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小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

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右翼暴力の拡大を許さず!そして恐れず!8.15反『靖国』行動」へ

 最近では東京・新大久保や大阪・鶴橋商店街へのヘイト「デモ」や、「お散歩」と称した襲撃・恫喝・インネンつけなど、権力者や強者にはいっさい逆らわず、ただ弱い者イジメばかりを繰り返すチンピラ「在特会」とヤクザ(街宣)右翼たち。その連合軍による右翼暴力が止まらない。その暴力をともなった差別行為は、もはや国内のみならず国際的にも批判を浴び、京都の朝鮮人小学生への襲撃事件など国連の場でも取り上げられ、日本政府に善処が要求されるまでになっている。

 このような事態にいたって、ついに(ようやく!)安倍総理をはじめとする政権の閣僚たちでさえ、彼らに対する真正面からの激しい批難にふみきった。未だに彼らの反戦運動への弾圧利用に未練たらたらの公安警察ではあるが、安倍政権としては、ただでさえ自分達の極右路線が、親分であるアメリカからさえあまりいい顔をしてもらえない昨今、「在特会」らをさっさと使い捨てにすることで、「いえ、私たちは無関係です」「だってあそこまで酷くはありませんから」というポーズを示すという、彼らの「最後の利用法」へと踏み切ろうとしている。なるほどさすがにあそこまで醜悪なものを先に見せておけば、憲法改悪なんてしごく「マトモ」にも見えようというものだ(笑)。

 まさに「在特会」ら右翼ファシスト側にとっては踏んだり蹴ったりの状況が訪れようとしている。安倍政権側からの切捨てに先立って、自分達の味方だと思っていた「右」の側からの「在特会批判」「ネトウヨ批判」も次々と飛び出し、政権による切り捨ての環境作りに貢献した。もはや彼らの「味方」は一つまみのネトウヨたち(の最下層部分)の他は、時代遅れで化石頭の公安警察以外にはない。それとて本当の「味方」などではありえず、ただいつでも切り捨て可能な弾圧の走狗として利用されているにすぎない。これはまさに彼らが騒げば騒ぐほど、その「主張」や行動が大衆に広く知られれば知られるほどに、彼らへの嫌悪感が広がり、ますます彼らへの大衆的な包囲網が狭まり、カウンター行動の側の確信が高まってどんどん人数も増えて元気になるという、彼らにとっての解決不可能な悪循環が続いているということなのだ。

 だがしかし彼らは、自分達自身が招いた、まさに自業自得としか言えない現実を直視することができない。そこで彼らは他ならぬ自分達の行動が招いた大衆的な嫌悪感の噴出を、何かしら「左翼の陰謀」「極左の妨害」のようなものだと思い込もうとしているのである(爆笑)。まさにお笑い種であるが、笑ってばかりもいられない。このような妄想に基づく現状分析によれば、現状を打破するためにはますます暴力的に先鋭化していく以外にはないからである。とりわけ左翼と在日(と自分達が勝手に認定した部分)への襲撃を激化させ、その果てに権力に回収されておしまいというのが、公安警察にとってはまさにベストな結末なのであり、今後はこの方向に誘導されていく可能性が高いと思っておいたほうがいい。

ヘイトスピーチ
 もちろん彼らはしょせんは弱い者イジメしかできないヘタレ集団である。だがそれは昔の右翼よりかえって危険で凶暴な集団だという側面もある。なぜならそこで狙われるのは、もっぱらただの一般商店や学校、子供、女性、老人など、抵抗できない弱者だからである。そういう少人数の弱者のもとへ、大人数の大人たちが押しかけるというのが、彼らの今までの常套手段であり、これが凶暴化していくことが予想される。「在特会」の毎回の集会動員数は首都圏で30名~200名程度で関西でもそれくらい。これは「弱い者イジメ集団」としては充分に危険な人数ではなかろうか。ヨーロッパでは「在特会」のような民族排外主義のネオナチ勢力の襲撃(放火)のために、外国人移民の子供に死者まででているのである。そうなってからでは遅い。これをデマや誹謗とは言わせない。なぜなら彼らは明確に「韓国人を殺せ」と主張しているではないか!

