばかりが並べられることには、しばしば悲しい思いをしております。
     共産党も、「赤旗」に因縁浅からぬ野中広務氏のインタビューを載せたり、常々批判している米国の大統領との手紙のやりとりがあったことを大きく宣伝したりしていますが、それは新社会党に対する姿勢とはあまりにも
    違いがありませんか? そして、そうした姿勢の違いは本当に、「共産党の主張を広め、世の中を良くしていくこと」に貢献するのでしょうか?

     支持層はある程度重なるし、票をあまり持っていないし、新社会党が共闘する相手としてあまり魅力がないのは分かりますが(苦笑)、ある程度考え方や方向性が一致し得るのであれば、そしてある程度力を合わせることが
    できそうなのであれば、悪い点ばかり探すのはやめにしませんか? これは他の勢力やいわゆる「無党派」についても言えることなのですが(ですから私は、共産党を敵視・除外したがる考え方も、間違っていると考えています)。

     いろいろ書きましたけれど、そして共産党に対する思いも複雑ですけれど、選挙速報などでは、共産党の議席が増えないかなあ、と思って見ているんですよ。ということもお伝えしておきます。長々と失礼しました。

    蛇足:筆名は稀に書きこみをするときに使っているもので、「あ」さんというお名前とは関係ありません。

    • 2010年 3月 28日

    ながながと付き合ってくれてありがとうございました。
    正直、私は、あなたが新左翼であろうと。「敵対すべき人間じゃない」という風に思います。

    党も変わった。これからも変わる。
    私は20代の人間です。変えられる。そう信じてます。
    私もどこかであなたと合流することができる。そんな気持ちですよ。
    きっと合流できる。
    あ、それからときどきコメントさせてください。
    (おいこら!この野郎!はやりませんから(笑)

  7. たびたびすいません。

    レッテル貼りに関連したコメント欄のついたエントリーです。

    http://ameblo.jp/kandanoumare/entry-10201163607.html

    そういえば、最近、ソマリア沖海賊、って聞かなくなりました。治安が良くなったのかなあ。

  8. 「あ」さん>

    理想を信じて活動しておられる、「あ」さんのような若い党員の皆さんに期待とエールを送ります。
    どうか頑張ってください。

    これからもいろいろ書くと思いますが、どうぞコメントしてください。私は基本的に共産党に限らず、内部の組織問題について具体的に「こうしなさい」みたいなことは、原則として無責任に言うべきではないと思っています。ただの個人とはいえ、一応は別潮流に属した人間だとうぬぼれていますので、そういう人間の口出しは介入にあたるだろうから。あえて感想とか求められたら別ですけど。もちろん共産党が公党として民衆に向けて提起したり呼びかけたことに、民衆の一人としてそれに意見を言うのは当然ですが、それとこれとはまた違う話だろうしね。だからあんまりアドバイスめいた不遜なことは書けませんので、頑張れとしか言えないのがもどかしいですが。

    共産党が少しずつ変わっているのは事実だと思いますよ。「世代がかわるにつれて」という感じで、同じ世代のうちにはあまり変わらないのがちょっとスピード遅いかなという気は正直しますが。あと、ヌエのような社民党のほうが、かっちりとした共産党よりも、私のようにいい加減な無党派革新層にとってはつきあいやすいのだということも、どうか頭の片隅にでも置いといてください。それはそれだけの話なのであって、別に共産党が社民党よりも劣っていると判断しているわけではないのです。

    実は安倍内閣のころの反9条改憲運動では、「9条の会」などを通してわりと広範な共闘がありましたよね。あの中で、学生運動とかでは、普通に共産党系と中核派系の大衆団体同士が共闘してたという事例が(しかも複数)あったそうです。職場なんかでも、共産党系の若い労組員と中核派系の若い労組員が、お互いに昔の対立をしらないもんだから、共に連合を批判する形で普通につきあってたりとか。

    なんかC委員長とかがびっくりして、「反改憲運動からの中核派の排除」を正式に打ち出し、よく事情を知らない私は、Cさんがいまさら中核派に言及したことを大変に唐突に感じてしまいましたが、どうも「え?いっしょにできるんならやればいいじゃん」という若い人を、内部的に引き締める意味があったみたい。なんか、一般には新左翼の歴史や運動が「ゲバ」以外には知られていないことを寂しく思っていましたが、そのことで若い世代同士ではこういう副産物もあるのだなあと苦笑しました。

    「合流」もね、いつかきっとではなく、できることがあればしますよ。明日にでもね。大衆的な課題ではすでにどんどんしてますよ。教育基本法改悪の闘いの中では、共産党の人が一緒に闘ってくれて、しかもすごく献身的に頑張ってくれたのを見て、「長年にわたる共産党へのトラウマが氷解していくのを感じた」という(おそらく私と同じような経歴の人の)文章を読んだことがあります。あと、沖縄の運動なんかでも、個人とか大衆団体レベルでは、現地で闘っている人をブリッジにする形で、本当のところはいっしょにやってたりします。現に私が参加している集会にも、共産党の人だって来ていることもあるじゃないですか。これだって一日だけの「合流」ですよ。

    それに「合流」できないところがあるなら、そこでは合流しなきゃいいだけの話ですよ。批判があるなら普通にすればいいし、それで喧嘩して、合流できる場面でまでいがみ合うのがおかしいと思うだけ。そんなに難しく考えなくてもいいと思うんですよ。できることだけできる時にできる範囲でやればいいと思う。無理したらろくなことはない。

    共産党が昔のまんまの共産党でないのなら、新左翼系の人たちだって、同じ程度には昔のまんまではないんですよ。これからも、私のほうから「合流」しに行きますから、「帰れ」と言わずに仲間にいれてね。

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