三里塚・沖縄・岩国・関西を結ぶ集いに参加して

3・15関西集会 会場の様子※若干の加筆修正を行いました(3/30)
 去る3月15日に大阪で開催された、「3・15 講演とパネルの集い 米軍再編と闘う-三里塚・沖縄・岩国・関西を結ぶ」に参加してきました。
 もう明日は3・29三里塚現地集会です。もともとこの集会はその西日本での前段として開催されたものなんで、報告記事も今日しか書けない(爆)と思いますので、少しだけ。
◆とりあえず簡単に・・・
 集会の主催は三里塚反対同盟(北原派)と、関西実行委員会の共催です。また、賛同者を公募しておられましたので、私も一般市民の一人として賛同させていただきました。まず何よりも、私の主張だの主催者がどうだの、そういうことをすべて除いても、ごく普通に感動的で素晴らしい集会だったと思います。おそらく三里塚や岩国のことを何も知らない人がいきなり参加しても充分に感動したと思います。集会の概要については関実のブログやたたかうあるみさんのブログで詳しく報告されていますので、私が繰り返すよりもそちらをご覧ください。
 特に関実のブログでは当日の参加者の主要な発言をテープおこしして掲載されています。このエントリーの巻末にリンクでまとめておきますが、どれも素晴らしい発言ばかりですので、是非とも目を通していただきたいと思います。また、関実ではこの集会をまとめてパンフにするそうですが、確かにそれだけの価値のある集会だったと思います。パンフができあがったら是非購入したいです。
 さて、それ以上私が付け加えることもないのですが、個人的な感想を簡単に述べさせていただくことにします。基調講演をなされた三里塚反対同盟(北原派)農民の萩原さんのほか、読谷村の知花さん、解放同盟全国連の中田さん、それぞれ感動的なだけでなく、大変に勉強にもなりました。特に「住民投票の結果を活かす岩国市民の会」代表の大川さんによる、岩国の経験については特にそうでした。
 大川さんによると、山口の新聞は九州本社の管轄になり、隣の広島から西は関西本社の管轄になるので、近隣県の人は岩国の詳しいことを意外と知らない、むしろ沖縄の人のほうがよく知っているということでしたが、私自身も岩国のことについては全くの勉強不足であることを思い知りました。岩国の経験についてはこのブログでもまとめておきたいと思いました。
 ただ、今回は時間もなく、明日は三里塚全国集会ということもありますので、萩原さんの発言を中心に、少しだけ書かせていただきます。
◆非常に説得的だった萩原さんの話
 まず、三里塚農民の萩原進さんの基調講演は大変にわかりやすく説得力のあるものでした。ちょうど萩原さんが昨秋に出された本を読んだところだったということもあるかもしれません。また、これは明日の3・29現地集会での基調報告にむけての下原稿をもかねてまとめたということでしたので、それを聞いた上でまた私なりに考えをまとめて文章にしたいと思います。
関実・永井満さんと三里塚反対同盟・萩原進さん 基本的には安部政権時代にまとめられたアジアゲートウェイ構想と、現在国会に提出されている農地法の改悪、そこにおける「攻めの農業」という名における農家潰し、米軍再編などの問題はひとつにつながった国家再編の一環であり、その中で市東さんの農地取り上げ問題も考えていかなければならないこと、三里塚闘争の位置性などがよくわかりました。