 そしてまさに明日(8月15日)、この脳内妄想を爆発させた凄まじい右翼暴力が予告されている。毎年敗戦記念日に天皇出席の下に行われる戦争への反省なき政府式典や、事実上それと連動した「靖国」を使った戦争賛美、政治家達の参拝パフォーマンスに対し、反対デモが行われてきた。政府側の「靖国と天皇」を政治的に利用した一方的な戦争賛美に対し、これにちゃんと反対の意思を表明する市民がいるのは大切で意義深いことだ。天皇制の問題は国内外の人々への差別問題に直結したテーマでもある。ところがこの市民デモに対して、昔から街宣右翼による(言葉の文字通りの意味での)暴力的襲撃や妨害が繰り返されてきた。近年は街宣右翼に「在特会」やそれ以外のネットウヨクも連合して加わり、彼らにとって一種のお祭騒ぎのようなレクリエーション(憂さ晴らしの暴力)になっているのが現状である。

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障碍児の選択的堕胎が発覚…「在特会」や反原発論議にもつながる問題点

※mixi日記からの逆輸入。知り合いの方で論評している方は少なかったのですが、私は大変に強いショックを受けたニュースです。日記への反応も少なかったが、もっと多くの人にかんがえてほしい。転載にあたっては私の法的無知による誤解などを訂正しました。なぜかこのブログは弁護士さんの読者が多いようで、まだ誤っている部分があればご指摘をお願いします。なお、今までこのブログでは“「障害」者”という言い方を多用しておりましたが、今後は暫定的に“障碍者”に統一することにします。ご意見がありましたらコメント欄にどうぞ。

異常胎児選んで減胎手術36件2013年8月5日07時02分 読売新聞
出産の危険が高まる双子や三つ子などの多胎児を妊娠した際、胎児の数を減らす減胎手術の実施を公表しているSクリニックで、異常が見つかった胎児を選んで手術を行ったケースが、これまでに36件あることがわかった。…中略… 母体保護法は減胎手術について定めておらず、国も具体的な指針を作っていないが、こうしたケースが初めて明らかになったことで、今後、議論を呼びそうだ。
同クリニックによると、…中略… いずれも、夫婦が「減胎できなければ、すべての胎児を中絶する」との意向を示したという。今回の減胎手術について、N院長は「一人でも命を助けるために、やむを得ず行った」としている。
◆減胎手術=多胎妊娠となった場合に、母子の安全性を高めるための処置として始まった。超音波で確認しながら、子宮内で一部の胎児を心停止させる。通常、胎児の異常がほとんどわからない妊娠初期(12週未満)に行われる。


◆なぜ、同じテーマのはずなのに賛否が逆転

 まず、以下の3つの問題に「命の大切さ」というキーワードを使って100字程度で答えてみてほしい。

 1)あなた死刑制度に賛成ですか?反対ですか?
 2)あなたは妊娠中絶に賛成ですか?反対ですか?
 3)あなたは障碍児を生まれる前に間引くことに賛成ですか?反対ですか?

熊本・こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)
 これ全部に賛成か反対なら首尾一貫すると思う。最後に『4)「赤ちゃんポスト」に賛成ですか?反対ですか?』をつけ加えてもいいかもしれない。おそらくどちらを選んでも理屈としては何らかの立論が可能なのだろう。だからこそ議論にもなっているのだと思う。
 だが、今回の記事やmixi上におけるその反応などを眺めていて、私はもう少し別に気になる点があった。それは妊娠中絶や「赤ちゃんポスト」などの問題には「命の大切さ」や「親の責任」とか言って、mixiでは反対の投稿が多いのに、今回の障碍児の選択的減胎については賛成の意見が日記に並んでいることだった。その理由として書かれていることは、ほとんどが普通の妊娠中絶や「赤ちゃんポスト」に賛成する理由にも流用できるものが多い。同じ人が書いているわけでないんだろうが、その対比がなんとも嫌な、おぞましい感じをうけたのだ。

 人の命に関する問題は、いずれも一般論としてならいろいろ立論できるが、自分や身内が当事者であるわけでもない時に、他人がとやかく言うには(とりわけ当事者を責める場合)大変に微妙な問題があると思う。死刑にしたって、被害者でも遺族でもない赤の他人の自分が、己の二束三文の安い正義感を満足させたいがために、安易に「あんなの殺してしまえ!」と叫んで正義の味方面するようなことはつつしむべきだ。そう言っていいのは被害者と遺族だけだ。私たちが言えるとしたら、ただ「制度」としての是非を、感情論を排して厳粛に論じることが許されるだけだと思う。今回のことについても同じだ。そのことに注意して以下で考えてみたい。

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日本人3人が「在日」について語っています

racism
 前の投稿に関して、羽賀さんからのコメントが発端になって続いている問答です。ここんところの更新はみんなこの問答へのレスでして、かなりの分量になりましたので、多くの方に読んでいただきたく、ここにスピンオフ(転載)します。

 なにぶん、日本人3人で深い知識もなく「在日」のことを語っているもんですから、気づかないところで地雷を踏んでいるような予感がしています。そのあたり特に私の発言について指摘していただければと。できれば私以外のここを読んでいる第三者にも理解できるような言葉で語れる方の指摘であればいいなと思います。

 なぜなら、在日韓国・朝鮮人と一口に言っても、たとえば政治的にも保守から左翼からノンポリまでいろいろおられますし、考え方は千差万別です。私の知っている在日の方々は、たとえば普通に神社に初詣するような人たちが多かったし、一見すると「違う」と感じることでも、よく話を聞いてみれば、なるほどもし日本人が彼らの立場だったら、同じような言動をするだろうなということが多かった。欧米人ならまた違うんでしょうが、むしろ日本人の感性でなら理解できることが多かった。だから在日の人たちに何かしら自分の思想や思い込みにあわせた役割人格を押し付けることには、強い違和感を持たざるを得ないのです。

 ツィッター上で繰り広げられた「仲良くしよう(ぜ)」論争も、確かに「このスローガンは日本人としての加害性を無視している」という意見を、日本の人たちが自己を捉え帰す中で持つのは素晴らしいことで、それは100%正しいと思います。そしてこういう方の周囲には、それを受け止めるだけの意識をもった在日の方がおられるのだろうなと思う。
 一方で、このスローガンに対して、それはおかしいと、とっさに切り返すような在日の方が、とりわけ30代以下の若い世代でどれだけおられるのかも疑問に思いました。むしろ、ヘイト「デモ」に対して日本人がこういうプラカードを掲げてくれたことを、素直にうれしいと思う在日の方も多いはず。それはどちらも在日の方々の本当の声なんだと思います。そのことは前提にしないといけない。

 確かに差別問題というのは、加害性の問題を無視したところの上から目線で「差別反対」を言っても、それはやがて「お前らのほうがよほど差別者だ」と言いたくなる、おそましいものに変質してしまうことは避けようがありません。だからそこは「どちらが在日の立場や歴史性を理解・擁護しているか」みたいな地平で相手を攻撃するのではなく、あくまでも日本人としての自己の内在性を省察できるようなものとして、日本人の問題として深めてほしいなと思うのです。その上で「仲良くしよう」にまた新しい意味をこめられるなら、それをカウンターに参加するみんなで共有していけるのなら、それはそれで「あり」ではないかとも思うのです。

 私は以上のような問題意識を持つものです。ご意見がありましたらお願いします。
 なお、もし批判されるとすれば、それは羽賀さんとなおじさんの「素朴な疑問」に対して頓珍漢な「回答」をした私に対するものであるべきだし、私の間違った回答を正すという形で行われるべきものだと思います。異質なものに対して漠然と不安や疑問を感じるとしても、そこまでは別に「悪いこと」ではないと思います。そこから一歩踏み出そうとした人を叩くようなことは筋違いです。それを変な方向に導いたみたいな点で叩かれるのなら、仕方ありません。私の気がつかなかった点を指摘していただくのは歓迎です。
 あと、こういう他人様の意見を紹介(転載)した時に限ってはいつものことですが、紹介させていただいた方へのご迷惑をさける意味で、あまりへんてこりんな叩きや煽りや荒らしは削除させていただきますので、あらかじめご了承ください。

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転載】金明秀氏による「反差別運動のあるべき姿」についての簡潔な解説

金明秀(キムミョンス)さんのツィートをまとめたもので、こちらから転載。勉強させていただきました。今、とてもタイムリーで重要なことだと思うので、一日も早くと思い、転載させていただきます。金明秀さんには事後報告で申し訳ないですが、不都合がありましたらすぐに消させていただきます。なお太字化は草加によるものです(もちろんイラストの選択もそうですよ(笑)。

fight_racism
【転載ここから】

.@kane031 そういうことはありますね。家族間での意見の衝突は根深く刺さりますし。でもやはり、主張を精緻に切り分けて整理したほうが、色んな意味ですっきりするのではないでしょうか。
ゆっくり、お考えを言葉にしてみてください。その間に、ぼくがどうしてこういう話をしているのか、背景を説明するツイートをポストしてみます。