 よく改憲派や右派は「どこそこが攻めてきたらどうするのか」というような一般論に逃げますが、私たちはそのような一般論を云々しているのではありません。不当な攻撃に対しては、それが他国の軍隊であれ、自国の公安警察による弾圧であれ、民衆に反撃する権利があるのは当たり前です。そうではなく、こういった国家再編、米軍再編に私たちが繰り込まれていく、つまり他国の民衆への抑圧に加担するのか否か、一般の民衆と支配者の利害のどちらに立つべきなのかを三里塚は具体的に問うているのです。
 これらの再編は農民だけにかけられたものでもなく、また労働者だけにかけられたものでもなく、そして今や国境をこえたものとして、今まで民衆に与えられ認められてきた権利をも剥奪してゆく過程としてあります。そういう中の一環として国家が進めようとしている「防衛政策」や「農業政策」も見ていかなくてはならない。この事態を総合的に把握し、あらゆる民衆が手をたずさえて反撃していかないと生きていくことができない。また、萩原さんは、農民の反発を抑える必要があった戦後の一時期をのぞき、事実上はほとんど無為無策だった日本の農業政策が、国家再編の一環として大転換される中にあって、「反戦の砦」三里塚でも農業問題からのアプローチが弱かった。そこをこれから強化して訴えていきたいということでした。
 これはかつて「農」をキーワードのごとく語っていた人がよく、反戦だの軍事空港だのといった従来の三里塚闘争のアプローチが「政治主義的で党派の観念的な主張」だとし、それとは違うものとして「地域主義・エコロジー運動」へと運動の方向を変えたり、行政との交渉に活路を求めようとする主張に対する明確な回答にもなっていると感じました。「話し合い」についても、自分たちは空港建設が決定された当時において、それこそ述べ100回以上も話し合いを求めて陳情などを繰り返してきたが全部が門前払い、問答無用で機動隊の暴力だけで空港が建設されてきた経緯を確認した上で、突然に向こうが手のひらを返したように「話し合いに応じない農民」などと宣伝しだしたことの欺瞞性、嘘つきのペテン性、そしてそれは相手が手詰まりで反対派が主導権をとっていることの証明でもあり、ここで相手の下心に満ちた「話し合い」攻撃に屈することの愚かさなど、非常に説得的でした。
◆「いつまでも『脱落派』でもないでしょう?」
 あと、パネルディスカッションの中で、沖縄読谷村の村議でもある知花昌一さんが、「あの小さな読谷村の中で、三里塚で逮捕されたことのある人間が3人もいるんです。それで彼らに三里塚のことを聞くと、みんな目をキラキラさせて話すんですよね。ところが萩原さんが来る集会に誘うと、『いやあ、俺たち脱落派(=旧熱田派反対同盟と支援への蔑称)だからなあ』と言って参加できないんです。どうでしょう、いつまでも脱落派がどうのなんて言ってないで、もっと広範に呼びかけるべきじゃないですかね」とか言い出したので、大変に驚いてハラハラしました(笑)。もっと驚いたのはこの知花さんの発言に、会場から拍手がおこったことです。確かに一般の人の目から見たら誰でもそう思うだろうなという意見なのですが、ちょっと前までの北原派系の集会では絶対に考えられないことです。