 どっから説明したもんかなぁ。たぶん、歴史から説明するのがいいんだろうな。
 例えば @kane031 さんは、「共生」という言葉がどういう形で用いられてきたか、ご存知でしょうか。「多文化共生」でもかまいません。「共生」はマイノリティへの差別をやめて、社会に包摂しようという意思を表す言葉として80年代に登場した言葉です。後者はそれから派生した行政用語です。
理念としては、文化的に異質な集団を異質性を残したまま日本社会に受け入れて仲良くしようという発想をもつ言葉ですし、実際にも、各自治体の多文化共生課では、外国出身の市民がそのエスニシティを否定されることなく地域に定着することを目標にいろいろな支援がなされます。

 ただ、「多文化共生」という名のもとで語られたり行われたりすることには弊害が多いということもよく知られています。例えば、文化的マイノリティを包摂する努力をすることなく、ただマイノリティに同化の努力を強いるような場面で「共生」という言葉が用いられたり、逆に、出身文化に強いアイデンティティを(まだ)感じていない子どもたちを民族交流イベントに無理やり出席させて、○○人役割を強引に演じさせたり。

 生物学の世界では、共生関係というのは、異なる種が絶滅寸前まで抗争しあった末に偶発的に到達する安定状態だとされているらしいですね。いっけん仲がよさそうに見えますが、むしろ相互に痛みを経験したからこそたどり着ける境地といったほうがいい。
しかし、異文化接触に伴う痛みを知らずにただ仲良くやろうというような安直な文脈で用いられたとき、「共生」という言葉は、痛みの発生源であるマイノリティに対してある種の暴力として機能する場合があるわけです。
じゃあ、「共生」という言葉や、その言葉を用いた包摂の取り組みはやらない方がいいのか。というと、そうではありませんよね。むしろ、「共生」という理念の安易な適用が発揮しうる暴力性を忘れないようにしながら、さらに包摂の取り組みを実践していくべきでしょう。

 いま、「共生」という言葉を例に出しましたが、他にも類例はたくさんあります。ある運動の理念や目標や手段が批判されたからといって、やらない方がいいということにはなりません。むしろ、批判を受け止めたうえで成長しなければ、独りよがりの暴力に堕してしまう危険性があります
 そうはいっても、いっけん矛盾する命題を統合する形で成長しないと(暴力と化してしまうかも)というのは、ずいぶん難しい要求であるように感じられるかもしれません。

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何度でも言う。差別は「言論」ではない

 前のエントリの最後で「もうちょっと考えてみる」と言ったので、その後自分なりに一生懸命に考えてみましたが、私の能力では特にこれといって新しい知見にいたりませんでした。ただそうですねえ、未だに「在特会」のようなヘイトスピーチを言論だと勘違いしている人が多いのではという気がしました。

◆ヘイトは「左右の論戦」とは何の関係も無い


6.30 新大久保 レイシストヘイト「デモ」への抗議行動
 今までも言ってきたし、これからも何度でも言いますが、差別(ヘイトスピーチ)は「言論」なんかではありません。それは単なる人権侵害行為であり、ほとんどの先進諸国では犯罪の構成要件ですらあります。在日朝鮮(韓国)人の永住権などの地位(植民地政策の戦後処理)や、今後の移民政策のあり方については、それこそ保守から左翼まで、様々な論者が意見を出し合い、左右の間だけではなく、保守や左派の内部でさえ鋭い意見の対立があって、議論が継続されています。アジア外交のあり方についてもまたしかり。別に韓国や中国や北朝鮮に抗議するべきことがあるなら抗議すればいいし、これらの国家が王道楽土で無謬の国だなんて誰も思っていません。

 しかしヘイトスピーチ(差別)はこういった議論とは何の関係もないし、保守から左翼にいたるすべての論者が、一致してこれを批難し、社会的に克服・撲滅していくべき対象でしかありません。そういった社会的存在であるがゆえに、安倍首相でさえ「在特会」を正面から批難する以外の選択肢はあり得なかったわけで、そんなレイシスト達が自分のヘイトスピーチを、保守から左派までを含めて繰り広げられる、こういった「議論の仲間」として扱ってほしいなどというのは、厚かましいにもほどがあるということなのです。

◆「人を差別する権利」なんて誰にもない

 もし、差別が言論だとすれば、その発露は人権の一つということになりますが、それでは「人権を侵害する権利」という論理矛盾になってしまいます。「自由には責任がともなう」とか「公共の福祉」という言葉を聞いたことがあると思います。これは「お国のためには個人は犠牲になってもかまわない」という意味ではもちろんありません。それは各人が個人として人権を保障される以上、各人は他人の人権を侵害してはならず、その範囲内で人権を行使できるということです。「人権を侵害する権利」という言葉が論理矛盾だというのはそういう意味です。わが国の憲法ではこれを「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」(12条)と表現しています。

 簡単な話です。私たちは日本国内のどこにでも無条件に行くことができる自由はありますが、「俺には移動の自由があるのだ」と言って、他人の家に勝手に入っていったり、面談だの「インタビュー」を強要したらどうでしょうか?あるいは気に入らない奴だの、気に入らない集団に属しているからと言って、面罵したりすることを「権利」として認めてもいいのでしょうか?「韓国人はみんな殺せ!」と叫びながら、韓国人のコミュニティに押しかけることが「権利」ですか?もう一度言いますが、そう考えれば実に簡単なことなんですよね。

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桜井会長釈放記念(笑)ー「韓国の桜井誠」

◆「在特会」in 韓国バージョン 華麗なる日韓ネトウヨ対決

 先の暴行事件で現行犯逮捕されていた「在特会」の桜井会長が、取調べに素直に応じて(マスコミ報道)無事に短期釈放されました。それを記念して(笑)、本日はイギリスのネット記事より「韓国版の桜井」の画像を掲載してみます。以下、左が韓国バージョンで、右が本家日本の画像で日韓レイシスト対決の図であります。

日韓レイシスト対決1

 確かこの団体は以前、薫のハムニダ日記様(現在は更新停止)で取り上げられていた人たちで、「在特会」と同じく共生社会を排撃し「不逞外国人追放」などの民族排外主義を主張する団体のようです。左がこの団体のリーダーで、韓国版の桜井誠です。ちょうど日本排撃のデモの先頭に立たれているところのようです。まさにお互いの活動がお互いの正当性を誇示する材料になるわけですし、特に「日韓断行」を掲げる「在特会」とは、互いに利害や思想的な内実がほぼ同じなのですから、それこそ「仲良く」し、このさい手を結んではいかがでしょうか?

日韓レイシスト対決2

 ↑あらあら、まあまあという感じて、思想が似ている人は、やることまで似てくるのですねえ。細かい主張はいろいろあるとして、両者の根本的な思想的な内実は、いくつかの単語を入れ替えれば、ほぼ同じになることは容易に推察できますが、「在特会」の支持者の皆さんは、こうして自分の姿を鏡で見せられてどう思うのでしょうか。いくら「国益重視だ!」とか息巻いてみてみても、それだけではヤクザ同士の縄張り争いとなんら変わりません。

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6・16新大久保カウンター行動の逮捕者を救援しようーまずは「逮捕おかしいぞ」の声を

◆権力による「在特会」桜井会長の逮捕・回収

ねえ、ほっとくの?ヘイトスピーチ
 去る6月16日、東京の新宿区新大久保で行われた「在特会」のヘイト「デモ」において、歩道上で彼らの差別行為に抗議していたプラカ隊やしばき隊などをはじめとするカウンター行動の市民に、路上から突撃して体当たりして昏倒させたり引っかくなどして怪我を負わせたヘイト側のメンバー4人が逮捕された。
 私は見てないのでうかつなことは書けないけれども、一時はその場にいる目撃者から「14人が逮捕された」というツィートが複数流れたので、おそらく歩道に突撃していたヘイトメンバーのうち、それくらいの人数が目に余って一時隔離されたのだろう。でも報道によれば、実際に逮捕されたのは4人だけだったようだ。当日の様子をちょっとだけ拾ってみるとこんな感じだったらしい。

新大久保デモ 湘南純愛組のYという奴が反対車線側の歩道にいたデモ抗議者に走ってタックルをかまし、倒されて頭を打った被害者は救急車で運ばれCT検査まで受けたらしい。何度も歩道に突っ込んでるYを排除しなかった警備の失態だろう。
しかも暴行の現行犯の湘南純愛組のYの身柄をその場で確保しないし、周りの人間が促すまで救急車も要請しないし、救急車も40分くらい来ないし、なんなんだこの警備は?と思ったね。
Tetsuya TASHIRO さんのツィッターより)