[スポンサーリンク]
読谷村議員・知花昌一さんと住民投票の結果を活かす岩国市民の会・大川清さん これに対して萩原さんは少し苦笑しつつ、反対同盟は空港に反対するすべての人に広く門戸を開いており、誰でも受け入れるんだとおっしゃいました。つまり「自分たちのほうが『排除の論理』をとっているかのような言われ方は本意ではない」という意味だと私は解釈しました。そしてそこでは同盟の原則、すなわち
1)空港廃港(=「現空港を認めて二期工事は凍結」などの立場とは違うということ)
2)「話し合い」路線の否定(敵の言っている「話し合い」はイコール空港建設を認めろということ)
3)情勢(敵の出方)次第では実力闘争も辞さない
の3点を認めることができるのであれば、かつて熱田派だった人であれなんであれ、まず個人であれば誰でも歓迎する。次に党派であっても、反対同盟と話し合いをした上で参加してくれればいい。さらに「反対同盟に何か言いたいことがあるなら、誰であれいつでも聞くので言ってもらえればいい」「同盟は自立した大衆団体であり、特定党派の意思を代弁して動くことはない。独自に判断する」と答えられました。これも私としては大変に納得できることでした。
 岩国の大川さんも、闘いが進んでいくと、いろんな運動があちこちから自然に筍のように出てくるもので、そこで「あいつがいるところとはいっしょにやれない」などということを言っていたら分断されるばかりになってしまう。いろんな人々が手を取り合って一つにまとまる必要があると思うと感想を述べられました。最後に萩原さんが、「たとえば30年、40年前などに三里塚に参加してくれた人もいるだろう。そういう人が今どうしているのか。そんな人も含めて過去に参加してくれたすべての人にも呼びかけたいと思う」と発言されると、会場からは大きな拍手がわき起こりました。
 私はかつて主に熱田派の人が言っていたような「広範な人々の三里塚への結集」という希望を、前衛党の排除と運動全体のハードルを下げることでそれを実現しようとした熱田派の行き方より、むしろ、まず「闘争の原則」を明確化し、ドンと基軸を打ち立てた上で、次にそこから幅を広げて様々なスタンスや立場の人を広範に受け入れていくという、現在の北原派の行き方の中にこそ見たような気がしました。
 萩原さんのおっしゃったことは、まさに私が漠然と考えていたことを代弁していただいたような気がして、大変に嬉しく感じました。いろんな人がいていいんですよ。運動の中には。むしろいるべきだし。ただ、そのために運動の原則まで曲げてしまっては本末転倒だと思うんですね。別の言い方をすれば運動の硬直化も雑炊化(原則のあいまい化)もどちらも同じくらいいけないことだと思う。
 かつて私のいた戦旗・共産同という党派は闘争分裂時に政治闘争派・実力闘争派として熱田派に残ったわけですが、結局は熱田一さんや小川源さんらとの若干の個人的な付き合いを残しつつも、組織的には熱田派反対同盟から排除されてしまいます。もちろん、当時の戦旗のやり方や主張がすべて正しかったわけではないだろうし、批判されるところも今から考えれば多々あるでしょう。ですが、少なくとも、私のような末端の活動家がごく素朴なレベルで考えていたのは、まさしく萩原さんがこの日におっしゃったようなことそのものだったと思うのです。
◆内部問題について口を出す気はないのです
3・15関西集会 会場の様子 ところで、私がこの集会の賛同人公募に応じさせていただいたことで、若干心配していただいた方がおられました。私は知らなかったことなのですが、党派関係でこの集会の開催に疑義を呈していた人々がいたそうで、そういう争いに私が巻き込まれるのではと心配してくださったものです。そこでこの点について最後に申し述べておきますが、私は特定党派内部の意見の違いから派生した問題に関与する気もありませんし、もちろんその資格もありません。自分は何もしていない、運動に対して何らの利害関係(たとえば共闘関係など)も持たない無関係の人間が、そういうことに口をはさむのはよほど注意すべきだし、基本的にはするべきことではないと思っています。
 もちろん彼らが真面目な態度で「公的に大衆に提起した主張」や「具体的な行動」に対しては、それを提起された大衆の一人として彼らの真面目さに相応する真摯な態度で考えた上で自分の意見や感想を言うことはありうるし、それは彼らが自分をいわゆる「私党」ではなく公的な存在として位置づけるならばむしろ当然なわけです。ですが、それは彼らの「内部の問題」に軽々しい態度で口を出すということとは全く違うものであるべきです。
 なのに私が軽々しく一方の意見に「ついた」と判断されるのは遺憾です。そこで大変にぶしつけだったのですが、当日は集会のスタッフの方をつかまえて、思い切ってこの点を聞いて見ました。すると、「この集会に疑義をいただいた党派に対してですか?まず、私たちは住民団体ですから、特定党派や政治団体に対しては是々非々です。一緒にできることは一緒にしたいと思いますし、おかしいと思うことにはおかしいと批判します。彼らに対してもそうです。その上で彼らにも『これからもよろしくお願いします』と思っていますしそう伝えていますよ」と、突然の見ず知らずの人間の質問に丁寧な回答をいただきました。これは上に書いた私の考えと同じものです。
 こういう回答をいただきましたので、私も安心してこの集会に参加することができました。私は今のところ、どこかの党や団体を無条件に支持したり批判することはありません。具体的な主張や行動を個々に判断して、その限りで応援したり批判したりという形が当面続くと思います。何者かを代表しているわけでもない全くの個人である私ですから、恥をかくにしても私一人だけです。ですからそのことについて人からとやかく言われる筋合いはないと思っています。
こんな私ですが、これからも『旗旗』をよろしくお願いします。(⌒∇⌒;)ゞ
<参考>
三里塚・沖縄・岩国・関西を結ぶ3.15講演とパネルの集い(たたかうあるみさんのブログ)
3・15「米軍再編と闘う講演とパネルの集い」で萩原事務局次長が基調講演(三里塚反対同盟)
3・15「米軍再編と闘う 講演とパネルの集い」(速報)(関実・三里塚)
 1)主催者あいさつ 永井満さん
 2)緊急アピール
 3)基調講演 萩原進さん
 4)基調講演 萩原進さん(その2)
 5)特別報告1 知花昌一さん
 6)特別報告1 知花昌一さん(その2)
 7)特別報告2 中田潔さん
 8)パネルから大川清さん
 9)パネルから大川清さん(その2)