 私は別に闇雲に何でも逮捕しろと要求しているわけではないし、逮捕はそれ以外に方法がない場合の最後の手段だと思っている。それは相手がレイシストのヘイトグループでも同じことだ。けど、まあ、「湘南純愛組のY」とか、全く興味がないので知らないが(何その名前?暴走族なの?)、警官の目前でわざわざ反対車線にまで突撃し、無防備な人間にまさかの不意打ちタックルをかましてコンクリの歩道に叩きつけ、そのまま昏倒させてしまったんだから、そりゃまあ警察も仕方がなかったろうよ。その前には別の女性の腕を引っかいて傷を負わしたみたいだし、むしろ、それまでのらりくらりと見て見ぬふりですまそうとしたことのほうが驚きである。

 そしてこの日は「在特会」の桜井会長も逮捕されている。まだヘイト「デモ」に出る前に早々に逮捕されてしまったようで、新聞報道(警察発表)によるならば、カウンター行動に来た人間の胸ぐらを掴んでツバを吐きかけたそうである。うーん、まあ、大筋でこの通りだとすれば、これも逮捕は仕方があるまいなあ。むしろ本人にとっては、そこで警察に回収してもらったから、この程度ですんだんだ。そのまま怪我させるところまでいってたら大事だったぞ。

◆おかしいぞ!つじつまあわせのカウンター行動参加者逮捕

 さて、ここからが問題であって、被害にあったカウンター側からも逮捕者が出ている。しかもご丁寧にもレイシスト側とぴったり同じ4人だ。どうもレイシストが歩道に突撃して揉み合いになった時に隔離されたり、事情説明を求められて任意で警察署に出向いた人間を逮捕しているようで、当初はその中から2名が逮捕されたらしいとツィッターで流れている状況だったが、レイシスト側の逮捕者が4名で確定した時点で数をあわせたのか、最終的に4名もの人間が拘束されている。うち1名はその日のうちにさっさと釈放されたという情報もあるが、マスコミには「対立する双方から4名の計8名」という具合に、「どっちもどっち」で「私らはちゃんと仕事している」的な発表をしている。

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都議選では議席ゼロも-維新の没落を見て考えたこと

きょう(14日)告示された東京都議選。惨敗した場合の責任について問われた維新の会の橋下共同代表は、「グループの中でそういう声が出てくるのではないか」と答えていたが、23日の投開票日、それが現実になりそうだ。政党やメディアの世論調査や選挙のプロの予想では、維新の会は34人を擁立するにもかかわらず、わずか2人が当落線上。ヘタしたら議席ゼロもあり得る散々な情勢なのだ。…(中略)…
今回の都議選は、告示日を迎えても全く盛り上がっていない。前回54・49%だった投票率は、今回は過去最低(40・80%、97年)や過去最低から2番目(43・99%、05年)に近づくとみられ、そうなると組織のある政党が強い。…(中略)… 「59人を擁立した自民党が議席を取りすぎる一方、維新とみんなが失速した。結果として民主が半減で踏みとどまり、共産は憲法改正に反対する人たちの受け皿になって倍増するのではないか。最大でも2議席程度しか取れない維新のダメージは相当大きい。参院選の前哨戦として、東京以外の有権者にも『もう、あの党はダメだね』という印象を与えることになる」(鈴木哲夫氏)。参院選前に橋下は代表辞任か。(日刊ゲンダイ2013/6/14


橋下主義(ハシズム)を許すな!(ビジネス社)
◆極右支持者にとって維新はもはや邪魔者である

 「従軍慰安婦は強制ではなかったし必要なものだった」みたいな妄言が、世界中の批難を浴びて轟沈していく様は、日本を含む市民社会がまだ最低限のモラルを残していることを示すもので、そのことは歓迎したい。たとえば「河野談話の(右からの)見直し」とはいったいどういうことなのか、今まであまり関心がなくて「なんか日本が悪者にされてるそうだから、超厳密に証拠を精査すんのはかまわないんじゃないの?」程度に思っていた人にも、あらためてそういう主張の本質がわかったのではないだろうか。

 だが今やそういう程度の認識の人たちを含めて、多くの市民が政治への希望や関心を失い、投票率が下がり続けるているのが現実だ。そんな低投票率の中、維新が自滅することで、自民党が組織票で幻の勝利に酔うという構造もなんだかなあとは思う。フランスでも主要国の大統領としては異色なくらい極右だったサルコジ政権の在任中は、ルペンら極右政党は選挙で勝てなくなったものだ。つまり極右票が与党に統合されてしまった。日本でも自民党が先進国の政権としてはあるまじきくらい極右化することで、安倍政権と維新のキャラがかぶってしまい、維新のポジションがなくなってしまったということだろう。そこで自民党ですら言えない本音を代弁することで、自民よりもう一歩右に出ようとしたら、そこはもう支持者すらついてこれない議会主義政党の枠外だったというわけだ。

 従来は社共に投票してきた革新浮動票も、前の総選挙では、ちっとも現状を突破できない社共から「今の政治を壊す」ことを期待して、かなりの部分が維新に流れたと思われるが、それも今回の従軍「慰安婦」をめぐる妄言と迷走で完全に冷え切ってしまった。みんなの党が早々に維新を切ったのは賢明な判断だが、右からの「第三極」のイメージ低下は並みのものではなく、まきぞえをくらった形でやはり苦しいのが現実だ。結果として「自民が伸び、民主が踏みとどまり、投票率がさがる」という寒々とした偽りの光景だけが繰り広げられる。

 幸福実現党もそうだが、自民党が極右化した今、極右支持者にとっての維新は右派票を分断する存在でしかない。ネトウヨさんらも普段自分たちが言ってきたことを代弁してくれた橋下市長が、一般の世論から袋叩きにあっているにかかわらず、いつもみたいに「在日の陰謀だ」とか騒ぐ声も少なく、比較的静かにしている。まあ、彼らにとって維新は、パソコンオタクの熱烈な Windows ユーザーにとっての Macintosh みたいなものである。むしろ邪魔でさっさとなくなってほしいと思うか、支持するべき関心の対象外なのだ。そこで維新が生き残るとしたら、熱心なMacユーザーを固める(大阪の地域政党としてやり直す)か、かつての iMac のように、ユーザーの予想のななめ上をいく路線を打ち出す(「マッチョな弱者救済」のようなファシズム左派路線)くらいのものだろう。

 橋下市長も維新は「自民党や民主党のななめ上」であるように有権者に印象づけようと模索していたのかなと思う。だから橋下市長がみっともなくも「真意と違う」的な失言者の決まり文句を言っているのは、要するに「自分の他の発言とあわせて、全体として自分にこんなふうな印象を持って欲しかった(持つべきである)」ということを他人に強要しているだけの泣き言である。結局はかつての Apple がとってますます墓穴を掘りかけたあの路線、つまり Microsoft の路線をまねしてその一歩先を行こうとする路線にはまってしまったようである。

◆ファシズム(極右・民族排外主義)が支持される構造

 もともとファシズムの支持基盤というのは、資本主義が没落して危機に瀕している時代、とりわけ都市部若年層の「俺たちは苦しい、損ばかりさせられている、誰か助けてくれ」という声であり、それに対して、従来の左右の大政党や財界資本家が既得権益などにしばられて動けない中、「よし、俺たちがあいつらを全部ぶっ壊して、お前らが本音で思ってることを、全部いいように決めてやるぜ」という新興勢力として登場してくるものである。各国の極右ファシズム政党が、ハンコで押したように「中道」を自称しているのはこの路線のためである。

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ウィ・シャル・オーバーカム (We Shall Overcome)

 最近はこのブログもアクセス数で「由紀子の日記」に抜かれ、少しいじけぎみの日々ですがいかがおすごしですか。今日はミクシィ日記からの逆輸入です。世間一般的には知りませんが、このブログの基準では、「由紀子の日記」さんの分類でいう「ゆるい話」に属します。

 昨日の芝公園での脱原発集会に参加してきた際、「旗旗7号」と名づけた手押し宣伝カー&ミニサウンドデモシステム(ストリートミュージシャンなどが使っているアンプを母体に改良したもの)をゴロゴロと押して歩いてきました。

画像アルバム ☆動画報告

 今回も、「四大学共闘」の大先輩の皆様(ネットを通じて40年ぶりに再結集した全共闘OB)に合流させていただくことにしました。んでまあ、ちょっと懐かしいものも入れておこうと思い立ちまして、まさに出かける直前に「We Shall Overcome」をウォークマンにダウンロードしていきました。ただ、デモでは四大学OBのご高齢の皆様は、よく新左翼系なども入る最後尾の「その他」隊列ではなく、先頭の市民隊列の一角に入られました。

 それは無難で妥当な選択だとは思うのですが、なんつーか、とりわけ市民運動畑の人やご高齢の方々は、サウンド関係(とりわけ大音響の)をうとましく思われる方が多いらしく、私が反戦系のロック音楽とかを流していると「うるさい!」とまで言われて恐縮することもあります。このままでは今日は「旗旗7号」の出番がない。