Other Posts こんな記事もあります(一部広告)。

3 件のコメント

  • 北原派の人たちの中には、原則的で、常識的な、感覚と意見を持っている人っているよね。
    もちろん小川派に分かれた人たちの中にも、熱田派にもいる。
    20年前に現地にいたときからそれは感じていました。
    いっしょにやれないのは不幸なことだと思っていました。
    だけど、当時、僕自身が特定の党派を表現する存在だったからね。
    言葉選びとか言葉狩りに神経をすり減らしていたような気がします。
    皮肉なことに、今ごろ、こんな感動的なことになるなんて・・・感涙です。
    僕が必死に守ろうとした党派も現存していないし、個人ならいろんな可能性がありますよね。

  • ニャンケさん>
     ブログでの反応とコメントありがとうございます。
     全くその通りですね。ここまでくるのに25年かかったわけで、これが20年前の集会の報告だったらどんなによかったか。おそらく事態は全く違ったものになっていたと思います。「遅すぎた」という人もいますし、普通に考えればそうでしょうが、それも今後しだいではないか、そしてそこでは党派以外の「大衆」の動向がにわかに重要な意味をもってきたのではないかと考えています。

     そこで注意しなければならないのは、僕らが「やっと北原派もわかってきたか」みたいな考え方を微塵ももってはいけないということだと思います。そうではなく、萩原さんのおっしゃった「同盟の原則」を堅持していくということをめぐって、やっとまともな議論が「言葉狩り」ではないレベルでできるような環境になったということだと思う。

     とある元中核派の人が、「今から考えれば当時の中核派の対応は、農民同士の路線をめぐる分岐を、なにかしら支援党派同士の争いみたいなものにしてしまった。その点は反省しなくてはならない」とおっしゃっていました。この点は僕たちも大いに反省するべき点があるのではないかと思います。

     「同盟の再統合」という発想は、もうこれだけ農民同士の考え方が離れてしまった現状ではむしろ野合だと思うし、組織的な責任がとりきれない個人である僕らが、農民にあれこれ注文をつけるより前にするべきことがあるとも思う。「北原派・熱田派・小川派」という発想にこだわる前に、三里塚闘争の原則を守りぬき、そこに連帯していくために、個人として何ができるのかを考えていくべき時にきていると思います。

     私たちは萩原さんの提起に対し、今まで何かしら中核派を批判していればよかったような位置から、今後は自分たちがその「中核派批判」の言葉の中で言ってきたことが実践的に試されてしまう、この提起に断固として応えきっていかなくてはならないということに、喜び、同時におののくべきであると私は考えますが、いかがでしょうか?

     とりあえず是非『市東さんの農地取り上げに反対する会』に会員登録するところからはじめられてはいかがでしょうか?市東さんの裁判闘争の費用はすべてここの会費でまかなわれています。同会のサイトに入会案内もありますよ。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です