 でも私らの入った隊列は、楽器などの鳴り物や、勇ましいシュプレヒコールもあんまりない静かに歩くばかりのデモでして、現場では主催者や長年活動してこられた先輩方をたてて「なるべくでしゃばらない」が信条の私ですが、後方の別隊列のコールにあわせ、「旗旗7号」をトラメガ代わりに精一杯、私なりに盛り上げるようにしました。沿道の私服ににらまれて、ヘルメット姿で全共闘やら三里塚の旗に囲まれた私は「ヒィー、俺は指揮者じゃないですよー」とかビビりながら歩いておりました(笑)。

 そのうちあんまり張り切りすぎて、喉が痛くなった私は、コールを休んで一曲くらい流そうかなと思い立ちました。コールの合間に時々おとなしい目の曲をはさむスタイルでいけばいいんじゃないかと。そんでここぞとばかりに「We Shall Overcome」を大音響にならないよう小さめのボリュームで流してみたんですね。

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議論するのはいいことだ(下)-形式や流行でなく運動の中身の議論を

【討論会】経産省前テントひろばを守ろう
 前回の続きです。こちらのエントリからお読みください。

◆すでにテントは「全国民的」だ

 さて、問題提起の後は休憩をはさんで全体討論にうつります。お三方それぞれの提起を中心に、質問や各自の問題意識、具体的な取り組みや報告、提案など活発な議論が行われました。そのなかでも、前半の針谷さんの「刺激的」な提起について、しばらくやりとりが続く場面がありました。

 先に書いたように、針谷さんの言いたいことは、「テント村は左翼だけの運動にせずに全国民的な運動にするべきだ」ということなのでしょうが、すでにテント村に参加しているのは左翼だけではありません。その左翼の人にしたって、運動の内容を自分たちの主張で独占しようなどとは考えていません。つまり、テントはすでに針谷さんが言うような「全国民的な運動」になっています。なにより「9条改憲阻止の会」が、福島のお母さんら、後から来た非左翼市民の人々に運営を明け渡し、自分たちは裏方に徹して支えているという、テント村成立の経緯がそのことを雄弁に物語っています。門戸は広く開かれているのです。

◆「右翼ぶりっこ」をするべきという提起にイライラ

 ところが針谷さんは具体的なイメージが頭にあるようで、現状がそうなっていないという点について非常に能弁に語られました。針谷さんに悪気はなくて、また、その場にいる左翼の人に失礼になるまいと気を使っておられるのも伝わってはきましたが、語れば語るほどにその内容はエスカレートしてきて、聞いている私はだんだんとイライラしてきました。

 曰く、左翼的な雰囲気のスローガンや団体名、それらの入った旗などはいっさい出さないで、原発反対以外のことは言ってはいけないなどと、どっかで聞いたような話にはじまり、ついには「護憲集会などの帰りにテントに寄る人は、まっすぐテントに行かずにどこかで巻いてから来てください」とまで真顔で言い出された時には、会場の非左翼市民の方からも失笑がもれました。それに対して針谷さんは「いや、そこまでしないとダメなんです!」と一段と大きな声で、「右翼というのは『左翼をつぶす』というのが目的みたいなところがあるから、私がいくら止めても、『そういう集会の奴らがテントに参加している』というだけのことで襲撃対象になって潰されてしまう」とおっしゃる。これじゃいつの間にか「全国民的な開かれた運動」ではなく「右翼に目をつけられない運動」へと論点がすり替わっています。

 そこで市民運動の女性が小首をかしげて「9条改憲に反対すると左翼なんですか?」と質問されると、針谷さんは一瞬虚をつかれて黙られましたが、一呼吸おいてから「…右翼にとってはそうです」とおっしゃったので、会場からは「ええ~~っ?!」という驚きと共に、互いに顔を見合わせるシーンもありました。

 ついには針谷さんの「右からの反原発デモ」に参加しておられる非右翼市民の方から、何の悪気もなく「じゃあテントに日の丸を掲げておけばいいんじゃないでしょうか」という「アイデア」が出され、これに対して針谷さんは「それはとてもいい考えで、私もテントのスタッフにぜひ日の丸を掲げようと提案しているんだけれど、スタッフから『いやそれだけはムリ』と断られているんだよね」と応じられました。話がどんどんおかしな方向にいくので、黙って聞いているつもりだった私も、とうとう辛抱が堪らずに手をあげて発言を求め、針谷さんではなく江田忠雄さんへの質問として、控えめに以下のように述べました。

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